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くずしたい、くずせない

「はー、暑かった~」

「渉、コンビニ寄って来たん?」

「そうそう、ちょっと買いたいもんあったから」


 でっかい手で顔を仰ぎながら、渉が靴を脱ぐ。俺はその耳を斜め下から見上げ、ちょっと緊張しとったん。

 

 ――おお。機嫌、そんなに悪くなさそうやな……?

 

 部活で言い合ったのに、意外や。更衣室でも、さっさと着替えて沙也さんを迎えに行きよったし、ぜったい怒ってると思ってたんやけど。


「ええ匂いやな。腹減ったぁ」

「どわあっ!」


 渉は俺をぐいと押しのけ、ふんふんと鼻歌を歌いながら、廊下を歩んでく。――押しのけんでもええやろ! むっとして後を追えば、勝手知ったる風情で、冷蔵庫をぱかっと開けとった。


「こら、手くらい洗わんかいっ」

「いてっ!」


 後ろから、びしっと尻を蹴る。


「ちょお。手土産、はよ入れたかったんやって」


 渉は大げさに痛がりながら、口を尖らせる。――肩越しに覗いた庫内には、プリンが二つならんどった。俺は、思わず身を乗り出した。


「あーっ、新発売のやん。夏限定、トロピカルマンゴー味!」


 透明のカップに入った眩しい黄色が、輝いとる!つい笑顔になってまうと、乗り上げた背がくっくと揺れた。


「偶然、コンビニで見つけたさかい。つむぎ、食いたい言うてたなーって」

「渉……」


 俺は、はっとする。


「ええ彼氏やろ?」


 悪戯っぽい笑みで振り返られて、俺はじわあっと頬が熱くなった。

 

 ――やば。だいぶ、嬉しい……かも。

 

 うっすら汗の染みたTシャツの背に乗りあげて、ちょっと泣きそうになる。プリンひとつでって、自分でも思うんやけど。でも、なんか――渉のなかにちゃんと俺がおるんやって、久々に感じられた気がしてん。


「つむちゃん、重いねんけど?」

「……うん。ありがとぉ」

「繋がってへんしさぁ」


 笑い交じりに言われ、広い背に頬を寄せた。汗混りのフェロモンと、夏の夕方の風の匂いがする。俺は、思いのほかやらかい渉の態度に、期待がふくらむのを感じた。

 

 ――渉……わかってくれるやろか?

 

 俺なあ、怒った顔の渉にくどくど文句言う事ばっか、想像してたねん。そんで、どうやってみんなの気持ちわからせたろかって……。

 でも、現実に渉は怒ってへんし。俺の好きなものまで買って来てくれたってことは、「悪かったな」って思ってくれてるってことやんな?

 渉のこと、信じてなさすぎやったかも。

 俺はちょっと反省しつつ、渉に尋ねた。


「渉。おばちゃんに、ごはん食べるて言うてきた?」

「電話した。つむぎに迷惑かけんなよー、やて」

「へへ。ちょっと待っててや、すぐメシ出すから!」


 俺は意気揚々と、カレーとサラダを山盛りよそって、テーブルに並べた。それから、キンキンに冷えた麦茶のボトルも用意する。


「……ごはんのときは、スマホやめてな?」


 スマホを取り出した渉に、ちょっと言うてみる。渉は「はいはい」と笑って、スマホをテーブルの端に伏せて置いた。

 それも嬉しかった。

 


 *


 

 数十分後――


「いやほんま、沙也は筋がええと思うねんかなあ。軟式やってたみたいやから、球感がええのはわかっとたけど。フットワークも軽いし」


 渉はカレーを大口で食べながら、興奮気味に話しとる。対面の俺は、握ったスプーンを動かせんまま、モヤついとった。

 笑顔をはりつけて、相槌する。


「はは……たしかに沙也さん、上手やんな」

「やろ!? あとはフォームの癖さえ直したら、ぐっと伸びると思うねんかなあ」

「そっか……」


 楽しそうな渉に、ついつい生返事を返してまう。そのことにすら気づかんと、渉はにこにこ喋って、カレーをバクバクと頬張っていた。

 ――どうして、こうなったん!? 絶対、上手くいく流れやったよな?!

 

 俺は、部活での態度を注意しようとしたはずやねん。せやのに、どうして沙也さんを褒める方向になってるん。

 

 ――これじゃ、いつも通りやんか……

 

 悶々として、細切りにした大根を摘まむ俺の前で、渉はスマホをいそいそと引き寄せた。


「ほら見てや。こういうの考えてんけど」

「……っ」


 ずい、とメモアプリに書き込んだ練習メニューを、楽しそうに見せられる。几帳面に考えられたメニューから、沙也さんのことを真剣に思ってるんが伝わってきて――胸焼けがした。

 俺は、さりげなく画面を押しのけて言う。


「ふーん、ええんちゃうの。それもええけどさ、俺の話も……」

「せやろ、やっぱええと思うやろ」


 渉は、得意そうにスマホを眺めとる。聞けや。


「さっそく、沙也に教えたるわ。あいつ、今のレギュラー外のメンツやったら、すぐ抜いてまうかもなあ」


 さすがに皆のことなめすぎやろ、とむっとする。

 

 ――沙也さん、たしかに上手いけど……みんな、もっと真剣にやってるんやからな!

 

 少なくとも、部活の間にきゃっきゃフザケたりしたときないわい。

 俺は、浮かれっぱなしの恋人を、睨みつけた。

 

 ――もお! 何を話しに来たねん、こいつ。

 

 さっきまで抱いてた期待が、みるみる萎んでく。「うまくいくかも」とか、俺アホみたいやんか。むしろ、この話をしたくて機嫌をとったのか、って捻くれた思いさえ湧いてきとるんやけど。


「……はぁ」


 にこにこする気も失せて、スプーン握って押し黙る。そしたら、渉がやっと異変に気付いた。


「どうしてん、黙って」

「……っ」


 きょとんとした顔に、イラッとする。

 

 ――ほんまに、わからへんの? 俺が今日、何話したかったか、ちっとも?!

 

 ……それでも、喧嘩はしたくなくて。余計なことを言いそうな口に、もりもり大根を詰め込んだ。

 そんな俺を眺めて、渉はにやりと笑う。


「……はーん、わかったわかった。ほんまにお前は」

「……何よ?」


 呆れたように肩を竦める渉に、俺は眉を寄せた。すると、あいつはしたり顔で頬杖をついた。


「俺もお前に言いたいねん。あーいうのは、部活中は勘弁してな」


 

 


「へ?」


 今度は俺が、目を丸くする番や。渉は、ふふんと笑って続けた。


「部活のときに、公私混同はせんとこって話。――今日、いきなり怒鳴って来たやんか? さっきまでの話で分かったやろうけど、俺も沙也も真剣にテニスしとるだけやから! つむぎが嫉妬する様な事、なんもないんやで」

「はい!?」


 俺はかっとなった。


「そう言う理由で、怒鳴ったんと違うよ! あれは、沙也さんと渉がきちんと球拾いしてくれへんかったからやろ? 部長とか、先輩らめっちゃぴりぴりしてたん、気づかへんかった?」


 単純に、俺の嫉妬で終わらんといてほしい――。一年ズの鬱憤と、その中に込められた心配を背負って、俺は訴える。

 けど、渉は余裕の体で麦茶を飲み、言い返してくる。


「いや、その理由は沙也が言うてくれたやん。俺も、練習中はさすがに沙也に構ってやれへんもんな。やから、休憩時間に沙也の指導してるんやって。あんだけはっきり言うたから、理由解ってくれたやろ、先輩らかて」

「は……?」


 なぜか得意げな渉に、俺は顎が外れそうになる。


「いやいやいや、そうはならんよ! 休憩中に遊んでるんがあかんってハナシであってさ。他のメンバーにも迷惑掛かるから……」

「なんでさ。あのなあ、沙也は新入部員やねんで!面倒見たるんは当然やん。それを放っておくのって、ひどない? 俺やったら、そんな部活どうかと思う」


 俺の言い分を、渉はズバズバ跳ねのける。そういう正論はずるい。俺らだって、新入部員を大事にしたいと思ってるから、聞く耳持たざるをえん。


「ううっ……せやけど! レギュラーの渉やないと嫌って言うのは、沙也さんの問題と違うかな……!? 他の皆やったら、ちゃんと」

「だーーかーーら。沙也はオメガやから、怖いって言うてるやろ? つむぎは自分がガサツやからって、他の子もそうと思わんほうがええよ。怖い子は、怖いねん。わからん?」

「……っ」


 呆れたように言われ、ぐっと言葉に詰まった。

 

 ――そんなん、わかってる。わかってても、言うてんのに……!!

 

 好きな奴に、気遣いがない奴みたいに思われんのは、こたえる。唇をぎゅっと結んでいると……勝利を確信した渉が、にやっとした。


「てか、部長に怒られとったんつむぎやん。はよせえ! てさあ。人のことより、自分のことしたら?」


 してやったりの響きに、頬にかあと熱が上る。


「……もうええ!渉のアホッ!」


 お皿を持って、たちあがった。カレーで汚れた皿を、お手入れヘラでわしわし拭う。悔し涙がこみ上げ、瞼が熱かった。

 

 ――なんやねん、もう……! 渉が、負かさな気がすまんやつなんは、知ってるけど! 知ってるけどさ……!

 

 なんで、ちゃんと部活してっていうだけのことで、こんな惨めな気持ちにならなあかんの?

 言いたいことも、きちんと言えんで……泣きそうになるとか、俺もメンタル弱すぎやんか。すると、足音が近づいてきた。

 

 


「つーむぎ」


 妙に明るく名を呼ばれ、後ろから抱きつかれる。ぎょっとして、皿を取り落としそうになった。


「ちょっ!?」


 振り返れば、間近に渉の顔がある。咄嗟に顔を背けると、頬に唇が当たった。


「何、すんねんっ」

「なんでや。彼氏が泣きそうやから、励ましたろと思ったんやろ?」

「わ……っ」


 ぎゅっ、と甘やかすように抱きつかれた。爽やかで、スパイシーな香りが漂う。腹立ってても、いい匂いと感じる自分が憎い。フェロモンにあてられ、力の抜けた体をぬいぐるみのように渉は抱いた。


「つーむちゃん。仲直りのキスしよ、な?」

「や……っ」


 つむじに顎を乗せて懐く渉は、可愛こぶってて……あからさまに俺の機嫌をとろうとしてた。

 

 ――こういう風にしたら、俺がほだされると思ってるんや。

 

 それくらい、わかっとる。

 六年も付き合ってる分、長年の積み重ねってもんが、俺らにはあって。俺の必敗パターンは、むこうの必勝パターンなんやって、渉もきちんと解ってんねんて。


「つむぎ……こっち見て」

「んんっ」


 甘えた声で呼ばれ、キスされる。俺と喋りたない時だけ、キスしてるんやないやろな――。そんなふうに思っても、ぎゅっと抱きしめられて、こんな風に構われたら嬉しくなってまう。

 

 ――ああ、アホすぎる。俺は、駄目なやつ過ぎる……!

 

 自分に呆れる。甘いキスに、こんなときでも「許してやれ」って、俺のなかの実績が囁いてる。ここで許せば、また機嫌よく笑って、喧嘩は終わりや。意地をはるだけ無駄やって――。


「……やめてっ!」


 けど、Tシャツに潜り込んできた手を、俺はがしっと握りしめた。


「え?」


 渉は、びっくりしてる。必勝パターンが効かへんかったんやもんな。けど俺かて、今回はただ負けるわけにはいかへんねん。


「……こういうんは、いやや。俺、部活のことはちゃんと話したいねん」


 今回のことは、俺らだけの問題と違うねんもん。みんな、渉のこと怒ってる。俺がなあなあには出来ひん。


「はあ? なんやそれ」


 渉は、一気に不機嫌になった。


「話してたのにさあ。席立って、泣き出したんお前やんけ」

「……それは、ごめんけど。でも、そもそも試合も近いし、こういうのは控えても良くない?」


 最近の渉は乱暴やから、足腰を痛めそうで怖いし。モゴモゴ言うと、渉は片眉を上げた。


「なんやねん、可愛ないなあ……せっかく来たったのに、意味ないやん」

「――!」


 渉からしたら、何気なくぼやいたやろう言葉が、胸にブッ刺さった。


「なにそれ……」


 渉は負けず嫌いやからやろうけど、そういうこと簡単に言う。喧嘩のときに――それ目当てみたいに言われたら、めっちゃ傷つくのに。


「それやったら、もう帰ったら!? 渉の、ドアホッ!!」


 俺の怒鳴り声が、キッチンを震わせた。


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