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目は合わないままで

 楽しく練習しとるうちに、先輩たちも続々コートに現れた。


「おはざーっす」

「副キャプ、早いっすね」


 ラケットを振りながら入ってくる二年の先輩らに、俺らはシャキッと背筋を伸ばした。


「おはようございますッ!!」


 ボールをとめて頭を下げる俺達一年ズに、先輩らは笑って「おう」とか「張り切ってるやんけ」と言わはった。それから、黙々とアップを始めたんを見て、田中がこそりと囁く。


「……副キャプ効果、すっげえな。怒鳴られもせんぞ」

「わかるぅ」


 俺らだけやったら、怒鳴られとるとこや。二年の先輩らも熱心で、三年生の方より早く来て、練習しはるんよ。いつもは、俺らがコートにおったら「どけどけ」って感じやねんで。

 しみじみしとったら、副キャプが笑う。


「ははは、これが三年の権力や。でもまあ、練習はじまるし。そろそろ整備しよか?」

「そうっすね!」


 俺らは副キャプにお礼を言うて、コート整備をする。気を利かせたアッキーと加藤が、ドリンクを作りたしに行ってくれる間、俺と田中はボールの籠を出しに行った。


「失礼します。ここ、ボール置かしてもらいます!」

「おう、お疲れ」


 二年の先輩らは、整備の済んだコートで、さっそくミニラリーを始めとる。副キャプは、二年の先輩らのストレッチを手伝ってあげてた。優しい。


「ふーっ、間に合ってよかったな」


 田中とふたり笑いあっとると、背中をボカっとどつかれる。


「いってえ!」


 振り返ったら、二年の山田先輩がラケットを肩に担いで、見下ろしとった。まくり上げたTシャツから、こん棒みたいな腕がつきだしとる。


「邪魔やお前ら。ぼさっとしとらんと、コートの隅に避けろ」

「はい! すませんした!」


 傲岸に顎をしゃくられ、俺と田中はノミのようにフェンスまで逃げた。

 ただただ厳しく怖い部長と違って、体育会系の極みみたいな山田先輩は、ガチで怖い。田中なんか、ちょっと泣きが入っとるもん。


「チッ……風間さん! 手ぇあいとったら、ちょっと打ってくださいよ。フォアの調子みたいんで」

「ほいほい。一年に凄むなやー」


 ラケットをぶんぶん振る山田先輩に、副キャプが近づいてく(言うまでもなく、風間と言うのは副キャプの名字やで)。ふたりの為に、二年の先輩らも慌ててコートを空けはった。


「ほな、最初は流すで」

「お願いします」


 副キャプの球出しで、ラリーが始まった。まだ軽く打ってるのに、段違いに速くて正確や。二年の先輩らも、二人に注目しとる。


「すげぇ……」


 ほんまに上手い人は、流して打ってても、全然わかる。

 さすが、レギュラーや。

 見た目は、どヤンキーみたいな山田先輩と、爽やかアイドルみたいな副キャプは、ダブルス1のペアやねん。つまりは部内で一番、ダブルスが強くて……俺がひそかに目標にしとるペアなんやけど。

 

 ――副キャプ、頼むから俺がダブルス1になるって言うたこと、言わんといてぇ……!

 

 山田先輩にバレたら、こめかみローリングされる!

 コートの端っこに避けて、ガタガタ震えとったら、加藤とアッキーが戻ってくる。その後に続いて、コートに入ってきた奴らを見て、俺はあっと息を漏らした。

 

 ――渉。沙也さん……

 

 二人は、お揃いのウェアから、すでに部のジャージに着替えとる。いっぱい練習して、着替えてから来たんか……そう思うと、胸がちりっと痛んだ。


「なんや、あいつら。ふたりで来たんか?」

「あ……朝練してくるんやって。ほら、沙也さんの指導って言うか」


 不思議そうな皆に、二人が朝練をしてるといういきさつを話した。すると、加藤が「ふうん」と目を細めた。


「えらい優しいな~? いつもつむぎに引っ張られてきとったんに~」

「ひょっとして、ラブラブなんちゃう」

「あはは……」


 ほんまは、付き合っとるのは俺なんやけどな……。

 加藤とアッキーのやりとりに曖昧に笑っとったら、田中に肩を叩かれる。


「つむぎ! 俺らも、そこの隅でボレーボレーでもしてようぜ」

「田中……そうやなっ」


 ニカッと笑った田中に、俺も笑い返す。四人でわいわい連れ立ってったら、渉と沙也さんと行き違った。楽しそうに喋って、こっちに挨拶もせん二人に、胸が詰まったけど――俺はぐっと堪えて、声をかけた。


「渉、沙也さん。朝の準備、副キャプもしてくれたから。お礼言うといてな」

「……」


 俺に、ちらりと目だけ寄こした渉は、「ふん」と唇を尖らせて、歩きさる。明らかに「不機嫌です」と示す態度に、目をしばたたいた。

 

 ――なんなん、あいつ? 怒ったり、調子づいたり、忙しないな……

 

 戸惑ってたら、沙也さんが立ち止まっていた。

 形の良い眉を険しく寄せて、俺を睨んどる。


「……?」


 睨まれる覚えがなくて、困惑してまう。そしたら、沙也さんはふいと顔を逸らし、「渉!」と後を追っていった。


「なんなん?」


 睨まれるいわれなんてないから、ムッとしたけども。田中たちに呼ばれたんで、気にせんことにした。

 


 *


 

 その後、意外にも練習はふっつーに過ぎていった。

 いつも通り、トレーニングや、球出しなどの基礎練から始まったわけなんやけど。渉も沙也さんも、真面目に部活に参加しとったん。それどころか――


「はっ!」


 沙也さんは、軽いフットワークでコートを駆け、クロスラリーをこなしてた。昨日よりも、ぐんと上達した姿に、先輩らも驚きを隠せへんようやった。


「なんや、道前。えらい調子ええな」

「ええ! コーチがいいので」


 二年の先輩らの賛辞にも、沙也さんは頬を上気させながら、明るく頷く。ふだんクールなぶん、沙也さんが嬉しそうにしていると、とても感じがいい。


「渉が練習をみてくれたんです! それで、こんなに打てるようになったんですよ」

「へえ~、渉もええとこあるやん」


 嬉し気に話す沙也さんに、先輩らも微笑ましそうや。

 昨日、めっちゃ殺気立ってたのが嘘みたい――。ええことなんやけど、ちょっとモヤつくのはなんでやろ? 隣のコートにおる渉と、沙也さんがアイコンタクトしてるからやろか。

 

 ――でもなあ……朝練効果があるなら、何も言えへんよ。いいことなんやろうしなぁ……!!

 

 ふたりとも、問題になっとった球拾いもきちんとやってくれとったし。

 何も、文句つけるところはないのよな。

 先輩らの後にスポドリを飲みながら、休憩する二人を横目で窺う。距離があるもんで、何をしゃべってるんか分からんけど、二人とも笑顔全開やった。ムカッとはするものの……これは、ただの嫉妬やねんかなぁ。はあ。


「おい、練習再開するぞ!」


 気もちが休まらんままコートに戻ると、部長が部員を見渡し、言った。


「今日は全員おるからな。二ゲーム先取のミニゲームやるぞ。Aコートでシングルス、Bコートでダブルスをやる。Cはレギュラー外の奴らで、好きにオーダー組んでやれ!」

「はい!」


 気合のこもった返事が重なる。みんなテニスは好きやけど、やっぱり試合は格別や。一気にコートの熱気が上がった気がするで。


「Aコートは竹内と藤野! Bコートは風間・山田と渉・つむぎコートに入れ!」


 きびしい声で名を呼ばれ、俺ははっとした。弾かれたように、離れた場所にいる渉を見る。渉は沙也さんと喋ってて、ちらっとも目が合わへん。

 

 ――試合……渉と、この状況で!?

 

 俺は、薄寒いもんを感じた。せやけど、「つむぎ、渉!」とデカい声で名を呼ばれては、どうしようもない。


「渉、行こ」


 渉と並んで、小走りにBコートに入ると、ネットを挟んだ向こうに副キャプと山田先輩が立っとった。


「おっ。久しぶりに幼なじみペア復活やん」

「だるいプレーしよったら、しばくからなぁ!」


 爽やかに笑う副キャプと、親指で首を切るジェスチャーをしてくる山田先輩。対称的な二人に、愛想笑いしながら……俺は、隣に立つ渉の存在を、気にしてた。

 試合前やっちゅうのに、しらっとした顔で、こっちを見もせん。

 しかも最近、全然ペアの練習できてへん……このコンディションで、先輩らと試合になるんやろか?

 不安ながら、フィッチしたらサーブ権は俺らのものになった。運はある、とちょっとだけホッとする。

 

 ――そうや……試合なんやから、ごちゃごちゃ考えとったらあかん。

 

 向こうのコートでは、副キャプと山田先輩が作戦会議しとる。練習試合でも勝つ気満々の二人に、俺も気合を入れる。


 

「よっしゃ。渉、作戦決めよう。まず、サーブやねんけど……」


 渉を振り返り、ぎょっと目を見ひらいた。


「渉、頑張ってくださいね! 僕、ここで応援してますから」

「おう、圧勝したるから見とき」


 フェンス越しに立つ沙也さんと、渉はへらへら喋っとったんや。

 

 ――試合前に、何してんの!?

 

 俺は、カッとなった。


「渉ッ! 作戦決める時間、なくなるやんっ」


 我慢してたぶん、めっちゃ剣呑な声が出てまう。渉はため息を吐いて、振り返る。


「うっさいなあ……試合前から、キレやんといてくれん?」

「な……!? うっさくないよっ。副キャプと山田先輩が相手なんやで? 俺らも、全力でいかないと!」


 鬱陶しそうな顔をする渉に、ここぞと捲し立てる。テニスに関しては、俺も真剣やから引けへん。きっと睨み上げると、渉は小馬鹿にしたように笑ってきた。


「つむぎは、必要かもしれへんけど? 俺は、べつに作戦とかいらんし?」

「……は?」


 言われた意味が解らず、きょとんとする。


「ほな、沙也。頑張ってくるから、見といてや!」

「はいっ」


 渉はにこやかに沙也さんに笑いかけ、コートに戻っていく。俺のことは置いて――ベースラインで、サーブのフォームを確認し始めた。向こうのコートでは、まだ副キャプたちが話しているのに……俺らはバラバラや。

 

 ――え? なんなん、これ……作戦も話さへんつもり?

 

 喧嘩してるから? せやけど、今までは喧嘩していても、テニスには持ち込んだことなかったのに。

 呆然としとったら、鋭い声がかけられる。


「足、引っ張らないで下さいね」

「……え」


 沙也さんが、冷たい笑みを浮かべていた。


「どういう意味?」

「言葉の通りです。渉に、あの二人にはシングルスで負けなしだって聞きましたよ。つまり……この試合、負けたらあなたのせいってことですよね」

「……なっ?!」


 失礼な言い草に、俺は目を剥いた。


「あの、沙也さん。ダブルスは、シングルスとは違うから……」

「渉は、シングルスなら負けなし。じゃあ、勝てもしないダブルスを、組んでる意味あるんでしょうか? 渉の輝かしい才能に、あなたが見合うかどうか……よく見せてもらいますから!」


 沙也さんは言うだけ言って、つんとそっぽを向いた。

 俺は、とんでもない侮辱に、わなわなと震える。

 

 ――こいつ……俺と渉が、どれだけ一緒に戦って来たかも知らんと……!

 

 ぶん殴る代わりに、ラケットのグリップをぎゅっと強く握りしめた。俺は、コートに鼻息荒く戻り、サービスラインの砂を踏む。

 見てろ、と頭の中で怒りの言葉がこだまする。

 めっちゃいいプレイして、絶対に目にもの見せてやる!


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