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揺れ始める放課後

「ふんふ~ん♪」


 放課後、鼻歌を歌いながら廊下を歩く。ぽこぽこと床が跳ねとるみたいに、足取りが軽い。


「おうおう、つむぎ。えらいご機嫌やん」


 後ろから追いついて来た田中が、にやにや笑って肩を組んできた。俺はえへへと笑う。


「ん~何でもないけど、部活楽しみでな。渉も出る言うとったし、ペアの練習できるなあって」

「そうか。のわりに、渉おらんけど……?」


 田中はきょろきょろとあたりを見回す。俺と渉は同じクラスやで、一緒に行かん理由がないもんな。


「渉なあ、顧問に用あるから、職員室寄ってくらしいわ。昼休みも部長のとこ行ってたし。試合のこととかで、相談しとるんちゃうかね?」

「へえーっ。えらい熱心やん」

「せやろ!」


 目を丸くする田中に、俺はわがことのように胸を張った。

 そうやねん。渉のやつ、昼休みにメシ誘ったら、「顧問に、大事な相談があるさかい」って言うてたん。

 あの内弁慶な渉が、自分から顧問に話しに行くなんて!めっちゃ感激したから、昼メシ一緒に食えへんかったけど、今日は拗ねてへんわけよ。


「よかったなあ、つむぎ」

「うん!ありがとう」


 田中の明るい笑顔に、笑い返す。……朝にさんざんぼやいたもんで、心配してくれとったんやな。心ん中で「ありがとう」って手を合わせる。

 

 ――渉、沙也さんのことばっかやって思ってたけど……俺のことも、ちゃんと気にかけてくれてるし。俺が信じやなな!


 俺は意気揚々と、拳を突き上げる。


「よーしっ。田中、はよ着替えて、コート行こ!」

「おうっ!」


 俺達はダッシュで部室に向かった。



 *



 ちゃっちゃと着替えて、みんなでわいわいコート整備をしとる最中。俺は、ラインを箒で掃きながら、そわそわとコートの入り口を眺めた。


「……渉、遅いなあ。先輩ら来てまうで」


 うちの部活では、一年の俺らが、練習の準備をするねんか。やから、先輩が来る前にコートにおらな、めっちゃ怒られるねんけど。マイペースな渉はちょこちょこ遅れてくるんやわ。


「どないしょ。迎えに行ったほうがええかな……」

「ほっとけや~。顧問のとこ行っとるんやったら、先輩らも怒らんやろ~」


 ボールの籠を置いた、同期の加藤がのんびりと言う。


「つむぎ、渉の母ちゃんみてえやな」


 と、どっと笑いがはじけた。


「だれが母ちゃんやねんっ」


 て憤慨しとったら、左肩をポンと叩かれる。


「あっはっは。渉の母ちゃんか。いい得て妙やなぁ」

「うわっ、副キャプテン!」


 もう夕方やと言うのに爽やかな副キャプテンが、いつの間にやら後ろに立っていた。見れば、コートには続々と先輩たちが集まってきとる。俺達は、慌ててびしっと整列した。


「お疲れ様でーす!」

「うーす」

「お疲れさん」


 先輩らからも、返事がばらばらと返ってくる。――準備、間にあってて良かった。俺ら一年ズはホッとした顔を見合わせる。

 最後に入ってきた部長の後ろを、ゆっくり歩いてくる渉の姿を見つけ、俺はぱっと胸に花が咲く。


「渉っ。どうしたん、遅かったやん……!」

「おう、つむぎ!」


 手を上げた渉に、満面の笑みで、パタパタと駆け寄った俺やけど。渉の背中に隠れるように立っている人の存在に気づいて、目を見ひらいた。


「え。沙也さん……?」


 サラサラの黒髪に、硝子細工みたいに綺麗な顔。そこにいるのは紛れもなく沙也さんやったんや。そっぽを向いたまま、人見知りの子みたいに、渉のジャージの裾を摘まんどる。


 ――なんで、沙也さんが部活に来とるん……?


 呆気にとられる俺に、渉は顔をデレデレ緩めて言った。


「驚いたか。まあ、あんま騒いだるなよ、沙也が怖がるから」

「いや……驚いたけど。いったいどういう――」

「集合!!!」


 渉を問い詰める前に、部長から雷みたいな号令が飛ぶ。


「はいッ!」


 俺らは、ムチを打たれた馬みたいにぴゃっと動いた。綺麗に列になって並んだ俺らの前に、部長と副部長が立った。その隣に、なぜか渉と沙也さんも立つ。


「今日は新入部員を紹介する。――道前(みちまえ)、挨拶せえ」

「はい」


 部長に促され、一歩前に出た沙也さんが、涼やかな声で自己紹介する。


「道前沙也、一年生です。”ある人”の影響で、テニス部に興味を持ちました……硬式は初心者ですけど、中学までは軟式を少しやってました。よろしくお願いします」


 ちょうどよく吹いてきた風が、サラサラの黒髪を揺らした。


 ――ええええ~~っ。沙也さんが、テニス部に……!?




 衝撃の展開に、俺はあんぐりと口を開いた。

 ついでに、”ある人”と言いながら渉に微笑みかけたのを見て、猛烈にもやっとする。渉が嬉しそうに笑い返しとるもんで、余計に!


「うお、あの子って噂の美人ちゃんと違う!?」

「やべー!めっさ綺麗くね?」


 綺麗な新入部員の登場にチームメイトたちがどよめいとった。うきうきした空気を一掃するように、部長が声を張る。


「中途半端な時期やけど、テニス部としては仲間は歓迎や。一年、色々教えてやれよ」

「一年で回しとるマネージャー業の分担とか、また決めたら俺んとこに持って来て」


 副キャプも爽やかに笑う。


「はいッ!」


 みんな、うっきうきで頷いた。ワイワイ盛り上がる周囲と裏腹に、俺は気分が下降してくのをとめられへんかった。視線の先には、渉と沙也さんが笑いあっとるん。


「沙也、立派に挨拶できてえらいやん」

「馬鹿にしないで下さい。僕は優等生ですよっ!」


 頭をなでようとする渉に、顔を赤らめた沙也さんが食ってかかっとるのをみて、がっくりと項垂れたくなった。


 ――まさか、部活でまでこれを見る羽目になろうとは……!


 部活では、渉と一緒におれると思ったのに。唇をぎゅっと噛みしめとったら、田中に「つむぎ、大丈夫か」と尋ねられた。慌てて、何でもないって答えたとき、同期の加藤とアッキーが二人に突っ込んでいく。


「おいおい、渉~!一人で仲良くしてんなや~」

「道前くん、よろしくーっ!俺、秋吉!アッキーって呼んで?」


 もともとノリのええ二人は、さっそく沙也さんに話しかけとる。美人な沙也さんを前にして、陽に焼けた顔がトマトみたいに真っ赤になっとる。


「……っ」


 沙也さんは、二人が差し出した手を、冷たい目で睨んだ。ぱっと身を翻し、渉の後ろに隠れてしまう。


「……結構です。渉に教えてもらいますので」


 そう言って、渉のジャージを摘まみ、つんと顔を背けはったん。しん、と一瞬、沈黙が落ちる。


「えっ……ええーっ、厳しいなあ~!」


 加藤とアッキーは、にべもない返事に、苦笑いをした。場をとりなすような明るい笑い声に、みんながホッとしたように話し出す。


「そら、お前の顔怖かったんちゃう?」

「なんでや、こんなハンサムをつかまえて!」


 皆で、アッキーと加藤をからかうと、二人も調子を合わせてくれた。――入部まもなく、沙也さんが反感を買わんように、気遣っとるんがわかる。

 田中と顔を見合わせ、安堵の息を吐いた俺やってんけど。


「沙也、皆と仲良くせなあかんやん」

「いいんです。僕はなれ合いの為に、部活に入ったんじゃありませんし。あくまで、テニスがしたいだけですから」

「真面目やなあ、沙也は!」


 俺達の輪に混ざらんと、楽しそうに喋っとる渉と沙也さんに、冷や汗がたれる。


 ――ちょっと、ちょっと。これ、大丈夫なん!?


 懸念を残し、部長から練習開始の号令がかかる。

 俺は、いちゃつく渉と沙也さんを見て、胸にまたもや雲がかかるんを感じとった――。

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