エピソード37
重苦しい静寂が、二人を包み込んだ。
広間に足を踏み入れると、まず耳に飛び込んできたのは「水の滴る音」。天井の高みからぽたり、ぽたりと落ちる水滴が、広間に無数に並ぶ石の柱に響き渡っている。
足を踏み入れた瞬間、楓は皮膚がざわつくような感覚を覚えた。
(ーーこれは、ただの遺跡じゃないな)
中央には、巨大な石像が鎮座していた。
それは人型に似ているが、頭部は兜のように無骨で、両腕は異様に長く、手の先には刃を思わせる形状が刻まれている。全体が漆黒に近い石で作られ、表面にはびっしりと古代文字が走っていた。
「ーーこれが“眠っている”ってやつか」
楓は息を飲んで呟いた。
リリスは楓のすぐ後ろに控え、両手を胸の前で組みながら小声で答える。
「はい。ただの彫像ではございません。魔力がわたくしの糸を伝って伝わってきます。ぞっとするほど濃密で……はぁ……楓様の背中がなければ、恐怖で膝を折っていたかもしれません」
「ーー褒めてるのか、それ」
「もちろんでございますっ! 恐怖すらも楓様がいれば甘美に変わるっ。あぁ、わたくし、本当に楓様の従者でよかった」
楓は石像の前まで進み、慎重に周囲を観察する。
床に刻まれた円形の魔法陣。
その中心に座す守護者らしき石像。
明らかに「誰かが侵入すれば起動する」類の仕掛けだ。
「リリス、俺の後ろに下がってろ」
「いえ、楓様のためなら、この命、いえ、この身に巣くう糸一本まで捧げる覚悟でございます。楓様の背を守れるなら、粉々に砕かれても本望っ」
「ーーはぁ。勝手に言ってろ」
楓が一歩踏み出した瞬間。
石像の両目に、赤い光が宿った。
地響きのような轟音が広間に響き渡り、石像の巨体がゆっくりと動き出す。
床に刻まれた魔法陣が青白い光を放ち、石像を中心に魔力の波紋が広がった。
「っ……来るぞ!」
楓は短剣を抜き、身構えた。
リリスもまた背中から糸を伸ばし、無数の蜘蛛の足のように広間に張り巡らせる。
「楓様! お守りいたします、どうかわたくしを盾としてお使いくださいませっ!」
「お前は攻撃担当だ。勝手に盾になるな」
「楓様に“勝手にするな”と叱っていただけるなんて! はぁ……胸が熱く。心得ました、攻撃に徹します」
(ーーこいつホントにめんどくさい性格だな)
守護者の石像が、唸り声をあげたかのように大気を震わせた。
そして、巨大な刃の腕を振り下ろす──。
刃のような腕が大地を割る。
衝撃と共に、床に刻まれた古代文字が青白く光り、魔力が奔流のように走り抜けた。
「速い──っ!」
楓は寸前で身を翻し、石の破片を避けながら後方に飛んだ。
直後に彼の立っていた場所が粉々に砕け散り、破片が雨のように降り注ぐ。
「ーー楓様、ご無事ですか!」
リリスの声は、先ほどの甘ったるい響きは消え、鋭く研ぎ澄まされた戦士の声に変わっていた。
「あぁ! お前も無事か!」
「問題ありません! ですが──こやつ、ただの石像ではございません、内部から脈打つ魔力の波これは生きております」
守護者の赤い目が光を増す。
巨体からは信じられない速さで刃が振るわれ、空気が裂けた。
楓は短剣を構え、身を沈める。
「斬れるか……試してみる!」
疾風のように間合いを詰め、短剣を石像の腕へ叩きつけた。
金属音にも似た甲高い響きが広間に響き渡る。
ーーだが。
「ーー硬ぃっ!」
刃は浅く、表面を削っただけ。白い筋が残ったに過ぎない。
その隙を逃さず、守護者の反撃が迫る。
振り下ろされたもう一方の腕が、楓を叩き潰そうと迫る──。
「楓様ッ!」
リリスが糸を幾重にも張り巡らせ、刃の腕に絡め取る。
糸は石を砕くほどの強靭さを誇るが、ギリギリと音を立て、きしむように裂けていく。
「ぐぅ、重すぎますっ! ですが、止めます……!」
「助かったっ! 今のうちに!」
楓は回転しながらもう一撃を狙う。短剣に力を込め、膝を狙って叩き込む。
ーーしかし、やはり硬い。
浅い傷を刻むことはできても、決定打には至らない。
(くそ、効かない。外殻が完全に守ってやがる!)
守護者が咆哮を上げると同時に、リリスの糸は音を立てて弾け飛んだ。
解き放たれた腕が横薙ぎに広間を薙ぎ払う。
「避けろッ!」
二人は同時に飛び退き、床に転がる。
直後、石柱が数本まとめて折れ、轟音を立てて崩れ落ちた。
リリスは糸を背から生み出しながら、低く鋭く言った。
「楓様、このままでは埒があきません! 力任せに攻めても通じぬ、あの中枢をどこかに必ず核があります!」
「核……?」
「はい! 魔力の流れ外殻を覆う石の下、心臓のように脈打つものを感じます」
リリスの赤い瞳が煌めいた。
「ですが位置は定かではありません……戦いながら、探るしか!」
「ーーなるほどな。なら、俺が注意を引く。お前は探れ!」
「御意!」
リリスの声は鋭く、しかし確かな信頼を滲ませていた。
楓は床を蹴り、守護者の眼前に飛び込む。
巨大な刃が振り下ろされる直前、地面すれすれに滑り込み、わき腹に斬撃を叩き込む。
再び甲高い音。火花が散り、表面が削れた。
(浅い! ーーだが、俺が注意を引けばいい!)
そのまま連続で斬りつけ、守護者を広間の中央に誘導する。
巨体は鈍重に見えて、動きは異様に速い。
刃の一撃一撃が風圧を伴い、楓の体を吹き飛ばしかねない。
だが楓は、盗賊から奪った呪いの短剣に毒を流し込むようにして使っていた。
斬撃の軌跡にうっすらと黒い霧が広がり、守護者の外殻をじわりと蝕んでいく。
(ーーやっぱり効いてる。ほんの少しだが、削れてる!)
その間、リリスは高所に跳び、壁から壁へと糸で飛び移りながら、赤い瞳で守護者を見据えていた。
蜘蛛の糸を四方八方に張り、魔力の流れを探る。
「ーー見つけました……!」
鋭い声が響く。
「胸部の奥深く、中央よりやや左! 脈動……あれが核に違いありません!」
「よし……!」
楓は守護者の正面に立ち、刃を構え直す。
「リリス、チャンスを作るぞ!」
「はい! 楓様に勝利を捧げます!」
リリスの糸が四方から一斉に飛び出し、守護者の腕や足を絡め取る。
無数の銀糸が束となり、巨体を縛りつける。
「ぐぅぅ……耐えて……っ!」
リリスは必死に食いしばり、糸を強化する。
守護者が暴れれば暴れるほど、糸は悲鳴を上げた。
「今だ……っ!」
楓は全身の力を込め、呪いの短剣を構える。
毒を流し込み、刃が黒い霧を纏った。
「うおおおおおっ!」
一気に踏み込み、胸部の亀裂へ全力で突き立てる。
刃が石を貫き、火花が散った。
さらに毒が流れ込み、内部を蝕んでいく。
赤い目が激しく瞬き、広間全体が揺れた。
「効いてる! あと少しだ!」
刃が胸の亀裂に突き刺さった瞬間、守護者の全身が震えた。
赤く光る双眸が激しく点滅し、広間の壁に刻まれた古代文字が次々と輝きを増していく。
「がっ……抵抗してやがるっ!」
楓は短剣をさらに押し込もうとするが、内部から逆流するかのような力が働き、刃を押し返してきた。
まるで核そのものが意思を持ち、侵入者を拒絶しているかのようだった。
「楓様っ! 押し切ってください。私が支えます」
リリスが糸を幾重にも重ね、守護者の巨体をさらに締め上げる。
ギギギギ……と石が軋み、無数のひびが走った。
「うおおおおおっ!」
楓は全身の筋肉を総動員し、短剣を深くねじ込む。
刃先が石殻を越え、柔らかい何かに触れた瞬間、ズンッと反動が伝わった。
「──核だ!」
そこから迸った黒い脈動が、楓の腕を伝い、体内へと逆流してくる。
冷たい……いや、灼けるように熱い。毒のようでいて甘美な感覚が、血管を走り抜けた。
「ーーぐ、っ……これは……ッ!」
思わず膝をつきそうになる。
「楓様」
リリスが駆け寄ろうとした瞬間、守護者が全身を揺さぶり、巨大な腕を振り上げた。
糸が次々に弾け飛び、広間に爆音が轟く。
「しま──っ」
刃が振り下ろされる直前、リリスが楓を抱きかかえ、壁際へ跳躍した。
石の床が粉砕され、衝撃が二人を飲み込む。
「楓様、ご無事ですか……」
リリスが必死に呼びかける。
楓は荒く息をしながら、握る短剣を見た。
ーーその刃が、溶けていた。
「なっ」
刃の部分は黒い液体のように揺らめき、形を保てず、核に吸い込まれるようにして飲み込まれていく。
「短剣が、核に喰われてる……!」
楓は咄嗟に手を離そうとしたが、手首に黒い鎖のような紋様が走り、離れない。
刃と楓の腕が、一体化してしまったのだ。
「ーーー楓様、危険です! このままでは……!」
「いや、これは来るぞ……!」
広間全体が揺れ、核から黒い渦が吹き出した。
風が荒れ狂い、石の柱が次々と崩れ落ちる。
楓とリリスの体も容赦なく吹き飛ばされた。
視界が黒に染まる。
耳鳴りと共に、何かが囁く声が聞こえた。
(ーー汝は選ばれしもの……)
(ーー毒を纏い、命を刈り取る者……)
「ーー誰だっ!」
楓は叫んだ。
光が弾ける。
短剣だったものは完全に崩れ、楓の手に新たな形が現れる。
それは漆黒の大鎌だった。
柄は骨のように白く、刃は月の光を思わせる曲線を描き、禍々しいまでに黒い毒の霧を纏っている。
「な、なんだこれ……」
楓は思わず呟いた。
リリスは赤い瞳を輝かせ、声を震わせた。
「ーーなんと……美しき、まさしく死神 いえ、それ以上です楓様!」
その声音は戦士としての鋭さを取り戻していたが、どこか恍惚さも滲んでいた。
核を傷つけられた守護者は激しい咆哮を上げた。
両腕を交差させ、全身の魔力を凝縮させる。
古代文字が眩い閃光を放ち、広間全体が白く染まる。
「まぁしかたない、来る! 全力の一撃だ!」
楓は大鎌を構えた。
その瞬間、刃から黒い瘴気が溢れ出し、床に触れた石を腐食させていく。
「これは扱えるのか……?」
戸惑いと共に、しかし確かな力が腕に宿っているのを感じる。
「楓様信じてください。その鎌は貴方様を選んだ武器です!」
リリスの声は震えていたが、迷いはなかった。
「ーーわかった。なら、試すだけだ!」
守護者の体内に刻まれた魔法陣が、怒りに呼応するように光を放ち始めた。
壁や床に刻まれた古代文字も連動し、広間全体が眩しい輝きに包まれていく。
「ーー来るぞ、リリス!」
「心得ております、楓様!」
石造の巨体は両腕を天へ掲げ、そこに白熱の光を凝縮していく。
まるで太陽を閉じ込めたかのような球体が生まれ、空気が焼け付くように熱を帯びる。
「直撃すれば……骨も残りませんね」
「なら、斬るしかない」
楓は漆黒の大鎌を構え直した。
柄は重厚でありながら、不思議なほど手に馴染む。まるで何年も使い続けてきたかのように、手と武器が一体化していた。
呼吸が深くなり、周囲の音が遠のく。
ただ目の前の光と、手にした漆黒の刃だけが世界を支配していた。
「楓様……死神のようです」
リリスが震える声で囁いた。
しかしそれは恐怖ではなく、恍惚を帯びた声音だった。
「──うおおおおおっ!!」
守護者が両腕を振り下ろす。
白熱の奔流が一直線に放たれ、広間を飲み込む。
「はああああっ!」
楓は漆黒の大鎌を大きく振り抜いた。
刃から迸った黒い瘴気が、奔流と衝突する。
光と闇がぶつかり合い、轟音と共に衝撃波が広間を揺さぶった。
壁が崩れ、石片が吹き飛ぶ。
しかし楓は踏み止まり、大鎌を押し込んだ。
「斬れ……斬れえええっ!!」
黒い刃が奔流を裂き、閃光を二つに割った。
弾けた光は周囲の壁を焼き尽くし、粉塵を巻き上げる。
「楓様っ! 見事です!」
リリスが糸で飛来する瓦礫を防ぎながら叫んだ。
守護者は膝をついた。
だが赤い眼はまだ燃えており、胸部の核も健在だ。
「今のでも、まだ壊れないのか」
楓は息を切らしながら呟く。
「核を完全に砕かねば倒れません!」
「わかってる!」
楓が駆け出す。
リリスもその背に合わせ、八本の糸を鞭のように操り、守護者の腕を叩き落とす。
「邪魔はさせませんっ!」
戦闘中のリリスの声音は、普段の恭順とは異なる。鋭く、冷徹。だがその視線は常に楓を追っていた。
楓は跳び上がり、胸部へと迫る。
守護者の両腕が交差して襲いかかる。
「ぐっ……どけえええっ!!」
大鎌を横に薙ぎ払い、石の腕を叩き割った。
砕け散った破片が降り注ぐ中、楓は核へと迫る。
赤黒く脈打つそれは、まるで心臓のようだった。
「ここだああああっ!!」
大鎌を振り下ろす。
──ズガァァァァァァァンッ!
刃は核を深々と割り裂いた。
轟音と共に黒い衝撃波が広間を吹き荒れ、リリスが咄嗟に糸を張り巡らせて二人を守った。
核が砕け散る。
同時に楓の手に走る激痛。
「ぐっ……うおおおおっ……!」
大鎌が共鳴し、楓の腕に黒い紋様が広がる。
血管が浮かび上がり、毒のような痺れが全身を巡る。
「楓様っ! しっかり!」
リリスが駆け寄り、腕を支える。
その瞬間、砕けた核の欠片が光を放ち、再び楓の武器へと吸い込まれていった。
「まさか……まだ……!」
刃が震え、黒い渦が広間を覆う。
爆風が吹き荒れ、楓とリリスは宙を舞った。
重力が消えたかのような感覚の中で、楓は目を見開いた。
自分が握っている大鎌の刃が、さらに大きく、禍々しく変化していく。
刃渡りは自分の身長を越え、漆黒の瘴気を吐き出す。
背後には、まるで死神の幻影が立っているかのような錯覚を覚えた。
──やがて渦が収まる。
広間に残ったのは、核の砕け散った残骸と、漆黒の大鎌を携える楓だけだった。
石造りの大広間には、いまだに土埃が舞っていた。壁に刻まれた古い碑文は煤で黒ずみ、さきほどまで激しく明滅していた守護者の魔力が消えたことで、ようやく空気に静けさが戻る。
リリスは楓の傍らで、蜘蛛の糸のように細い視線を鎌に注いでいた。戦闘の最中に見せた冷徹さは消え、再び楓の前での“従順な女王”の顔に戻っている。
「!!ご主人様」
その声は、戦場に似つかわしくないほど艶やかで、敬虔な響きを持っていた。
「そのお姿……まさに死神。ああ、私、胸が震えて止まりません……」
リリスの頬はほんのりと紅潮し、いつものド変態敬語で恍惚とした視線を向けてくる。
「おい、やめろ……そういう顔するな。こっちは真面目に混乱してるんだぞ」
「ですが、仮面をつけ、漆黒の大鎌を携えるご主人様。まるで生と死を統べる存在のようで……ぞくぞくいたします」
楓は顔をしかめ、額に手を当てた。戦いの余韻に浸る余裕すらない。
漆黒の大鎌は、まるで主を選ぶかのように沈黙していた。そこから立ち昇る気配は、先ほどまで戦っていた守護者に匹敵するほど重々しい。
楓は慎重に大鎌を見た。
――すうっと、血の気が吸い込まれるような感覚。
だが次の瞬間、不思議なほどしっくりと馴染んだ。手に吸いつくように、重さすら自分の身体の一部のように調和していく。
「ーー使える、のか」
呟いた声には驚きが混じっていた。
大鎌の重さは視覚的には常識外れのはずだ。だが腕に伝わる重力は、短剣を振るったときと変わらない。むしろ、より軽快で、自在に振り回せそうな錯覚さえある。
リリスはその様子を食い入るように見つめていた。
「ご主人様。その短剣が……いえ、その大鎌が、核を取り込んで進化した、と考えるのが自然かと」
「核を……吸収?」
「ええ。守護者の命脈を司っていた核。あれは途方もない魔力の結晶です。普通なら暴走して爆ぜるだけですが……ご主人様の“呪具”がそれを呑み込み、形を変えたのでしょう」
「ーーつまり、この鎌は俺の短剣の進化形……?」
「はい。おそらく。ですが……」
リリスは唇を舐め、恍惚とした視線を楓に向けた。
「ご主人様がお持ちになると、その禍々しさですら神々しく見えます。まるで死を従える王……死神そのもの」
「やめろって……仮面と鎌で完全に不審者だろ」
「不審者? いえ、最高の御姿ですわ。ああ……どうか、その鎌で私を――」
「ストップ! 言わなくていい!」
楓は慌てて手を振った。リリスのド変態モードは時に心臓に悪い。
大鎌の変化の謎を抱えたまま、二人は遺跡のさらに奥へと進んだ。
守護者がいた広間の奥には、古びた扉が半ば崩れ落ちており、その先には石段が続いている。
石段を降りると、広間とは違い、静寂だけが支配していた。苔に覆われた壁、割れた柱。その中央に――巨大な魔法陣が刻まれていた。
「ーー移転魔法陣、か」
楓は思わず息を呑んだ。
だがよく見ると、それは欠けていた。円の一部は崩落で失われ、幾つかのルーンは判読不能。
「残念ながら……このままでは発動不可能ですね」
リリスが肩をすくめる。
「図面を記録して持ち帰れば……補完できるかもしれませんが」
楓は魔法陣の周囲を歩き、手帳にスケッチを取った。だが心の中に重苦しいものが沈む。
(これじゃ、日本に帰れる手がかりにはならない……)
碑文も残されていた。だがそれも断片的で、記録の途中で途切れている。
『――門は閉ざされた。だが……彼方へ続く道は……』
「ー”彼方へ続く道”。これがヒントか」
楓は低く呟いた。
「ご主人様」
リリスが一歩前に出て、深々と頭を垂れた。
「どうかご安心ください。もしこの道が閉ざされていても……私の分体たちを使い、街中、国中、世界中を探させます。必ずや、別の手がかりを見つけ出しましょう」
「ーーお前、本気でやる気なんだな」
「ええ。だって……ご主人様のお望みなのですから」
リリスは艶やかな笑みを浮かべ、その目に熱を宿す。
「ご主人様の死神のような御姿……その背を追えることこそ、私の悦びなのです」
「ーー俺、ただ帰りたいだけなんだが」
「その“ただ”のために、この身を捧げられるなら……これ以上の幸福はありません」
楓は頭を抱えた。