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エピソード16

 高くそびえ立つ石造りの城壁が、街全体をぐるりと囲んでいた。

 苔むした灰色の石は歴史を物語り、ところどころ修繕の跡が見える。それでも堅牢さを損なうことはなく、むしろ時間の重みが威圧感を増していた。


(……すごい。まるで中世ヨーロッパの城塞都市みたいだ)


 日本で見慣れた街並みとはあまりにも違う。

 巨大な門の前には旅人や商人の列ができ、槍を持った門番が一人ひとりの荷物を確認している。


 楓は仮面を軽く直しながら、列に並んだ。

 だが予想していたような質問はなく、形ばかりの確認で通される。

 楓が無事に石門を潜った瞬間、目の前に広がった光景に思わず息を呑んだ。


 ――そこはまさに「異世界の街」だった。


 石畳の道は大通りへと伸び、両脇には木と石を組み合わせた二階建ての建物が並んでいる。

 屋根は赤や青の瓦で色鮮やかに彩られ、窓からは布や装飾品が吊るされていた。

 通りには露店が軒を連ね、香辛料や焼きたてのパン、果物の甘い匂いが入り混じって風に流れてくる。


「いらっしゃい! 新鮮なリンゴだよ!」

「薬草はいらんかね! 旅人よ、道中に役立つぞ!」


 威勢のいい呼び声が飛び交い、商人の笑い声と買い手の値切る声が交じり合う。

 馬車が行き交い、荷車のきしむ音や蹄の響きが賑わいを一層引き立てる。


 そして――人々の姿もまた、日本では絶対に見られない多様さを放っていた。


 長い三つ編みの赤髪の女戦士が剣を背負い、褐色肌の男が肩に巨大なハンマーを担いで歩いている。

 青髪をなびかせた吟遊詩人らしき青年は、腰に小さな竪琴を下げ、街角で軽やかに音を奏でていた。

 さらに目を引くのは、人間だけではない。耳の尖ったエルフらしき者、髭をたっぷり蓄えたドワーフ風の小柄な男、獣の耳と尻尾を持つ亜人も混じっていた。


(すごい……完全にファンタジーの世界そのものだ……!)


 目を見張りながら歩く楓。

 だが同時に、周囲の視線が自分に注がれているのも感じた。


 理由はすぐにわかった。

 この街に暮らす人々の平均身長は、日本人より明らかに高い。

 女性でも楓より頭ひとつ分ほど高い者が多く、男性に至っては背の高い者ばかり。

 筋肉質な体格や分厚い装備がさらに威圧感を増し、華奢で小柄な楓はどうしても浮いて見える。


(……やっぱり俺、子供扱いされるよな。平均身長の差って、思ってた以上にデカい)


 仮面をつけていても、ひょろりとした体つきと背丈は隠せない。

 もし仮面を外せば、幼さがさらに強調されるだろう。


(まあ……その方が都合がいいか。子供なら、誰も警戒しない)


 楓はそう心の中で納得し、周囲の喧騒を観察しながらゆっくりと大通りを歩き始めた。


大通りを歩くたび、楓の五感は忙しく刺激された。

 焼きたてのパンの香ばしい匂い。鍛冶屋の店先から聞こえる金属を打つ甲高い音。

 行き交う人々の鮮やかな髪色――青、緑、金、紫。日本では絶対に見ない色彩が、まるで絵画の中に迷い込んだかのように視界を満たしていた。


「おーい! 今日入ったばかりの香辛料だ! 異国の砂漠からの直送だぞ!」

「魔物の爪! 護符にすれば旅路の安全は間違いなし!」


 屋台では、男が両手いっぱいに怪しげな骨や牙を広げて見せつけ、別の店では女商人が小瓶に入った赤や青の液体を並べている。


(ポーション……か? ゲームで見たやつみたいだ)


 楓は足を止め、小瓶を興味深そうに覗き込んだ。

 透明な液体の中に光が揺らめいている。値札らしき板には「癒しの水・銀貨三枚」と書かれている。


(マジで回復薬だな……。本当にファンタジーの世界なんだ)


 胸が高鳴る一方で、同時に肩に重い視線も感じた。

 振り返ると、背丈の高い冒険者風の男がじろじろと楓を見下ろしていた。


「……子供か? 旅人にしては軽装だな」


 通りを歩く屈強な男や女が、腰に剣や斧を提げ、鎧を身にまとい、まるで戦場にでも行くような格好をしている。

 その中に混じると、華奢で小柄な楓はますます浮いて見えた。


 苦笑しつつも、楓は人々の様子を観察した。

 鎧を着ているのは冒険者だけではない。市民と思しき人々も、背が高く肩幅が広い。農夫風の男でさえ、楓の頭一つ分は大きかった。

 市場の端で水を汲んでいた娘は、まだ十代半ばに見えるのに、背丈は楓より少し高い。


(……俺、やっぱりこの世界だと子供にしか見えねぇわ。背も低いし顔も童顔だし。まあ、別にいいけど)


 楓は仮面を撫でながら、少しだけ肩を竦めた。

 ただ、それは決して悪いことばかりではない。

 子供に見えることで、逆に警戒されにくい。強大な力を隠している楓にとって、それは都合の良い仮面でもあった。


 さらに歩を進めると、冒険者ギルドらしき大きな建物が視界に入った。

 扉の前には血に濡れた革鎧の男が腰掛け、仲間と談笑している。

 彼らの腰には獲物らしき獣の尾や角がぶら下がっていた。


「おい、昨日の森の群れ、相当しぶとかったよな」

「だが報酬は銀貨五十枚だ。酒場で豪遊できるな!」


 笑い声が大通りまで響く。

 楓はその光景を横目で見ながら、胸の奥で奇妙な感情が芽生えるのを感じた。


(俺も……ああいう連中と同じ「冒険者」ってやつになるのか?)


 彼らは大人びていて、逞しく、いかにも強者の風格が漂っている。

 そんな人々の中に混じる自分の姿を想像して、楓は思わず苦笑した。


(見習いどころか、小学生が大人の飲み会に紛れ込んだみたいに見えるだろうな)


 ふと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

 振り向けば、屋台の鉄板で肉が焼かれている。

 表面はこんがりと焦げ目がつき、脂が滴り落ちるたびに煙と香りが立ち昇る。


「ほらよ、串焼きだ! 一串銅貨二枚! 腹いっぱい食ってけ!」


 店主の声に誘われるように楓は近づいた。

 財布を確認すると、先日の盗賊のアジトで奪った小袋がある。中身は金貨や銀貨が混ざっており、支払いには十分すぎた。


「串焼きを一本、もらえるか?」


 低めの声でそう告げると、店主はにこやかに串を手渡してきた。

 だが仮面をつけたままの楓を見て、首を傾げる。


「おや? 坊主、なんでそんな仮面なんか……。まあいいか、気をつけて食えよ」


 楓は小さく礼を言い、路地に入って仮面を外した。

 熱々の肉を一口かじると、肉汁が口の中に広がる。香辛料の香りが鼻に抜け、思わず目を細めた。


(……うまい。日本の焼き鳥とはまた違うけど、これはこれでいける)


 だが、隣の屋台の女店員がその様子を見て、小さく声を上げた。


「……子供?」


 驚いた目で楓を見つめる。

 楓は苦笑しながら肉を噛みしめた。


(……やっぱりそう見えるか)


 胸の奥で小さくため息をつく。

 だが同時に、どこか納得する気持ちもあった。


(平均身長が高い世界だし、童顔の俺が幼く見えるのは仕方ないな。)


 街の賑やかな通りを歩いていると、木製の看板に描かれたスープ鍋の絵が目に留まった。

 扉の向こうからは肉を煮込む匂いと、楽しげな笑い声が流れてくる。


(ーー腹も減ったし、ここで一度休憩するか)


 楓は扉を押し開けた。


 途端に、店内の空気がふっと静まりかけた。

 木造の大きな食堂には、昼間から酒をあおる冒険者や、家族連れらしき客でにぎわっていたが、仮面をかぶった小柄な人物の登場に、皆一様にちらりと視線を向けてきた。


「ーーおい、仮面?」

「なんだ? 祭りでもねえのに」


 数秒の沈黙の後、再びざわめきが戻る。だが、数人の冒険者はまだ興味深そうに楓を見やっていた。


(ーーやっぱり目立つか。けど、顔を晒すわけにもいかないしな)


 楓は気にしないふりをして空いている席に腰を下ろした。

 すぐに、若い女の店員が笑顔で近づいてきた。


「いらっしゃい! ……って、あれ? 仮面? あんた、珍しい格好してるねぇ」


 彼女は目を丸くしながらも、気さくに話しかけてくる。

 楓は落ち着いた声で答えた。


「ええ、少し事情がありまして。……食事をお願いできますか?」


「お、おう。えっと、今日のおすすめは煮込みシチューと焼きパンだよ。腹減ってんなら大盛りにしとく?」


「お願いします。それと……水もいただけますか」


「了解! ちょっと待ってな!」


 店員は軽快に厨房へ引き返す。

 楓は店内を見回した。分厚い木のテーブル、壁にかけられた狩猟用の槍、酒瓶の並ぶカウンター。

 人々の笑い声と食器の音が重なり合い、活気に満ちている。


(ーー本当に異世界に来たんだな。こんな食堂、ゲームや小説の中でしか見たことなかった)


 やがて、大きな皿に盛られた煮込みシチューと焼きたてのパンが運ばれてきた。

 ぐつぐつと煮込まれた肉と野菜から、湯気が立ち昇っている。


「はい、お待ちどう! ……あれ、食べるとき、その仮面はどうすんの?」


 店員が首を傾げた。

 楓は少し躊躇し、それから静かに仮面を外した。


 露わになった顔を見て、店員はぽかんと目を見開いた。


「まあ……! 珍しい……」


 驚きの視線は楓の髪と瞳に注がれていた。

 光に透けるような銀髪と、深い紫色の瞳。ここらでは滅多に見られない色合いだった。


「こんな髪と目の色は初めて見るよ。……どこから来たの?」


「ーー遠いところからです」


 楓は曖昧に笑みを浮かべた。

 真実を話すわけにはいかない。


「それに子供じゃないかい」


 その声は意図せず少し大きく、周囲の客の耳にも届いたらしい。

 何人かがこちらを振り返り、「本当に子供じゃないか」と小声で囁く。


 楓は小さくため息をついた。


「ーーいえ、自分は子供ではありません。これでもれっきとした旅人です」


「えー? だって顔つきも声も……どう見ても十歳そこそこにしか」


 店員は悪気なく笑いながら、タメ口で言う。


(ーーやっぱり、そう見えるか。背も低いし、この世界の人間はみんな背が高いし。……俺ってそんなに幼く見えるのか)



 周囲の客たちも好奇心に駆られ、ちらちらと視線を向けてくる。

 だが次の瞬間――。


「ふふ、でも本当に子供みたいだね。細っこいし、顔立ちも幼いし」


 女将が頬をほころばせると、近くの商人も笑って頷いた。

「まるで母親に連れられて旅に出てきた坊やにしか見えんわい」


「お、おい……」


 楓はスプーンを手にしたまま、苦笑するしかなかった。


 だが同時に、どこかで「仕方ない」と納得している自分もいた。

 子供に見えることは、不必要な詮索を避けるための隠れ蓑でもある。


「ーーまあいいか。ありがとうございます、いただきます」


 楓はパンを手に取り、シチューに浸して口に運んだ。

 濃厚な肉の旨味と、香草の風味が広がり、思わず目を細める。


「うま……」


「でしょ? ウチの看板メニューだからね!」


 店員が胸を張る。

 楓は軽く微笑み、また一口食べた。


 しばらく食べ進めた後、楓はふと声を落として尋ねた。


「ところで……この街に、泊まれる宿屋はありますか?」


「宿屋? そりゃああるよ。ここから大通りを北に行ったところに『緑の樫亭』って宿がある。ご飯もうまいし、冒険者もよく泊まってる。おすすめだよ」


「ありがとうございます。……それと、冒険者について少し伺いたいのですが」


「冒険者? ああ、ギルドに登録すりゃ誰でもなれるよ。魔物退治や遺跡探索をして、報酬をもらうんだ。……でも、坊主――じゃなくて、あんたにはまだ早いんじゃないか?」


 店員は笑いながらそう言った。

 楓は小さく首を振り、敬語で答える。


「いえ、自分には必要なことですから。ご親切に感謝します」


 その真剣な眼差しに、店員は一瞬だけ言葉を飲み込んだ。

 だがすぐに笑みを取り戻し、

「そっか、なら気をつけなよ」

と軽く肩を叩いて去っていった。


 楓は最後の一口を平らげた。


食堂で腹を満たした楓は、店員に教えられた「緑の樫亭」を目指して歩き出した。

 夕暮れの街は、昼間の喧騒とはまた違う彩りを帯びていた。赤い提灯のような魔石灯が並び、石畳の道に柔らかな光を落としている。


 行き交う人々もまばらになり、かわりに鎧をまとった冒険者や、商人らしき一団が目立つようになる。

 遠くからは楽師が奏でる笛の音が流れ、屋台からは焼いた肉や香辛料の匂いが漂ってくる。


(ーーまるで中世ヨーロッパの町並みそのまんまだな。いや、それよりもっと生々しいというか……生きてる感じがする)


 楓は歩きながら、改めてこの世界の現実味を感じ取っていた。

 石造りの建物の間を抜け、しばらく進むと、大きな樫の木の看板が見えてきた。看板には「緑の樫亭」と刻まれ、柔らかな灯りが入口を照らしている。


(ここか……。さて、泊まれるといいけど)


 扉を押し開けると、木の香りと暖炉の熱気が迎えてくれた。

 中は広々としており、奥には酒場のようなスペースもある。数人の冒険者が酒をあおって大声で笑っていた。


 受付に立つのは、三十代くらいの女性だった。エプロン姿で帳簿をめくっていたが、仮面姿の楓に気づくと顔を上げた。


「ーーまあ、ずいぶんと変わったお客様ね。旅の方かしら?」


 楓は軽く頭を下げた。


「はい。しばらく滞在したいのですが、部屋を借りられますか?」


「ええ、もちろん。ただ……」


 女性は楓をじろりと見つめた。

 そして一拍置いて、やや困惑したように首を傾げる。


「その……仮面をつけたままじゃ、年齢も顔もわからないんだけど」


 楓は少し考え、ゆっくりと仮面を外した。

 現れた顔を見た瞬間、受付の女性は目を丸くした。


「ーーっ! 子供?」


「いえ、自分は子供ではありません」


 楓は静かに答えるが、女性は信じられないといったようにまじまじと見てくる。


「だって……その顔、十にも届かないんじゃない? それに……」


 女性の視線が楓の髪と瞳に移る。


「ーー銀色の髪に、紫色の瞳? そんな色、見たことないわ。とても珍しい……」


 彼女の驚きに、周囲の宿泊客までもがちらちらと楓を見やった。

 楓は小さく息を吐いた。


(やっぱり、また子供扱いか。……まあ、鏡で自分を見ても、童顔すぎて説得力ないんだけどな。日本でも年下に間違われること多かったし、仕方ないか)


 半ば諦めの気持ちで微笑むと、女性は少し気まずそうに咳払いした。


「とにかく、一番安い部屋から大部屋まであるけど……どれにする?」


「一番安い部屋で結構です」


「わかったわ。じゃあ、銀貨三枚。前払いでお願い」


 楓は懐からコインを取り出し、カウンターに置いた。

 女性はそれを受け取り、鍵を差し出す。


「三階の突き当たり、窓際の部屋よ。食事は別料金だけど、頼めば用意できるわ。……それと、浴場はないからね」


「ーーお風呂は?」


「桶で水を運んで体を拭くの。ここの宿だけじゃなく、この街じゃ風呂を備えてる宿はまずないわよ」


「なるほど……ありがとうございます」


 楓は頷き、鍵を受け取って階段へ向かった。


階までの階段を登る途中、楓は壁に掛けられたランプの灯りに照らされる廊下を見回した。木の床は長い年月を経たように艶があり、所々にきしむ音が混じる。窓の外には夜の街の灯が遠くまたたいており、少し幻想的な気配すらあった。


(こういう雰囲気は……なんていうか、童話に出てきそうだな。俺が本当にここにいるのが不思議なくらいだ)


 鍵を差し込んで扉を開けると、そこには質素ながら清潔感のある部屋が広がっていた。

 木製のベッドには麻布のシーツがかかり、壁際には小さな机と椅子が置かれている。窓は二重の木枠で、外の街灯がうっすらと差し込んでいた。


 室内にはほのかに木の香りと、石鹸のような清潔な匂いが混ざっている。


(思ったよりも快適そうだ。宿屋ってもっと薄暗いのを想像してたけど、悪くないな)


 楓は荷物を机の上に置き、ベッドに腰を下ろした。

 弾むようなマットレスの感触に少し驚きながら、鏡代わりに窓ガラスへ自分の顔を映す。


 そこに映ったのは、銀色の髪に紫色の瞳を持つ、小柄で童顔の少年のような自分だった。


「ーー俺って、これじゃ確かに子供だな」


 ぽつりと呟きながら、軽くため息をついた。

 日本にいたころも、高校生なのに中学生に見られたり、居酒屋で年齢確認を毎回されたり――そんなことがしょっちゅうだった。


 だが、今のこの世界では平均身長が高いこともあり、余計に幼さが強調されるのだろう。

 街の人々の視線を思い返し、楓は苦笑した。


「ーーまあ、気にしても仕方ないな」


 髪や瞳の色も、この世界ではかなり珍しいのだとわかった。

 ただ、珍しいからといって嫌われているわけではなく、むしろ興味や驚きの目を向けられるだけ。

 それなら――少しずつ受け入れていけばいい。


 楓は部屋を一通り見渡した。机の下には水桶と布が置かれている。

 受付の女性が言っていた通り、この宿には風呂はなく、桶の水で体を拭くのが普通らしい。


「本当に風呂がないんだな……」


 桶を見つめながら、小さくつぶやく。

 日本での当たり前の習慣が、この世界では当たり前ではない。

 そう考えると、改めて自分が異世界に来ていることを実感させられる。


 服を脱いで水に布を浸し、汗を拭いながら、楓は窓の外に広がる街並みを見た。

 遠くには城壁の上に並ぶ灯り、路地からは人々の笑い声や荷車の音が聞こえてくる。


(明日からどうするか、考えないとな)


 頭に浮かぶのは、人間の国の存在だ。

 この街はあくまでひとつの拠点にすぎない。もっと大きな国に行けば、より多くの情報が得られるはず。

 異世界転移のこと、日本に帰る手がかり、この力の正体――全部、まだ何もわかっていない。


「まずは……冒険者として動けるようにならなきゃな」


 店員から聞いた冒険者制度を思い出し、楓は口元を引き締めた。

 そのためにはギルドに登録し、依頼をこなす必要がある。

 そして、人間の国に向かうなら、この街での実績が役立つに違いない。


 桶の水で顔を洗い終えると、楓はベッドに横たわった。

 木枠の窓から差し込む月明かりが床に広がり、部屋は静寂に包まれている。


「ーーよし。明日からは、もう一歩踏み出すか」


 そう心に決めながら、楓は瞼を閉じた。


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