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今日もあの人は可愛い

作者: かかと

久しぶりに書いてみました。

今日もあの人は可愛い

いや違うか

今日もあの人は可愛いだ

同じ会社の人ということもあって話しかけはしない

変な人にしか思われないし


とはいっても気になるもので

時々チラチラと目に入ってしまう

気持ち悪いと思われなければ良いが


彼女は総務部の広報担当で、私は営業2課

全くと言っていいほど接点はない

唯一、年一回発行される社内広報の撮影の時くらいである

飲み会なども基本は部で行われるため一緒になることはない


先輩は何やら接点があるらしいが、それは長く勤めているからだ

羨ましいというよりも営業という中でトップの成績を残し続けていることが

尊敬である

そこまでいけば広報と接点はあるに決まっている

社内表彰も何度もされている

すごい


さてと、メールの確認を行う

取引先のメールは重要でどのように些細な案件であろうとしっかりとこなす

信頼が営業の第一歩だと私が思っているから

同僚からはかなり古いと言われたけど


ん?社内広報から一斉メール?

そんなこと今までなかったが…

大抵は部長などの役職を持っている人に一斉メールを送信していたが

中身を見ると会社設立50周年記念のパーティーの連絡

こういうのは総務がやると思っていたが、アピールの面からも広報が取り仕切るらしい


「林、パーティーのメールは確認したか?」

「はい。」

「すまんが、強制参加だ。今回は予算組がかなり営業1課に配分されている。俺の力不足だがあまりにも削られてしまうと業務に支障が出る。財務も馬鹿ではないから、そこまで削ることはないと思うが、少しでも社内での通りをよくするために出てくれ。」


願い叶ったりである

まさか、ここで仲良くなったりはしないだろうが、パーティーに出席するくらいはいいだろう


「かしこまりました。」

「すまんな。あと、A会社についてのメールを一本送っている。あとで目を通してくれ。」

「はい。目を通しておきます。」


日時は来週の日曜日…

休日に肩が凝りそうな食事は遠慮したいが、悪くはないか…

ちょっと来週が楽しみである



パーティー会場に着いた

思った以上に人が多い

社内のパーティーかと思ったが、他の会社の人も招いているらしい

確かにこの様子であれば人とのつながりも生まれるからできるだけ参加してほしいというのはそうだろうと思う

総務部は大変だっただろうな


社長が挨拶している

真面目に聞かないとと思うのだが、こういった話は頭に入ってこない

あの人は司会なのか

今思えばじっくりと声を聞いたことがなかった

良い声をしているなと思うが、好きという補正が入っているだろう

自分ながら情けないと思う


他の社長さんも挨拶している

会ったことあるようなないような

ただ、綺麗なスーツを着ているからそれなりの社長なのだろうな


料理が運ばれてくる

テーブルの上に美味しそうな料理が並ぶ

普段はそんなに良い料理を食べないから少し嬉しい

生ハムとかいつくらいから食べていないだろうか


「林、こちら、以前話した社長さんだ。」


…、もしかして、納品先の社長さんか


「以前、メールでやり取りをしましたね。あなたが林さんですね。」


…、違った

以前、別の案件でお世話になった社長さんだった

随分と長くかかった案件だが、部長からも感謝された

妥協を許さない社長さん

好印象を持ったのを覚えている


「林君はそんな感じの人だったんだね。あったことなかったからなあ。丁寧でお仕事をしてもらったから楽が出来ました。」

「いえ、こちらこそ。私も仕事しやすかったです。」


社長さんは笑った


「はっきりと言っていいんですよ。大変だったでしょ?うちの会社は妥協を許さないので。」

「確かに大変でしたが、妥協を許さないのは企業として良いところだと思います。」

「そうですか?なら、うちに来ますか?」

「え?」

「社長、流石にこの場でスカウトはやめてほしいですね。」


 部長は笑って対応しているが、目が笑っていない


「冗談さ。林君はうちの窓口になってくれると助かるのだが。」

「ええ、次回の件も林を参加させますので。」

「ありがとう。君は気が利くね。ああ、じゃあ、別のところで挨拶してくるよ。これからもよろしくお願いします。」


そう言って社長は歩いていく。


「ふー、、あの社長は独特だからな。林のことをよく褒めていてな。メールの件も林を入れさせてもらった。ちょっと業務過多になるが大丈夫そうか?」

「メインの窓口ではないでしょうし、そこまでの業務ではないでしょう。やりますよ。」


 部長は頷いた。


 遠くから誰かが歩いてきている


「あ、どうも。広報も今回大変でしたね。」


 広報の部長さんと好きな人が来ていた




「田中さん、どうも。今回は総出で出席ということでありがとうございます。昨今、こういったパーティーに参加する社員が少なくなってきていますのでありがたいです。」

「いえ、こちらとしても渡りに船です。どうしても予算の関係がありますので。」

「そうですね…、総務としても働きかけを行っているのですが、どうも先が見えなく。」


 相手は総務課の部長、矢代さん。話しやすいのだが、総務なのか硬い印象がある。元々法務を担当していたという話も聞くからそこも関係しているのかもしれない。周りを見るといろいろな人がそれぞれ話をしている。営業とまではいかないが、中途半端なこのパーティーでどのように話をしていいのか分からない。

 矢代さんの後ろで好きな人も所在なさげに…いや、すごい勢いでご飯を食べているな


「えっと、林さん、こんにちは。」

「ええ、川田さんも。美味しいですか?」

「はい、とっても。」


…何かが壊れた気がするが、何もないことにしておこう

川田さんの服装がノースリーブのグレーというのはシックで良いと思う

ただ、いつもスーツの川田さんからは少し印象が変わって見える

下はスカートなのか

これもまた新鮮かもしれない


「林さんは…、思って以上に緊張していますね。」

「ええ、あまりこういう場には来ないので。」


上手く喋れているのだろうか…

不安になる必要はないのだが不安になってしまう

緊張しているのはパーティーだけではなく、川田さんが居るということもあるのだが

まあ、男ってのは単純だ


「ちょっと意外ですね。林さんはなんでもそつなくこなす人ですので。」

「そうですかね…。いつも必死にやっているだけなのですか…。」


本当に驚いているようだ

私はどのように見えているのだろうか




「川田さん、私は少し他の社長と話してくる。」

「林、俺も行ってくる。」

「はい、かしこまりました。」


2人は歩いていく。

私はふと川田さんを見てしまった。


「?林さん、どうかしました?」

「いえ。」


彼女は首を傾げて私の方を少し見ていたが、ご飯を再度食べ始めた。

随分とたくさん食べる人だな。

昔は食べる女性はそこまで興味がなかったけど、こう見ると可愛いな


「林さんはあまり食べないのですね。」

「食べるのは食べますが…、こういう場では少し。」


彼女の言う通り私はそこまで食べる方ではない

しかも、人が多いところが苦手ということもあって、今日は余計に食べていない

こんなに緊張する場ではお腹も減らないからちょうどいい

バイキングでよかったと思う


「すみません。ジュースを一つもらえますか?」


配膳係の女性に川田さんが話しかけたが、その女性は他の仕事があるのか、少し止まった


「川田さん、大丈夫ですよ。私が取ってきます。」

「ごめんなさい。」


グラスを持ってジュースが置いている場所に向かう

隣に別の人が近づいているのが分かった


「林、楽しんでいるか?」


見ると和木が来ていた

会社の中で数少ない同期である

背が高くイケメンで彼はいろんな女性を落としまくっていると言われているが、現実はそうではなく、女性に優しい男である

なぜそう思っているのかと言われれば、噂話の時間帯に私と飲んでいたからに他ならない


「あんまりこういった雰囲気は好きではないけどね。」

「林はそうだよな。できるだけ個室でいつも飲んでいるから。」

「うん。そうだね。」

「最近、仕事はどうなんだ?以前は忙しいと言っていたが。」

「まあ、ぼちぼちだ。しかし、仕事はやってもやってもなくならないなあ。」

「それは仕方ないさ。仕事は無限に生み出せるから。」


おっと、そろそろ川田さんのジュースをもっていかなくては


「じゃあ、すまんな。ジュースを持っていかないと。」

「どこかの取引先か?」

「広報の川田さんだよ。」

「ああ、そうなんだ。ちょっと一緒に行ってもいいか?挨拶回りで疲れているから。」


和木は大変だろうな…。

いろいろと付き合わせられそうだから。


「あれ、和木さん。お疲れ様です。」

「川田さん。お疲れ様です。このパーティーも無事、盛況みたいですね。」

「…、盛況なのですかね…。こういうパーティーってどういうのが成功なのでしょうか?」

「…。確かに。」


川田さんの顔は僅かに曇っている

もしかしたら、このパーティー自体あまりよく思っていないのかもしれない

まあ、お酒を飲むことも出来ないし、川田さんの場合、いろいろな人と顔を合わせないといけないのは大変だろうし


「意外ですね、和木さんとお友達なんですね。」

「ええ。林は動機ですからね。他の同期はもう辞めてしまいましたから。」

「それもそうですね。あの時期は多くの社員が辞めましたからね。」


この時の話は有名で社長が交代した時にやり方が違うと思った社員が軒並みやめたのだ

しょうがないとはいえ、割と多く辞めたのであの時は大変だった

ただ、あの時に辞めていない社員は今も続いている


「大変な時期でしたが、それぞれ頑張りましたね。」

「ええ。」

「いや、2年くらい前の話だから。年寄みたいなこと言っているけど。」

「確かにな。」


2人は笑う

なんだか変な感じ

普通に会話できていることに違和感がある

本来は…、本来ってなんだっけ


「林さんはこれからどうするんです?」

「えっと?」

「営業でっていうわけで入ったわけではないと人事から聞いておりましたので。」


よく聞いているな

しかし、広報が人事…

どういうことなんだろうか


「川田さん、何か情報が入っているのですか?」

「うーん、そうではないのですが、それぞれの課で人員が足りていないということもあって、融通しあうのか兼任させるのかということになっているそうで。」

「そんな簡単に行くのですか?個人のやる気もあるでしょうし。」

「そこは織り込み済みと言うことでしたが、なかなか難しいですよね。」

「それに私が対象として?」

「はい。林さんは全てにおいてそつなくこなせると言うことで、さらなる幅を広げてほしいと。」


どういう話だろうか

上司からどのような評価を受けたことないだが

かなり評価されているみたいな気がする

…、和木もそのような話をしていることはなかったし


「林は大概のことはなんでもできるタイプだからな。ただ、あんまり多くのことをさせてしまうと残業がかさみそうだ。」

「そういったところもあるみたいですね。」

「いや、割と失敗も多いと思うがな。」


和木がこちらを見た


「…、まあ、そう言うことにしておくよ。」

「あのわかっているかと思いますが、ここでの話は聞かなかったことに。」

「ええ、もちろん。」


人事の話など噂話で流したとしたら大変なことになる

ただ、こういった良い評価をもらったのはすごく嬉しい


「では、私はまだ仕事があるのでこれで。」

「お疲れ様です。あまり無理しないように。」

「ありがとうございます。」


僅かにお尻に目を向けようとするが、慌てて目をそらす

彼女に失礼だ


「うーん、思ったよりも早かったな。」

「…何の話だ?」

「お前の異動だよ。もう少し先かと思っていたが…。俺の課に来てくれれば楽しそうだったが、あんまり興味なさそうだからな…。」


不動産関係はあまり興味ないかもしれない

大切な仕事であるのは分かっているが


「まあ、いいさ。」


和木の酒を飲む姿が妙に記憶に残った



次の日から変わったことはない

そのまま仕事に励む

以前、部長から頼まれている仕事も順調そうだ

あの社長が無理難題を言わなければだが


パソコンに入力をしていると和木が歩いて来ていた

珍しいな

不動産関係はあまり関わりのない話だが


「林、少し良いか?」

「ああ。ちょうどメールも送ったところだ。」


和木は歩いていく

ここでは話をするのが難しいということだろう

余計に珍しい

業務後に居酒屋で話すという流れが通常だが、今回は緊急の用事ということか

…、嫌な予感がするが、和木は表情を変えていない


廊下で和木はため息をついた

何かあったらしい

嫌な予感しかしないが


「実は異動の話があっただろう?」

「全体で兼任をって話か?」

「ああ、お前の部署だけではなくて他の部署も対象だが。」

「それで?」

「あくまで噂の段階だが、どうも広報らしい。」

「ん?俺がか?」

「ああ、そうだ。」

「他の部署を兼任という話であれば広報でもよいと言われればそうかもしれないが、なぜに広報?あまりにかけ離れているような気がするが。」

「俺もそう思う。事務方は事務方、営業は営業、管理は管理という風な部門単位での試験運用だと俺も思っていたが、どうも違うらしい。」


人事は一体何を考えているのだろうか

前例がないのは仕方ないとしてもあまりにも違う分野をいきなり学ばせてもいいとも思えない

何か

考えがあるのだろうが、試験運用としては随分と大胆ではある


「それが本当であれ、嘘であれ、命令には従わないとな。」

「まあ、そうなのだが、ちょっとな。」

「まあ、和木が気に病むこともないだろうよ。前例がない分、うまくできなくてもそこまで問題視はされないだろう。」

「だといいのだが。こういう場合、実績作りのため、人事が張り切る場合もあるからな。」


確かにそういう場合もあるか

でも、やるだけなのだから考えるだけ無駄である


「まあ、なんとかなるさ。」


和木の肩を叩いた

何か言いたそうな顔をしていたが、あえて無視して席に戻った



2月になり冬が一番の冷え込みを見せている頃に啓示があった

寒さとは裏腹に社内は暑くなっている

なんというか不思議なものだ

こんなことで熱気があるというのもどうかと…

ただ、気にはなるものだ

そんな中、私の辞令は


『営業2課、広報を兼任とする』


和木の言った通り、広報を兼任することになった

一体何をするのか分からないが、良い仕事はできないだろうなとは思う

いきなり何かをやれということではないのだろうから気楽に


なお、今回の兼任に関しての説明会があるらしい

ご丁寧なことで

その部門ごとに説明すれば問題ないと思うのだが

…、意識統一かな

大切ではある


そのメールを確認していると部長からお呼びがかかった


「辞令の件は見たか?」

「はい。」

「正直、何をどうやっていくのか、さっぱりわからん。説明会があると言うことだからちゃんと聞いておいてくれ。」

「あれ、部長も出席のはずですが。」

「その日は例の社長と会議が入っている。割と大詰め段階だから、こんな会社のごたごたを優先するわけにもいかん。」


営業は信頼が命

そう教えてきているのは部長だ

いろいろ苦労されたというのは聞いているが、無理難題も言われてきたのだろう


「だから、分かるように今後の働き方をまとめておいて欲しい。」

「それは営業2課のということですか?」

「お前分かって聞いているだろう?」


顔に出てしまっていたかな


「広報の方もだ。説明会を聞いてから予想でいい。そもそも広報の仕事の内容は詳しく知らないだろうし、俺も知らん。おおよそでいいんだ。始まってから何かあればその都度言ってくれ。」

「分かりました。」




とある会議室にて

5名の参加者がいた

人事部の部長がホワイトボードに何かを書き込んでいる

脳内がそのホワイトボードを読みたくないと言っている気がする

他の5人もあまり乗り気でないようだ

それもそうか

こういった場合には今の仕事と合わせて兼任するのだろうから、必然的に仕事が増えてしまう


「皆さま、お集りしていただきありがとうございます。」


別にお待ちはしていない

出来れば早く仕事に戻して欲しい

仕事はある程度処理していかないと溜まってしまう


「今回の試みですが、兼任すると言うことで多角的な視点を持っていただき、会社の運用等の仕事マニュアルなどを作成していただくことになります。まずは各仕事内容を覚えていただくところからです。」


思った以上に面倒くさい仕事のようだ

マニュアルなんてそんなにすぐにできるわけではないし、そもそも各部門で作っていくものだろうと思うのだが、誰もがマニュアルを作ることは難しいのかもしれない


「集まっていただいた6名はそれぞれ別の課に配属されます。それぞれがマニュアルを作っていただき、そのマニュアルの中で良い部分を持ち寄り、意識統一をして、マニュアルも統一していきます。」


…膨大な作業量になるような気が

一体、どこまでの物を想定しているのだろうか

そして、そのマニュアルを修正していくのは誰なのだろうか

懸念事項がどんどん出てくるが、うーん…

そう考えていると川田さんが出てきた



どうしてここに川田さんがという思いをとどまらせる

何か理由はある

ただ、川田さんは役職など持っておらず一般社員

説明の場に出るにはふさわしくないと思われるが…


「広報の川田です。今回は広報として今後のことを伝えに来ました。」


一体どういうことだろうか


「今回は新人事制度と言うことで広報としてもこの人事制度を盛り上げていくべく、密着とまではいきませんが、今後のモデルケースとして社外にも公開していきます。」


…嫌な予感しかしない

社外に公開するということは下手に手を抜くことが出来ないということ

何とかしたいところだったが、先に釘を打っている


「広報に配属される林さんを中心にそれぞれの課を見て行くことになります。」


今、なんて言ったんだ

私がモデルケースの一番手になるだと

ある意味、今まで一番難しい仕事に違いない

部長にどうやって説明したらよいのだろうか

課にも随分と迷惑をかけそうだ


「各々の配属先でいろんな苦労があるかと思います。そして、今までに前例のない兼任という形ですので、困難に当たることも多いかもしれません。その場合には遠慮なく、人事や周りの人の助力を借りてください。」


最近の会社ではそれができないから精神疾患のような人が増えていると思うのだが

会社の命令は絶対とはいえ、周りからは敬遠されるだろう

成果主義の営業であっても目標となるのは数字

数字が取れていなければどんなに頑張っても評価のつけようがない

ただ、やめさせられることは少ないだろうが


説明会は終了となった


「林さん。」


朝一に見たら元気になるはずの顔が今は一番見たくない顔だ




「はい。どうかしましたか?」

「大丈夫ですか?これから大変だと思いますけど。」


大丈夫かと言われれば大丈夫ではない

どう考えても業務過多になるのは目に見えている


「まあ、何とかなるでしょう。川田さんと同じ課になりますのでこれからよろしくお願いいたしますね。」

「ええ、それは全然。私としてもできるだけ手助けはします。」


できるだけという言葉の範囲は人によって随分と違う

本当に真剣に手伝ってくれる人もいれば自分の業務が暇な時にしか手伝わない人もいる

話半分に聞いておいた方がいい

ただ、広報としての仕事もあるため、手助けを求めてもそれなりには対応してくれるだろう


「広報としての話もありますが、まずは営業2課に戻っていただき、上司に説明をしてください。そのあとで構いませんので広報にきてください。」

「分かりました。定時を過ぎるかもしれませんが、できるだけ早くいきます。」

「お願いいたします。」


なんか複雑な気持ちだ


課に戻り部長に説明をした

部長は頭を抱えている


「そうか…、話は分かった。林の業務については見直しが必要かもしれんな…。」

「しかし、広報はそれを望んでいないのでは?」

「確かにそうかもしれんが、お前の上司である以上、業務の配分を考えるのは私だ。問題なのはできないことを無理やり残業で埋めてしまった挙句、それが社外に公表されることだ。お前が出来ても別の人ができるとは限らん。それを含めた新制度だ。私が決めるからそれで一旦進めてみろ。それで余裕があれば業務を増やすなり考える。」

「…わかりました。」

「不満なのは分かる。ただ、体が二つあるわけではない。」


部長は仕事に戻った。

以前、別の人から部長が大きな病気をしたと聞いたことがある

幸いにして後遺症は残っていないようだが、かなりの期間リハビリが必要だったらしい

その経験からか、病気になる前に比べて部下への仕事配分がうまくなったらしい

彼も人に仕事を任せるようになったとも言われている


良い上司なんだと思う

巷には碌な上司がいないと聞いているし


とりあえず、目の前の仕事を終わらせて広報に顔を出さなくては




時間は5時になっている

思ったよりも早く終わった

しかし、この業務の上に広報の仕事も乗っかってくるのか

部長の言った通り、業務の根本を変える必要がある

自分の要望がどこまで通るのか、もしくは意見を通して問題ないか

よくよく考えなければ


「林さん、ようこそいらっしゃいました。」


出迎えてくれたのは川田さん

うちの会社の広報は少し変わっていて、課の性別が全員女性である

総務と広報の部長は兼任しているので、部長に限っては男性だが、他は全員女性

理由は昔、広報を男性にも任せていたらしいが、男性は女性に比べて気遣いが細かいところまで行き届かない人が多く、総務も含めて問題になったことがあるらしい

総務も7割が女性

少し変わった比率になっている

そして、総務に配属される男性は気が使える人が多い

気の使えない人は異動になっている

それで大体、社内に分かってしまうというのが残念ではあるが


「部長はご存じと思いますので、後ほど。林さんの教育係、、、と言っても私もそんなに長くはないので分からないことは多いかと思いますが、担当となりました。よろしくお願いいたします。」

「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします。」


会社に入った年で言えば私の方が1年先輩ではあるが、歳的には私の2個上である

うちの会社にしては珍しく中途の人を入れたのだ

試しにと言うことで入れたらしいが、彼女以外の中途の人は全員辞めている

そのため、その年以外の中途の募集はかけていない


「業務内容についてですが、主に社内のことをお願いしようと思っています。社外とやり取りをする仕事もありますが、営業との兼任ですので、取引先が混乱することもあります。できるだけそういった事態は避けたいので、社内のことをということになりました。社内にいれば営業の方で何かあった場合にも対応できますしね。」


うーん、、、そこまで気を使えるのであれば、そもそも兼任という制度を導入しなくてもよかったのではないだろうか

口に出すと問題になるので止めておく


「分かりました。具体的にはいつから業務に入るのでしょうか?」

「明日からです。」


急だな、おい



1週間の時が過ぎた

広報というのは案外多岐にわたる

そして、社内のやり取りが割と頻繁に行われている

私という存在が必要とは思っていないが、雑用は早く済ませた方がいいだろうな

現在、席に座っているのは川田さんと私だけ

どうしても何かやり取りをするのは対面の方がいい

だから、午前中で面談などを済ませたうえで午後から資料作成などを行っている

広報というだけではなく、総務の方の資料も手伝っている


「林さん、そちらは終わりましたか?」

「もう少しで終わります。」

「相変わらず、仕事が早いですね。」

「そうですか?」


正直、営業というのは相手に必要な情報を正確に伝えること

そして、こちらが提示しないといけない条件を伝えておくこと

この2点だけは外せない

ただ、特殊なことをしているわけではなく、日常生活でも同じことなのだ

相手が思っていることをある程度汲み取り、会話をする

そして、相手への理解と興味を示す

この繰り返し

最後に自分のことを開示する

最低限の気遣い

それに尽きると思っている


「今できましたので、メールで送りました。確認をお願いいたします。」

「かしこまりました。ふむふむ。」


顎を触りながらメールを確認する川田さんを見ていた

今まで広報としての川田さんの姿しか見たことなく、このように仕事をしている彼女を見るのはここ最近の楽しみである

そう考えてみると最近の変態度合いが上がってきたような気がする

間違いなく脳内をスキャンされるとドン引きされることだろう

周りに漏れていないのが幸いである


「大丈夫だと思います。無駄がない良い文章ですね。」

「ありがとうございます。」


久方ぶりに褒められた気がする

美女から褒められるというのは案外嬉しいものだ

キャバクラに行ったりしたらはまるというのはこういうことなのだろうな

行きたいとは思わないけど

それにしても業務は多くなった

営業の方はそこまで仕事量を減らすことはできなかった

それは理由があった




「先方から断れた?どういうことです?」

「いや、そのな…。」


広報から帰ってくるやいなや、すぐに部長に呼ばれた

内容としては営業として今までと同じ量をこなして欲しいということだった

先程話していた内容と真逆のことを言っている

そんな上司ではないと思っていたが


「先方にも連絡したんだよ。あらかじめ言っておかないといきなり担当変更なんて何かあったのかと思うだろう。だからと連絡していくとだな、、、その先方がぜひ林のままにしてほしいというところばかりでな。こちらとしても営業を変えて疎遠になってしまっては意味がない。だからと言うことだ。」


言いにくそうに、なおかつ諦めたような顔をしている

確かに先方の意向を汲むことは大事なことではあるが、それでも業務過多な状況を打破しなければ碌な仕事ができない


「正直に言うと、この状況がずっと続くとは限らない。」

「だから、耐えろと?」

「そうだ。林の気遣いや仕事のやり方が先方にとってはかなりやりやすく、プラスに働き過ぎた影響でお前を担当から変更してほしくないと言うことだから、こちらも考えたが、今回は人事異動ではなく兼任だ。」

「断るのも難しいと言うことですか…。」

「すまんが…。しかも兼任とはいえ、どう考えても主は営業で、副が広報だ。その点からも今回は断ることができなかった。また、何かあれば周りが…。いや、俺が手伝う。だから、このままで頼む。」

「…、分かりました。」


ここまで言われれば私が強情になってはいけないだろう

ただ、お互いに蟠りは残ってしまう

人間関係において仕方のないことだが、せっかく良い関係を築いていたのに残念だ

パソコンのメールを見ればすべての取引先から連絡が来ていた

ちらっと部長を見ると少し目を搔いていた

いろいろやってくれているのが、取引先のメールを見ればよくわかる

あまり引きずらないようにしよう

メールを順次開いていった




「では、会議を始めます。」


今いるのは広報が予約した会議室にてミーティングを行うということ

はじめてなので何も発言できないかもしれないが

資料には今期の決算報告についてとある

主に決算報告については財務と総務が主として行うが、イベントでもあるためか広報も仕事を手伝う

各場所の確保や来賓への案内などは全て総務が行うものの、当日の手伝いは広報も行う

面倒くさいと言ってはいけないのだろうな

人手はどこの課も足りていないのだから


「林さんは初めてですね。他の人は一回経験があるはずなのである程度、資料に目を通しておいてください。川田さん、後で林さんに詳しく教えてあげて下さい。」

「はい。かしこまりました。」


いろいろ話は進んでいくが、何一つは言わないものの分からないことが多い

手伝いだから数字等の詳しい内容は分からずとも資料等を配布しないといけないのでそれなりに覚えておく必要はある

ほぼほぼ雑用みたいなものだ

会議は終わり、資料を見返していた


「どうですか?何となく流れは分かりましたか?」

「ええ、何となくですが…。当日にならないと分からないことの方が多そうですが…。」


実際にやってみないと分からないことの方が多いだろう

ただ、仕事だからできないとは言えないのが辛い


「そうですね。現地で知ることも多いと思いますが、スケジュールに関しては把握しておいてください。スケジュールが分かっていないと次の行動も分からなくなりますから。」

「はい。分かりました。」


とはいうものの、そんなものに出席したことがないから想像がつかない

ちょっとため息をつくと僅かに良い匂いがする

隣に川田さんが座っている

心臓がドキッと跳ねた音が聞こえた

川田さんに聞こえていないか、気になってしまう




「スケジュールの見方は分かりますか?」


意識しすぎなのか

良い匂いが気になって言葉が耳に入ってこない

それにしても随分と近い

何かあったわけでもないのに


「大体は。分からないことがあればまた質問しますね。」


物理的な距離を取らなくては

仕事に集中できない


「…わかりました。」


川田さんは部屋の外へ歩いていく

何か不機嫌になった?

よくわからない

いきなり距離を詰めるのは困る

心の準備ができない上に女性に耐性のない私にはしんどい

スケジュールを確認していると思ったよりも休憩をとるのが難しい

来賓が来るのだから仕方のないこと

ご飯は食べることを想定しないほうがいいかもしれないな


メールを確認していくと営業のメールが来ていた

以前の社長の話か…

どうやら、来週の月曜日に来社するらしい

秘書も同行するのか

思ったよりも真剣に何かをするのだろう

しかし、その日は広報の決算報告の手伝いがある

部長に言って断るしか…

どうしてスケジュールの掲示に私の名前が入っているのだ

以前よりこの日は参加できないと伝えていたはず

はあ、確認しないといけないのか

流石に面倒だな


「林さん、お電話です。」

「分かりました。」


電話に出ると聞いたことのある声


「どうも、林君。広報は板についてきたかい?」

「そんなに早く板につくものでもないですよ。」

「それもそうだな。さてと、月曜日の話なんだが。」

「はい。しかし、その日は広報の仕事が前から決まっておりまして。参加は見送るようになります。」

「そうか。決算の報告か。ふむ、仕方あるまい。というのは建前だ。」

「と言いますと。」

「あまり行ったことはないのだがね。食事をしながら話をしないか?」


あんまり好きじゃないんだよな…



某個室の飲み屋にて…

結局、断るのは無理である

営業というのは信頼からなるもので、こういった会食も信頼につながっている

どちらにしても、今はしっかりと話を聴かなくては

本当であれば個室でなくてもよいのだが、個室にしたのはわけがある

その上、私一人というのは少しな


「最近はどうだい?林君?」

「どうと言われましても…、業務に励んでいますよ。」

「広報との兼務の話さ。割と取引先では話が入ってきているからね。」

「そうなのですか?」

「ああ、そうだよ。」


どうやら取引先にはいろいろと心配をかけているらしい

最近はコンプライアンスやどうたらで働き方改革なども推進されている

ただ、一方でサービス残業の常態化があるらしいが

働いた実績がパソコンで管理されているのであれば、まだよいが…

そうではない場合、どう働いているかは管理しきれないだろう


「林君は丁寧だから、いろいろと抱え込んでしまうのだろうとね。何かあれば手伝うが、他社だからな。そうもいかん。」

「では、どこかで妥協を…。」

「するわけないだろう。こちらもやりたいことはある。」


そうですよね

妥協するような社長さんではないですからね

分かっていますとも

1つ1つ案件がなくなっていけば手が空くのも事実なんだが


「それでな、提案なんだが。」

「はい?」

「広報の人間に営業の手伝いをしてもらってはどうかな?」


その発想はなかったな…。



社長は簡単に言ってくれるけど、そんなことを私の一存ではできない

どちらにしても、すぐに対応ということにもならない

うちの部長にどうにかしてもらえないか打診するしかない


「まあ、そう簡単にはいかないだろうがな。」

「はい。しかし、そんなに取引先へ迷惑をかけているとは全く思っていませんでした。」

「君は案外、信頼されているだよ。今時、珍しくちゃんと謝ることが出来るからね。」


変わったことをしていないはずだが

さてと、どちらにしても明日相談することが出来たな

問題は広報というよりも人事がどのように考えているかということだろう

そこをうまく押さえておかないと揉めることになるかもしれない


「いえ、ありがとうございます。部長に相談してみます。」

「その方がいいだろう。まだ、飲めるかい?」


ビールを再度注がれる



出社すると何やら騒がしい気がする

何かあったのだろう

部長から呼び出しを受ける


「えっと、何か?」

「どうやら、兼任がやらかしたらしくてな。」


話によると兼任の1人がスケジュール調整を失敗したらしい

まさかのブッキングしたらしく、取引先が怒っているとのこと

それはそうかと思った

会社にしてはぞんざいに扱われたと思っても仕方ない

だからこそ、今回の件を重く見たのだろう


「林はそんなことをしないと思うが、念のため確認してくれ。昨日、社長と飲みに行ったんだろう?」

「ええ…。」


なんでそんなことを知っているのだろうか

少し気持ち悪い

プライベートまで把握されているような感覚になる


「信頼が売りの林はそう言うことをしてしまうとよくないからな。頼んだぞ。」


言い方があると思うが、部長の言うことは正しい

私も気を付けないと




仕事のメールを確認する

あれから1か月が経っていた

案外できるものだと思った兼任を何となくこなしている

仕事量的には多くなっているが、まだ、許容範囲内である

ただ、あくまでも広報が今のままだったらの話

おそらく、そんなにうまいことにはならないだろう


「林さん、今、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ。」

「明後日、広報での飲み会があるんです。ようやく、いろいろ終わったのでちょうどいい時期かと思って。林さんも参加しませんか?」

「私は兼任の身ですが、よろしいので?」

「兼任も広報の一員ですよ。」

「分かりました。では、明後日、業後ですか?」

「はい。明後日は林さん、広報の日ですので、行くときにみんなで一緒に行きましょう。」

「はい。よろしくお願いいたします。」


川田さんは一礼して帰っていく

普段は仕事の飲み会に顔を出すことはない

しかし、最初ということもあって顔を出した方がいいだろう

他にも川田さんと仲良くなりたいというのもあるが

となれば、ある程度仕事を終わらせておかなくては



「林さん、行きましょう。」

「はい。」


パソコンを閉じる

他のメンバーも同様に急いで支度をしている


「では、下の改札フロアで。」

「はい。」


広報のメンバーは全部で10人

部長は総務と兼任のため、数としては微妙だが、それは私も同じ

正規メンバーは8人ということになる

1人は新入社員、7人が2年目以上である

20代が3人、30代が2人、40代が1人、50代が1人である

新入社員も20代である

それぞれ、みんな顔がいいというのはすごい

顔採用だけではないのだろうが、ある程度良い顔というのはあるに違いない

それだけで広報に入りたいという言葉をよく耳にする

そういう噂は良く広まるからやめた方がいいと思うのだが


「今日は焼肉です。」


あれ、なんか思っていたのと違うのだが



肉が焼いている音がする

肉の香ばしい匂いが鼻に入ってくる

そういえば、焼肉なんてほとんど行っていないな

川田さんは受付をしている


「予約していた川田様ですね。席に案内します。」


定員が席に案内する

どうやら個室らしい

あんまり高そうな店ではないのかと思っていたが、商品をちらっと見てみたがちゃんと高い肉を出すらしい

客層も少し上品な客が多い気がする


「では、最初に飲み物を。2時間飲み放題をつけていますので、遠慮なく頼んでください。なお、食べ物は決まっていますので追加ではお金が発生します。」


頼むなとは言っていないから、おそらく会社の経費で落ちるのだろう

こういった会食も必要だと思っている会社ではあるからなあ

ほぼ、全員がビールかなと思っていたが、各々、好きな物を注文している

川田さんはハイボールである

私は日本酒を頼んだ


「では、皆さま、お疲れさまでした。乾杯。」


グラスが当たる音がする

焼肉ということで肉を焼く係ができるが、不思議なもので全員が1人で肉を焼いている

私も焼こうか

ただ、席が…

川田さんが隣で前に部長がいる


「林さんもお疲れ様です。」

「いえ。ようやく広報の生活に慣れてきた感じで。迷惑をおかけしていませんか?」

「林さんは呑み込みが早くて助かります。私よりも若いのにしっかりとしていますし。」


そうなのだろうか

私自身はそのように思わないが


「林君は今時、珍しいからな。こちらとしても扱いやすくて助かるよ。」


どういう意味だろうか


「感じが悪いですよ、部長。」

「いや、そういう意味ではなくてでな。何でも仕事をしてくれる部下は助かるんだよ。これはできない。やりたくないっていう部下が多くなってくるとな。広報にはいないからいいけどな。」


どうも総務は大変らしいな

出来れば、行きたくない


「そういう言えば、林君は彼女いないのだったよな。」



何か嫌な予感がしているのは私だけか

恋愛や結婚の話が上司から出るのは誰かを紹介したいということが多い

…気がする


「はい。そうですね。」

「寂しくはないのか?」

「えーっと、日頃ですか?」

「毎日、1人で生活し、会社に出て、同じ生活を常にしていく。それが寂しくないのかと。」


あんまり考えたことがないな


「ある意味、幸せではないですか?」

「え?」

「仕事行って、給料をもらい、身の危険もなく、生活できている。十分に幸せかなと思います。」


海外に行けば、日本より危険な国もあれば、戦争や紛争が絶えない地域もある

日本という国が安全すぎるからこそ起きているのだろうか

普通に生活できていることがそもそも幸せである


「何となく、欲がないとも思うが、確かにそうだな。」


部長はビールを口に入れる

少し考えながら


「まあ、彼女や嫁さんがいないよりいた方がいいと思うのもわかります。しかし、相手がいるものですし、寂しさを埋めるために付き合うというのは違うかなと思ったりもします。寂しさを埋めるように付き合うのは悪いこととは思っていませんが、もし、相手をそのように扱うのであれば、同様に扱われて愚痴や文句を言うのはまた違うなと思います。」

「…なるほど。」


部長はそれっきり恋愛や結婚については何もしゃべらなくなった

川田さんは…、ん


「大丈夫ですか?川田さん。」

「大丈夫ですよ。」


化粧の上からでも分かるくらいに顔が赤い

そういう体質だろうか


「お酒は強い方ではないのですか?」

「普段はあまり飲まないですね。」


何かあったらまずいから少し様子を見ておかないと


「お冷頼んでおきます。」



まさか、こんなことになるとは…

私と肩を組んでいるのは川田さん

うるさいことこの上ないと言いたいが言えない

酒が強くなさそうな印象だったけど、ここまでになるとは


「大丈夫ですか、川田さん?」

「大丈夫に決まっているでしょー。おばさんを舐めないの。」


おばさんって…

私と2歳しか違わない

その2歳が大きいのかもしれないが


「水はいりますか?」

「いらなーい。もう、お腹いっぱい。」


はあ…

どうしたらいいんだ、これ


「林、川田はどうだ?」

「見ての通りなのですが?」

「ふむ、では林に命じる。」


こいつも酔っているな

碌なもんじゃない

ちゃんとしろとまでは言わないが、節度を持って…

私も言えた口じゃないか


「川田を家まで送り届けろ。」

「は?」

「お前なら送り狼になることはあるまい。頼んだぞ。」


周りの人の目が憐れみというかなんというか…

酒が絡むとあんまりよいことがないのだろうな

普通、女性が送り届けるものだと思うが、おそらくいろんなことがあったのだろう

だからこそ、敬遠されているのかもしれない


「了解しました。」

「送るのはあなたじゃないでしょうよ。」

「はははは。」


こりゃ駄目だ

早いところタクシーかなんかで帰らないと

部長たちは駅の方へと歩いていく


「林ちゃん。どうするの?もう1件行く?」

「行きませんよ。帰りますよ。」

「ええ、行こうよ。ねえ。」


絡むな、この人

この手でいくしかない


「分かりました。じゃあ、川田さんの家で飲みましょう。その方が楽でしょう。帰らなくてもいいし。」


川田さんは一瞬黙る

これで少し冷静さが戻ったか


「うん、分かった。近くにコンビニもあるし、大丈夫。じゃあ、行こうか。へい、タクシー。」


おいおい…



「ねえねえ、何飲む?日本酒ってコンビニで売っていたかな?」


なんか飲むことが決定になっている

良くない状況ではあるのだが、なんか心が躍っている自分がいる

ワンチャンあるかと思っているのだろうか

あり得ないと思うのだが


「日本酒は少しあると思います。」

「ふんふん、じゃあ、買って帰ろう。」


すごく上機嫌である

私はすごく心配である意味吐きそうなんだが

タクシーの運転手に行き先を言えていたから、そこまで酔ってはいないのだろう

ただ、タクシーで吐いたりしないか心配


「あ、もう着いた。ここでおります。」

「はい。」


タクシーに支払いを済ませた彼女はコンビニへ向かって歩く

足取りはふらふらしていない

とりあえず、彼女の家に着くまでは大丈夫そうだ


「日本酒っていってもほとんど売ってないね。」

「コンビニを何だと思っているんですか?そんなに酒を置くスペースもないでしょう?」

「確かに。」


人に指を差すな

本当に酔っている

割と気楽に喋ることが出来る人なんだな

もう少し堅い印象があったけど


「私はこれとこれと…。」


結構、買いますね

てか、そんなにお酒まだ飲むの…


「川田さん、水も買ってください。」


無理やり籠に入れる


「大丈夫よ、水なんて水道水でいいじゃない?」

「水を買ったら、もったいないから飲むでしょ?」


川田さんはそれを聞いて黙った


「心配性だな、林っちは。まあ、心配してくれているんだし、買うね。」


なんかひどく疲れるな…




「ここが私の部屋だよ。」


思った通り、シンプルな部屋だ

最低限の物しか置いていないように見える

もしかしたら、綺麗に収納しているかもしれないが

料理もしているようでちゃんといろいろ揃っている


「かなり綺麗にしていますね。」

「そう?普通だと思うけど。」

「ここまで綺麗な部屋はなかなかないですよ。」


彼女は鞄をベッドに置いた

テーブルに酒を置く


「コップをとってくるね。」

「あー、すみません。何か手伝うことありますか?」

「お客さんなんだから大丈夫よ。ちょっと待っててね。」


ふと、お尻に目が行くのを慌ててテレビの方に向けた

失礼だと思ってしまった

酒で理性が少なくなっているから、自制しなければ

ふと、机の上の写真を見ると家族と肩を組んでいる


「ああ、それね。最後の日に撮った写真なんだ。」

「最後?」

「うん、交通事故でね。」

「すみません。」

「大丈夫よ。もう5年も前の話だからね。」


彼女はビールを口に入れた


「その時はしんどかったけどね。」

「今は大丈夫ですか?」

「うん。そこまでではないよ。でも時々寂しくなる時がある。」


それはそうか

1人がそもそも寂しいものだから


「日本酒飲みなよ。せっかく買ったし。」

「そうですね。なら、少しだけ。」



少し経ち、彼女がベッドに野垂れかかっていた


「大丈夫ですか?」


と言いながらも私も割と危ない

思った以上に今日は酔いが早い


「へへへ。林君、一緒に寝ようか?」


こりゃ、駄目だ

そろそろお暇しよう


「私はそろそろ帰りますね。」

「ふーん、酔った女性を介抱せずに帰るんだ?」



「川田さんが飲んだんですよ。鍵は閉めてくださいね。」


そう言って立とうとしたら、ベッドに引き込まれた


「帰すわけないでしょ?」

「え?」

「最初に会った時から好きだったんだから。」


…、川田さん、酔ってない?


「川田さん、酔って」

「ないよ。これくらいで酔うわけないじゃん。で、どうなの?私じゃダメ?」




                                 END


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