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夏空を渡る  作者: 睦月
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思い出

自動ドアが開くとともにムワッと感じる熱気。

鳴り響く蝉の鳴き声とジリジリとこちらを焼く日差しが一気に私を現実へと引き戻す。

このまま自宅に帰るわけにもいかない。

この姿をしている私は七緒の、世乃家に帰らなければならない。

ザザン…と波打つ海を横目に世乃家へと足を進める。

病院を出て道をまっすぐ。突き当たりを右に曲がって坂を登れば辿り着く。私の、藤堂家を過ぎた先が七緒の家だ。

目に入った我が家の窓はまだ閉まっていた。

「お父さん、まだ帰ってないのかな」

お父さんは帰宅すると必ず窓を開けて空気を入れ替える。

そしていつまでも開けたままで忘れちゃうから私が閉めて。

そんな日々もあったなあと思い出してしまう。ここ数年は開けてもすぐに閉めちゃうからそんなやりとりをすることもすっかりなくなってしまったけど。

駐車場に車もなかったためやはり父はまだ帰宅していないようだった。

お父さんは、どう思うかな。

思春期というのだろうか。なんだか会話が上手く出来ない日が続いていて。最近は最低限の会話しか出来ていない。

最初は朝が早く帰りも遅い父に心配をかけたくない気持ちが大きかったけどあらためて喋るタイミングを逃してしまい気まずくなってしまったのだ。

本当はもっと話がしたいけど。いざ顔を合わせると言葉が詰まってしまう。

モヤモヤとした気持ちを抱えながら坂を登り切ると二階建ての一軒家が見える。

「今日はおばさん帰ってるかな」

小さい頃一緒におやつを食べた居間に電気が灯っているのが見える。

おじさんは今日お仕事かな、平日だし。

だったらおばさんかな…?パートの時間終わったのかな。

程近いスーパーでパートに入っているおばさんだけど今日は16時で上がり…みたいなことを今朝言ってた気がする。

今は16時半を回ったところ。真夏特有の日の長さで途中にある公園の時計を見るまでいまいち時間に気づかなかった。

「ただいま」

ガチャっとドアを開けて広がる景色はやっぱり七緒の家で。

玄関に飾られた家族写真がそれを再確認させてくれる。

おじさん、おばさんに七緒のお兄さんの悠二君、悠二君の後ろからちらっと顔を出す七緒。

昔の七緒は今とは違って内気で大人しい性格だった。今とは正反対な明るい垢抜けた姿になって、昔の面影なんて少し困ったように笑うところくらいだ。

「お帰り〜、冷凍庫にアイス入ってるよ」

やっぱりおばさんは帰ってた。

「あとで食べるよ」

返事だけとりあえず返しておいて。二階への階段を上がる。

二階の手前右の七緒の部屋。入れ替わる前は小学生の時に来て以来の部屋。

この姿になって最初入る時は緊張こそしたもののシンプルで片付いた部屋にホッとした。

学校とか普段は結構チャラチャラ…というか割と目立つ見た目のくせに部屋は綺麗に片付いていて目に止まったのは壁に立て掛けているサーフボードくらいだった。

私たちが10歳くらいの時にこの町出身だというプロのサーファーの人が希望者にサーフィンを教えるという講座があった。

悠二君に連れられて無理くりに参加していた七緒だけどやり始めたら筋がいいと褒められてそれから海にいる時間が長くなった。

発端の悠二君もびっくりはしたものの七緒が夢中になったのが嬉しくてお小遣いを貯めて新しいサーフボードをプレゼントしてくれたと七緒が言っていたことがあった。

それからずっと使っているというサーフボードは所々細かな傷があったけどきちんと補修がされている。

七緒がサーフィンに特別な思いを抱いているということはわかっているのにあの日私は…。

「七緒〜、すずちゃんまだ起きてなかった?」

ノックもなく迷わず開かれたドアの向こうにいたのはおばさんだった。

「うん、変わらず様子見だって」

最初はびっくりしたものの昔からこうだったなあと思い出す。

私達はまだしも年が離れた悠二君の部屋に入る時もこうだから宿題を一緒にやっていると悠二君の焦った声とおばさんの楽しそうな声が聞こえていた時もあった。

「あんたも元気ないわね…。気持ちはわかるけどあんたが沈んでたらすずちゃんも起きづらいでしょ。シャントしなさい」

「そりゃ気持ちも沈むよ。…あんたもって誰か言ってたの?」

正直わたしは友達が多い方ではないから心配してくれる人なんてそうそういないと思っていた。

お見舞いも私以外が来ていたと言う話も聞かない。

「涼太さんよ。今朝お会いしたけど顔色も悪くて。…まあ、すずちゃんもああなったら落ち込むわよ」

お父さん…。やっぱり心配かけてた。

大丈夫かな、ちゃんとご飯食べてるかな。眠れてるかな。

「…なんか言ってた?」

「あんたの心配してたわ。うちのバカ息子はピンピンしてますって言ったら笑ってたけど無理もないわね…」

お父さんからは七緒はどう見えているのかな。

七緒のせいで私が溺れたと思っているのかな。

違うよ、最初に溺れたのは私なんだよ。七緒は私を助けようとしてくれたんだよ。

そう言いたいのに言えない。

何も返さない私を見ておばさんはあんたも元気だして、待ってあげなさいと言い部屋を出ていく。

一人取り残された部屋で鳴るのは壁に掛けた時計の音だけだった。

「ごめんなさい…」

何も考えたくなくて服もそのままにベッドに倒れ込む。

七緒の匂いと柔軟剤の匂い。落ち着いた私はいつの間にか眠っていた。



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