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夏空を渡る  作者: 睦月
3/3

追憶

「ななおっ、早く来てー!」

「まっ、待ってよ…。すずちゃーん…」

子供の時はよかった。あの時は私の方が少し身長が高くて運動も七緒より出来て。

七緒は今とは違う。引っ込み思案で人見知りで。思い出される記憶は私にくっついていたものばかりだ。

あまり目立つタイプでもなく背も低めな七緒は男の子の輪の中に上手く入れず同じく女の子の輪に入るのがあまり好きではなかった私といつも遊んでいたと思う。

ある時は砂場で二人だけでお城を作ったりまたある時は鬼ごっこで逃げたまま体育倉庫でお昼寝したり。

自由で何にも縛られなかった日々だったと思う。

家に帰ればお母さんが美味しいおやつを作ってくれていた。

「すずか、おかえり!今日はマフィン焼いてみたよ〜!」

「お母さん、ただいま!美味しそう…!荷物置いて食べる!」

いつも笑顔のお母さんとおやつを食べて宿題をやったら晩御飯を一緒に作ってお父さんを待って。

そんなありふれた家庭だったと思う。

家族みんなと七緒と笑い合える日々が続くと思っていた。

夜寝たら朝が来て。それと同じ。幼い私は幸せな日々の永久を信じて疑わなかった。

だけど永久なんてどこにも無かった。



「この度は…御愁傷様でございます」

黒い服を着た沢山の人達がみんなお父さんやおじいちゃん、おばあちゃんに言ってた。

やってきた人達の中には近所のおばちゃんや同級生のお父さんお母さんとかとにかくいろんな人が来ていたのを覚えている。

先祖代々この町にずっと住んでるんだよ、とお母さんは言っていた。都会育ちのお父さんはバイトで来てた時にお母さんに一目惚れしたんだよ〜なんてことも言っていた。

中には私が話したことのない人達も沢山いたと思う。

その時子供だった私は涙ぐむお父さんとおばあちゃん、少し痩せたおじいちゃんの姿を見ていた。

でもそこにお母さんがいない事に気づきお父さんに言った。

「お父さんっ、お母さんは?すず、お母さんに会いたい…」

お父さんは涙を拭って無理に作った笑顔で私を抱き上げてくれた。

「すずか、お母さんはこっちだよ。お顔を見ようね」

お父さんが連れて行ってくれたのは白く飾り付けられた部屋の奥に沢山の花と共に静かに置かれた棺の隣。

見てごらん、というお父さんの声に従い覗き込むといつもと変わらない綺麗な顔のお母さんがそこにいた。

いつも私に笑いかけてくれた家族の中心にいたお母さんの姿。普段と違うところはずっと閉じられた瞳だけだった。

「お母さんっ!…お母さん、寝ちゃってるの?」

幼い私はお母さんがお昼寝しちゃったのかと思った。そんなわけないのにね。

私を抱っこするお父さんがまたグスっと泣いた声が聞こえた。

悲しい声だってことはわかっていた。だから私はお父さんの胸元にしがみついて言ったの。

「お父さんっ、すずがいるよ!寂しくないよ!」

私の声にまたお父さんは涙をこぼしぎゅっと抱きしめる。

ぽたぽたとお父さんの溢れた涙が顔に当たったけど気になんてならなくて。それ以上に抱きしめるお父さんの手が冷たかったのを覚えている。

「ありがとう…。ありがとう、すずか。お父さんと一緒に生きようね…」

今までに無いくらいの長い時間椅子に座って静かにしていて全部が終わって小さな骨壷に入ったお母さんの重みを感じてようやく気づいた私は大泣きした。

お父さんもおばあちゃんもおじいちゃんもきっとみんな泣いてた。

お母さんにはもう会えない。手を振ってまたねと言ってももう二度とまたは来なくて。

学校が休みなのをいいことに毎晩泣いてた。いくら泣いてどれだけ目が腫れても揶揄う存在もいないから。

そして泣き腫らした後はお父さんにぎゅっと抱きついて寝ていた。

お父さんもたまに花を啜っていたから一緒に泣いてたと思う。

仕事にはきちんと行っていたけれど目元は赤くなっていたから。

お母さんが死んだのは八月の初め。夏休み中だった。私が七歳になったばかりの時だった。

そして死んだ理由は今起きない七緒と同じ。

『溺れた私と七緒を助けてそのまま海に攫われた』


ごめんなさい。

ごめんなさい。

私のせいなんです。

私が浅瀬で遊ぼうなんて言って七緒を誘ったから。台風が過ぎ去ったのに油断していつもよりも海が綺麗だから行こう、と子供だけで行ってしまったから。

私が七緒を誘って海に行かなければ。大人達の話をちゃんと聞いていれば。

夏がこんなに嫌いにならなかったのかな。

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