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森の中の静かな時間

——数日が経った。


あの夜、助けてくれた誰かからもらった干し肉とパン。

俺はそれを、大事に大事に、少しずつ食べながら森の中で過ごしていた。


ひとりぼっちで。


焚き火のあとには、木の枝で囲った簡易の風よけを作った。

木陰の下、水場に近い場所を選び、野生動物の足音に耳を澄ましながら、慎重に眠った。


体の傷はまだ痛むけれど、日に日に回復している実感はあった。


何より、生きているということが、こんなにも貴重だとは思わなかった。


(父さん……母さん……)


思い出すたび、胸が痛んだ。

あの後、二人はどうなったのか。生きているのか、それとも——


知る術はなかった。


森の奥には村からの追手も来ない。誰も来ない。

ただ、鳥のさえずりと、葉の揺れる音だけが日々を満たしていた。


「魔法……」


俺は、手のひらを見つめた。


思えば、あの夜。

俺は初めて、何かをするために魔法を“使おうとした”。


結果は、出なかった。

でも、それでも、俺はあのとき、確かに“戦おうとした”のだ。


あの女神への恨みも、まだ消えてはいない。


「なんでだよ……せめて、使いやすい魔法をくれよ……」


呟いて、木に寄りかかる。


だが、不思議と、その言葉にはもう前ほどの怒りはなかった。


少しだけ、肩の力が抜けた気がした。


(生き延びたんだ、俺は)


そう思うことで、また次の一歩を踏み出せそうな気がしていた。


——俺の物語は、まだ終わっていない。


焚き火の灰が、風に舞って消えていく。


食べ物はもう残りわずか。体力も、限界が近い。

それでも、俺は“あれ”を忘れられなかった。


——魔法が出なかったあの日。


(……マナさえ、あれば……)


思わず口から漏れる。


マナがあれば魔法が使える。

それなら、マナを「貯める」んじゃなく、「創ればいい」んじゃないか?


その思いつきが、俺の思考に深く刺さった。


(創作魔法……“存在しないものを創る力”。なら、マナを創る魔法を作れないか……?)


想像する。


エネルギーが自分の内から生まれるイメージ。

透明な粒子が、胸からあふれて手のひらに集中していく。


でも——


(どうやって作ればいい?)


マナの構造も、定義も、俺は何も知らない。


(でも……やるしかない)


手のひらに力を込める。


(マナを……創れ……!)


意識を深く沈め、創造のイメージに全てを注ぐ。

“見えないエネルギー”が、自分の中から湧き上がるように。


……数分後。


目の前が白くなった。


「……っ!」


呼吸が浅くなる。心臓がドクドクと音を立て、汗が噴き出す。

全身から力が抜け、気づけば、地面に倒れ込んでいた。


(だめだ……力が、尽きる……)


視界が暗転する中、俺は最後に、自分の手を見た。

そこには何もない。ただ、空気と、震える指先。


(……でも、やる価値は……ある)


その意識も、そこで途切れた。



次に目を覚ましたとき、俺は見知らぬ天井を見ていた。


(……ここは?)


体を起こすと、布団の感触がふわりと背中を撫でる。


着ている服が、明らかに違っていた。


転生してからずっと着ていた、擦れてほつれたシャツとズボンではない。

これは——柔らかくて、軽くて、肌触りの良い、高級な生地。


(こんな服、見たことない……)


周囲を見渡すと、部屋も同様だった。


木目が美しく磨かれた床、繊細な彫刻が施された家具、清潔なカーテン、壁には絵画と花の飾り。


どこかの貴族の邸宅か? とも思えるほど、豪華だった。


(まさか……誘拐?)


そう身構えたその時——


「ご無事でなによりです」


カツ、カツと靴音を響かせて、ドアの向こうから人影が現れる。


その人物は、丁寧なお辞儀をしながら俺に近づいた。


若い女性。整った顔立ち、落ち着いた瞳。そして、手には銀の盆。


「お目覚めになられたのですね。お水をお持ちしました」


俺はその場に固まっていた。


(え、誰……?)


この人は——俺を、助けた?


それとも——何かの目的があって、ここに?



ついに動き出す、ノアの世界。

“創る者”は、静かな森を離れ、次なる出会いと試練へと歩き出す——

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