三歩進んで二歩下がる恋
「渉、どういうことなん?」
部活の後、ざわざわしとる更衣室で、俺は渉を問い詰めた。沙也さんは、入部の件で部長らと話してるから、ここしかないと思ったん。渉は汗だくのTシャツを脱ぎながら、目をぱちくりしとる。
「どういうことって、なに?」
「沙也さんのことに決まっとるやろ! なんで、朝は何も言うてへんかったよな?」
ごう、と吠えると、渉はぎょっとしたように身を引いた。
「圧、強っよ! なんやねん急に」
「ええから答えてやっ。SAY!」
俺の勢いに、「えぇ……」とちょっと引き気味にぼやいとる。
――なんやねん、その意外そうな反応はーっ。気になって当然やろがい!
俺は、ますますカッカしそうになる。
だって、渉ときたら! 練習の間中、ずーっと沙也さんにつきっきりやったんやで!
そりゃ沙也さんは入部初日やから、誰かついてたるのは当然やけどもさ。今日こそは、ペアの練習できると思ってたのに、空振りやった俺の気持ちもわかってほしいわ。
じっと睨めつけていると、渉はポリポリと頬をかく。
「いや別に、特別なことはないやんか。沙也、まだ部活はいってへんかったし?そんで、俺がテニスやっとるから、はいろっかなて思たんやって。善は急げで、昼休みに部長んとこに二人で行ってなあ」
終わりに行くにつれ、甘くなる渉の声にもやもやする。ていうか、昼メシ食えへんかった理由、それやったんや。
「なにそれ……渉がおるから、入部したってこと?」
ぎゅ、と体の横で手を握りしめると、渉は半目になって、俺の額をビシッと弾く。
「あいたっ」
「そういう言い方すんなって。ほんまヤキモチ焼きやなぁ、お前は」
「んなっ!」
じんじんする額をおさえ、俺は真っ赤になった。
「べつに、俺はっ」
「友達と部活選ぶくらい、よくあるやろ?それに、打ちとけへんあいつが、すすんで人の輪に入ろうって思たんやん。お前も、あたたかく受けいれたってや」
優しい声で窘めるように言われて、うっとつまる。
――そういう風に言われると……たしかに、俺のはただのやきもちやけど……。
俺かて、友だちと一緒に入るんが悪いなんて思ってへん。せやけど、沙也さんにだけ目くじら立ててまうのは、渉のことで嫉妬しとるからや。渉は、タオルで乱暴に背を拭い、制服のシャツを着こんだ。
「そういう事やから。ほな俺、先帰るわ」
「え!? 一緒に帰らへんの?」
ぎょっと目を見ひらく俺に、渉はいひひと歯を見せて笑う。
「沙也と、スポーツショップよってく約束してるねん。俺に、ラケット選んで欲しいんやって」
「ちょっ……それやったら、俺も一緒にっ」
大慌てで着替えようとすると、「渉!」と澄んだ声が響く。見れば、更衣室の入り口から沙也さんが、ひょっこり顔を出している。
「お待たせしました。帰りましょう?」
蛍光灯に照らされ、天使の輪が輝く。
むさ苦しい更衣室の面々は、突然の美人の登場にどよめいた。
「うわーっ、なんで道前くんが!」
「しもた、勝負パンツと違った!」
「見たないわボケ!」
思春期男子のアホな騒動のなかを、渉はひとり悠々と歩いていく。
「お疲れ沙也。ここうるさいし、さっさといこか」
「はいっ」
どや顔で言いながら、沙也さんの背を押す。その振る舞いに、はしゃいでいた更衣室に怨嗟の声が吹き荒れる。
「クソがーッ、高中(渉の名字)の奴……!」
「ずりいぞ! 顔が全てかよ!」
ますます大騒ぎの人波にもまれつつ、俺は声を上げた。
「わ、渉っ! ちょっと待ってよっ」
聞こえてへんみたいに、ドアがバタンと閉まる。――その寸前、頬を染めて笑う沙也さんが、渉の腕をとるのが見えて、かっとなる。
その、それは、俺の彼氏なんですよ!
「もおおっ! なんでこうなんの!?」
頭を抱えてしゃがみ込む。瞼がじんわりと熱を持ち、悔しさに胸がつっかえた。
――ちきしょー! もー、腹立つううう!
てか渉の奴、また無視しやがった!結局、朝と同じことやんか。
「幸せのアホーッ! いちいち三歩進んで、二歩下がんなやーっ!」
「つ、つむぎ。落ち着けっ! コロッケ奢ってやっからさ」
田中が焦ったように、側に寄って来てくれた。渉と喋るいうたら、他のメンバーをひきつけてくれてたんよ。加藤とアッキーも、どしたどしたって声かけてくれる。
「どうした~、つむぎ~?」
「腹いてえの? 正露丸やったら、俺持ってるで」
みんな、大騒ぎの面々から、ちびの俺が踏みつぶされへんよう、スクラムして庇ってくれとった。傷心の胸にジーンときて、俺は鼻を啜った。
「田中、加藤、アッキー! ありがとう。大丈夫やっ」
立ち上がって、ニカッと笑う。三人はホッとした顔で、笑ってくれた。
――あかん。痴情のもつれで、皆に心配かけるわけにはいかん!
みんなと笑顔で喋りながら、朝と同じ決意する。
渉のことは腹立つし、沙也さんのことはもやつく。でも、それは……悔しいかな、俺のヤキモチのせいやし。部活の大事な時期に、みんなに迷惑かけたない。着替えとったら、近づいてきた田中がこそりと囁く。
「つむぎィ、大丈夫か?」
「うん!」
笑って頷いて見せる。
心配してくれる友達がおるから、ええ。四人で固まって更衣室を出て、俺は赤色に薄墨を撒いたような空を見上げた。
――見てろ、負けへんで!
そう決意して、両手を空に突き上げると、皆が「よう伸びるなあ」と笑った。
*
負けへん。
そう、負けへん――と念じ続けて幾星霜。
「渉、渉。こうですか?」
「んー。もうちょい、フォロースルーは軽くでええかな。こうやって……」
ある日の練習中。俺の目の前では、渉が、手とり足取りで沙也さんのフォームを見てあげていた。背後に立って、一緒にラケットを握って振っている。
――あれは、フォームの指導。フォームの指導や……!
念仏のように唱えつつ、俺はボールを投げつけたい衝動を堪え、球拾いに専念する。けど、甘いはしゃぎ声は、続く。
「沙ー也、肩の力ぬきや」
「だって……渉の力、強いんですよ!」
「なんでや、こんな優しくしてんのに~」
「きもい、きもいですっ!」
どこのバカップルかと思うやりとりが耳に飛び込んできて、俺はラケットのグリップをぎりぎりと握りしめる。
妙に甘えた沙也さんの声に、はらわたが煮えくり返る。
でも、俺が見てると知ってながら、へらへら浮かれとる渉はもっと腹立つっ!
――くそぉ……ま、負けへん……負けへんからなぁ!
俺は唇を噛みしめ、バックハグしとるみたいな二人を睨んだ。
沙也さんが入部してから、はや数日――すでに”恒例行事”となりつつある光景に、忍耐をバキバキに試されとる状態や。
――憩いの部活が、こんなことになるなんて……。
俺は今まで、部活にどれだけ助けられとったか、痛感しとる。大好きなテニスをしてたら、もやもやをスッキリできたねん。
「なんやあいつら、遊んでばっかで。球拾いの時間やて、わかってへんのか?」
「田中」
近づいてきた田中が、こそこそ囁く。その怒った声に、冷静になった。ラケットに集めたボールを籠にどばどば流しながら、笑顔を取り繕う。
「ま、まあ。沙也さんは初心者やしな。渉のやつも、まあ面倒見、ええということで……」
「せやけどさ。先輩ら休憩してっけど、睨んでんで」
「まッ……!?」
小声で促され、休憩中の先輩らを見れば――たしかに、睨んどるわ。キャッキャはしゃぐ二人を指さして、何やら険しい顔で喋ってはる。部長が静かにコップを置いたんを見て、俺は青褪めた。
――やばい、部長が怒りに行くぞ……!
バッと見合わせた一年ズの顔に、「連帯責任」の文字が踊る。
「俺、注意してくる! ごめんけど、あとお願いっ」
部長が出られる前に、なんとかせなあかん――。球拾いを皆に託し、俺は駆け出した。ピリつく空気もなんのそので、軽い球出しまで始めとる二人に、声を張り上げた。
「渉、沙也さん!」




