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魔法のない僕⑤

 今日もスマートフォンは鳴らない。距離を置こうと言われてから一週間。連絡を取ることができず、会うこともできずにいる。偶然廊下で鉢合わせても避けられるのだから、会いにいく勇気などない。


「嫌われたかな」


 ひとりの時間でひたすら琥太郎のことを考える。冷静になんてなれなかった。

 魔法にこだわったことで琥太郎を怒らせた。あのときの険しい表情を思い出すと、謝って許してもらえるとは思えない。魔法から離れないと、本当に琥太郎が離れていくような気がした。


 また夢を見た。自由自在に魔法が使えるが、隣に琥太郎がいない。どんなに探しても、想い人の姿は見つけられない。


「琥太郎先輩……」


 探しまわって探しまわって、ようやく見つけて声をかける。


「誰?」


 あの日の冷めた瞳が直也を貫いた。


 目を覚ますとびっしょりと汗をかいていた。恐怖で心臓が激しく脈打ち、手も震えている。

 たった今見た夢を思い返す。琥太郎が、知らない人を見るように直也を見ていた。心が凍えるような冷たい瞳が脳裏に焼きついている。

 魔法が使えても、琥太郎がいないならば、そんなに虚しいことはないのではないか。まるで魔法を選ぶか琥太郎を選ぶか、と聞かれているように感じた。

 魔法が使えて、その効果で琥太郎がつきあってくれているのだから、魔法と琥太郎は切り離せない――そう考えていた。

 琥太郎の言葉を思い出す。


 ――俺の気持ちを魔法で動かしたつもりか?


 本当に魔法なんてあるのだろうか。自分は本当にそれを授けられているのか。

 急に疑念が湧き起こった。


「カーテンよ、開け。開いてください」


 なにも起こらない。

 カーテンに手をかざしてもう一度唱えるが、やはりなにも起こらなかった。

 以前からこの結果だった。直也が頑なに思い込んでいただけで、魔法なんて最初からなかったのではないか。そう考えると、これまでの自分の滑稽さがありありと浮かぶ。そんな愚かな直也のそばに、琥太郎はずっといてくれた。

 魔法が使えないのならば、どうして琥太郎は直也とつきあってくれたのだろう。琥太郎に聞きたいけれど、連絡をするのが怖い。拒絶されるかもしれない。

 だが、せめて魔法がないことに気がついたことだけでも伝えたい。

 震える指で『明日の放課後、会ってもらえませんか?』とメッセージを送った。






 メッセージは既読になったが返信はなかった。

 放課後、中庭のいつもの場所で琥太郎を待つ。こないかもしれない、と不安なのに、不思議と彼はきてくれるという気がした。

 時計を見てはため息を落とす。中庭にぱらぱらと見えた人影がどんどん消えていき、今は直也ひとりしかいない。校舎の窓を見あげても人が通らない。心細さを堪えるようにぎゅっと手を握り込んだ。

 どれくらい待っただろう。夕陽が姿を隠そうとする頃に琥太郎が現れた。


「いつまで待ってんの?」


 呆れたような声だった。それでも久々に琥太郎の姿をきちんと見られて直也は感動する。この人が好きだ、とあらためて実感した。


「直也、もう二時間待たされてんだよ? なんで帰らないの?」

「どうして僕が二時間待ってることを知ってるんですか?」

「……」


 顔を背けた琥太郎が、ばつが悪そうな表情になる。


「……廊下から、ずっと見てた。直也に見つからないように」

「そうなんですね……」


 それならば、まだ心は離れていないだろうか。優しい琥太郎は直也の心配をしてくれたのだ。希望が見えたが、直也に向けられる瞳は冷たい。


「まだ冷静になれないから、話したくない」


 またも突き放され、怯みそうになるがぐっと手を握り込んで自分に気合いを入れた。


「ごめんなさい!」


 離れた場所にいる琥太郎に向かって頭をさげる。受け入れてもらえなかったら、と考えると怖いが、きちんと言わなくてはいけないことがある。


「謝られてもね」


 瞳と同様に冷えた言葉が突き刺さる。それでも勇気を出して言葉を続けた。


「魔法なんてはじめからなかったんです」


 ようやく琥太郎の視線がわずかに柔らかくなった。きちんと正面から見つめられ、心臓が激しく鼓動を刻む。


「前に話したとおり、僕……自分に自信がなくて。だから、魔法が使えるようになったって舞いあがって、すごく嬉しくて、そうなんだって信じ込んでいました」


 なんの相槌もなく、ただ静かに琥太郎は直也を見ている。


「だけど魔法は一回も成功しないから、どんどん自信がなくなって意地になっていたんです」


 なにも答えてくれないが、真剣に直也に視線を向けてくれているのがわかる。緊張するけれど、逃げてはいけない。


「『琥太郎先輩に好きになってもらえるように』って魔法をかけたつもりでした。だからつきあってくれたんだって……」

「……」

「でも、魔法なんてなかったんです。……どうして琥太郎先輩は僕なんかとつきあってくれたんですか?」


 深く嘆息した琥太郎は、睨むように直也を見た。険しい表情にびくりと身体が強張る。

 なにを言われるのかわからないので怖い。もしかしたらなにも言葉をもらえずに、中庭に置いていかれるかもしれない。

 だが琥太郎は直也のほうに歩を進めた。徐々に近づく姿に、視界が揺らぐ。


「魔法はないって、俺ずっと言ってたよな?」

「すみません。どうしても魔法が使える自分でいたかったんです」

「今直也が言ったことは、結局俺の気持ちを魔法で動かしたつもりだったってことだよな?」

「そうです」


 それは真実だ。はっきりと返事をすると、琥太郎は直也から顔を背けた。

 また怒られるかもしれない。呆れて本当に離れていってしまうかもしれない。けれど嘘はつきたくなかった。真剣に琥太郎に向き合いたい。


「……告白されたとき、断るつもりだった」

「え……」

「男子とつきあうなんて考えたことなかったし、好きになれるかわからなかったし。また顔だけ見てる、いつものパターンかなって思った」


 琥太郎の言葉は低く静かで、心にずんと重かった。ひと言ひと言が胸に沈む。次になにを言われるのかがわからず、つい俯いた。


「こっち見て」


 拒絶できない、したくない。ゆっくりと顔をあげて琥太郎を視界にとらえた。いつの間にか琥太郎は触れることのできる近い距離まできている。


「だけどさ、馬鹿みたいに一生懸命なんだ。『早瀬先輩に好きになってもらえるように』って、誰かに必死で祈ってて」

「祈ったんじゃなくて、魔法をかけたつもりでした」

「そうだな。でも、そんなに必死になるほど好きでいてくれてるんだと思ったら興味が湧いた。だからオーケーした」


 頬に大きい手が触れた。直也をまっすぐ見つめる琥太郎の瞳が、眩しいものでも見るように柔らかく細められる。


「一緒にいたらさ、なににでも一生懸命でほんとに馬鹿みたいなのに、それがどんどん可愛く見えてきたんだよな」

「え……」

「魔法なんてあるわけないのに、必死で魔法を使おうとしたり、俺のこと大好きって恥ずかしがりもせずに言ったり、可愛い動物見て力いっぱい喜んだり。そういう直也に惹かれていった」


 想像もしなかった言葉に唖然とする。きっと間抜けな顔をしているだろうに、琥太郎は優しい表情で直也を見つめたまま、頬を撫でる。


「俺の気持ちを魔法で動かしたつもりになってたことには腹が立ったけど、魔法魔法って、俺より魔法が大事みたいなところはもっと腹が立った」

「どうして……?」

「嫉妬したから。俺、結構心狭いよ?」


 両手で髪をくしゃくしゃとかき混ぜられ、久々の感覚に涙が込みあげた。いつもの大きな手の温もりに安堵する。もう一度頬を撫でられ、恥ずかしくてわずかに俯いた。


「俺の心は、魔法じゃなくて直也自身が動かしたんだ」


 顔をあげ、琥太郎を見つめ返して自ら一歩近づく。


「琥太郎先輩が好きです」

「うん。俺も言いすぎてごめん」


 ぽん、と頭に手が置かれ、心が弾んだ。


「あの、呆れてなければ、また僕とつきあってくれませんか……?」


 琥太郎の表情が和らぎ、直也の頭に置いた手が髪を梳くように動く。その優しい手つきに心が甘く騒いで仕方がなかった。


「呆れてるけど、一緒にいたいな。魔法のない直也と」


 魔法なんていらない。そんなものがなくても、自分を見てくれる人がいた。

 やり直しの告白で、本当の恋人になれた。

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