出会いと再出発の屋敷にて
「ご無事でなによりです」
その声とともに部屋に入ってきたのは、若い女性の使用人だった。
光沢のある栗色の髪に、涼しげな目元。すっと通った鼻筋に、控えめだけれど上品な微笑み。完璧なバランス。
服装はシンプルなメイド服。だが、それを着こなすその姿勢の美しさに、俺は思わず見惚れてしまった。
(……顔を含めて、あの女神に圧勝してるじゃん……)
思わず口から漏れた。
「……きれい」
当然、聞かれてるかもと思ったが、彼女は何事もなかったかのように微笑んだままお盆をテーブルに置いた。
「少しお待ちくださいませ。主を呼んでまいります。お身体、お辛いでしょうから、ご無理なさらずお休みください」
そして彼女は静かに部屋を出て行った。
(……プロだ。スルー力高すぎる)
ベッドにもたれながら、俺は周囲を見回す。
豪華な部屋。丁寧な対応。そして、知らない天井。
ここはどこだ? 誰に助けられた?
思考を巡らせていたそのとき——
「おおっ、おおおぉ!! 起きたか!? 生きてるか!?」
ドタドタと地響きのような足音とともに、ふくよかな中年の男が勢いよく入ってきた。
金のボタンが光るベスト、腰に巻かれた立派な革帯。なのに、その顔は親しみやすく、まるで近所の陽気なおじさん。
「……あんたが、助けてくれたの?」
「そうそうそう、わしが領主、デュラン・バルクストンじゃ! ははっ、目を覚ましてくれて本当によかった!!」
(領主!?)
俺が驚いている間にも、デュランさんは早口で説明してくれた。
「わしのところに“山賊が村を襲った”って報せが来てな。急ぎ兵を連れて現地へ向かったんじゃが……」
「村には、誰もおらんかった。建物は焼け落ち、遺体も……ひどく損壊されてて、身元は分からんかった」
——言葉が、出なかった。
父さん、母さん……?
「その帰り道じゃ。わしが森の道を通っていたとき、倒れていたお前を見つけてな。傷だらけで、意識もなかったが、まだ生きていた」
「……ありがとう……ございます」
震える声で、それだけ返すのが精一杯だった。
デュランさんは、俺の肩にぽんと手を置いた。
「わしにもな、ちょうどお前と同じ年頃の息子がおるんじゃ。だから放っておけんかった。……なに、助け合いじゃ」
その言葉に、胸がじんと熱くなる。
「今ちょうど連れてこようと思ってな。少し……仲良くしてやってくれんかの」
デュランさんが笑いながら言う。
俺は小さくうなずいた。
(そっか……領主の子供……つまり、お嬢様……?)
胸が少しだけ、ドキドキする。
(どんな子なんだろう……?)
頭の中には、いくつもの想像が広がっていく。
おしとやかで、清楚なタイプ?
それとも、ちょっと気難しくて冷たい美人?
あるいは、気が強いけど実は優しい……ツンデレ系か?
(いやでも、貴族の家だし、やっぱりお淑やかで——)
ドアが開いた。
「ういーっす」
入ってきたのは、父に激似の、やや太り気味な少年だった。
眉の感じとか、目の細さとか、まさに“ミニ・デュラン”。
「俺、ライル。よろしくー」
(……まあ、父親があれなら息子もそうだよね)
(母親がめっちゃ美人で、そっちに似てるパターンあるかも……って期待してた俺がバカでした)
——そんなひとり反省をしているうちに、ライルはベッドの脇に腰掛け、俺の方をじっと見つめていた。
「お前さ、森でひとりで生き延びたんだろ? すげーな」
(……なんか、ちょっと憎めないやつかも)
——こうして、ノアとライルの出会いは、思ってたのと違いながらも、悪くない第一歩となった。