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沙也さんという人

「渉、おはようございます」

 

 嬉しそうに駆け寄った渉に、沙也さんが微笑む。硝子細工みたいな顔が、朝日にふうわりと溶けるみたいやった。あんまり綺麗なもんで、通り過ぎる生徒達が、ぽうっとして振り返ってく。

 

「おはよう、沙也。もう、からだは大丈夫なんか?」

 

 渉は言いながら、すらりとした背に手を添えたってる。


 ――何じゃ、その手は!


 モヤっとする俺をよそに、沙也さんはくすぐったそうに笑ってはる。

 

「渉は大げさすぎます。僕、そんなに病弱じゃないんですけど?」

「そんなこと言うて、お前すぐ無理するねんもん」

「もう……馬鹿な人」

 

 心配そうに眉を寄せる渉に、沙也さんははにかんだ。白魚のような指先が、つんつんと渉の胸をつついとる。どこか甘酸っぱいやりとりに、俺はこめかみがボン! いうて爆発しそうになった。

 

 ――誰が恋人やねーん! てか渉、そんな優しい声、俺にかけてくれたことある!? 

 

 俺はむかむかしたけども、ここで負けとったらあかんと思ってな。楽しそうな二人に向かって、ずんずん歩いて行ったんや。

 

「おはよう、沙也さんっ。具合ようなったみたいで、よかったね」

 

 にこっと笑って、沙也さんにご挨拶。腹立っとっても、病み上がりの人には八つ当たりはあかんから。仁義礼智っていうてな、世の中思いやりがだいじっちゅうことらしいねん。

 すると、沙也さんは綺麗な顔を不快そうにしかめた。

 

「……何で知ってるんですか?」

 

 パンツでも覗かれたみたいな反応に、ぎょっとする。

 

 ――えっ、めっちゃ怒ってる?! なんでって、渉が言うてたからやけど……

 

 でも、オメガとしての不調を知られたくない子もいるよな。俺は、慌てて弁明した。

 

「ごめん、渉に聞いてん。具合悪くなってもたって。勝手にごめんな? でも俺、誰にも言うてへんから……!」

「……渉。知らない人に、勝手に話さないで下さい」

 

 沙也さんは顔を背けて、渉を睨みつけた。渉は、すまなそうに両手を合わせる。

 

「すまん! 部活休まなあかんかったさかい。こいつも、こうみえてオメガやから、大丈夫やで?」

「関係ありません、気持ち悪い……僕は、君にだから話したのに」

「え……」

 

 沙也さんは拗ねた様に、渉の腹をどつく。痛みに呻きながら、渉は唇をむずむずさせていた。嬉しい時の顔やって気づいて、モヤっとする。

 

「そっか、ごめんな。沙也は俺だけやってんなあ」

「……っ別に、変な意味じゃありませんから! 渉のにやけづら、きもいです!」

「あはは」

 

 顔を真っ赤にして、沙也さんは渉をどつき回す。渉はへらへら笑ってて、何の効き目も無さそうや。俺はと言うと、所在なくつっ立ってるしかなくて。正味めっちゃモヤつくねんけど、仁義礼智と思って、おずおずと沙也さんに声かける。

 

「あの……沙也さん、ごめんな? ほんまに」

「はぁ……もういいですから、どうぞ登校してくださいよ」

 

 つん、と気位の高いネコみたいに顔を背け、手を振られる。……さすがにあんまりな気がして固まっとったら、渉が甘えるように沙也さんの肩に手を置いた。

 

「そんな怒らんといたってや。つむぎがごめんなー? こいつガサツやし、全然オメガらしくないもんで」

「いいです。渉に免じて許してあげます」

「沙也ぁ!」

 

 感激する渉に、沙也さんは澄まして笑っとる。

 俺は、なんかめっちゃ疎外感を覚えて、ぐっと唇を噛み締めた。

 

 ――いや、でも。俺が一人で行くのんは違うやろ……!

 

 一緒に登校してたの、俺やもん。ぎゅっとラケットバッグを握りしめて言う。

 

「なあっ。二人とも、数学の宿題できとる? 一限に提出するやつ」

「げっ! 忘れてた」

 

 渉が、嫌そうに顔をしかめた。昨夜、遅かったから忘れとるんちゃうかな、と思ってたん。沙也さんも、昨日は具合悪かったから、出来てないやろうし。俺は、ちょっとほっとしながら、笑う。

 

「ほな、みんなで一緒にやろうよ! 俺、やってきたから……」

「僕は出来てますよ、渉」

 

 俺を遮って、沙也さんが言う。渉がぎょっとのけ反った。

 

「ええっ、何でやねん!」

「朝にやりました。具合も良くなってましたし、簡単だったので……」

「マジか……えらいなあ」

 

 肩を落とす渉に、沙也さんがちょっと照れたように言う。

 

「今日は、特別に見せてあげますよ。僕の見舞いで、出来なかったんでしょうし……」

「マジか。可愛いとこあるやん!」

 

 渉が嬉しそうに笑って、沙也さんの肩を抱く。沙也さんは顔を真っ赤にして、「きもいです」と押しのけている。仲の良いカップルみたいなやりとりにボー然とする俺やけど、渉の次の行動にはもっと驚いた。

 

「よっしゃ! そうと決まれば、行くか」

 

 とつぜん、沙也さんの手を引いて、走り出したんよ。沙也さんは「ひゃぁ」と声を上げて、たたらをふむ。

 

「馬鹿、渉! 急に引っ張らないで下さい」

 

 ぜんぜん怒ってへんのがわかる甘い声に、周囲がふりむく。「カップル?」という囁きが聞こえて、カッとなった。

 

「ちょっと、渉っ!!」

 

 脱兎の勢いで走る背に、怒鳴る。

 すると渉は笑いながら、こっちを振り返った。

 

「やべえ。逃げるで、沙也!」

「はいっ」

 

 軽やかな笑い声をたてながら、二人は遠ざかっていく。

 俺は、ポツンと取り残されてわなわなと震えた。

 

「……なんなん、それ~っ」

 

 逃げろって何?! 俺は鬼か何かなん? 両の拳を握って、悔しさなんか悲しさなんかわからん涙をこらえとったら……ぽん、と肩を叩かれる。

 

「どした、つむぎ? 授業遅れんで」

 

 缶コーヒーを携えた田中が、不思議そうな顔しとる。

 

「わーん、田中~~!」

 

 和やかな友人に、泣いて飛びついてしもた。

 

 

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