魔法と命の境界線(後半)
——静寂。
どこまでも沈むような、音のない闇の中で、俺は目を覚ました。
(……ここは……)
目を開けると、そこは森の中だった。
地面には敷かれた毛布のようなもの。近くには焚き火の名残があり、温かさがまだ残っている。
体が……痛い。熱い。
でも、生きている。
(あの魔物は……?)
そして、思い出す。
弓矢。俺の目の前で魔物を倒した、あの一撃。
ゆっくりと起き上がると、すぐそばに何かの影があった。
——人だ。
黒いマントに身を包み、顔はフードに隠れている。
背中には弓を背負い、腰には短剣。見たところ、戦士……ではない。軽装の狩人か、旅人か。
「……助けてくれた、のか?」
俺がそう尋ねると、影は少しだけうなずいた。
「喋らないのか?」
答えはない。
「名前、くらい教えてくれても……」
その時、影は小さく息をついたように見えた。そして、一歩、俺の前にしゃがむ。
何かを差し出してきた。袋の中には、干し肉とパン。
「……食べて、いいのか?」
こくり、とうなずく。
俺は手を伸ばし、パンを受け取った。冷たかったけど、やさしかった。
食べながら、ふと尋ねる。
「どうして、俺を助けたの?」
しばらくの沈黙のあと、影はポツリと、かすれた声で言った。
「お前の魔法、見ていた」
「……!」
驚きとともに、胸が締めつけられる。
「失敗、したけど。……それでも、創ろうとしてた」
「見てたのか……全部……」
影はうなずくと、すっと立ち上がる。
そして、森の奥へと歩き出す。
「ま、待って!」
俺が声を上げたが、影は振り返らなかった。
「名前くらい——!」
——でも、その背中から返ってきたのは、たった一言。
「……生きろ」
その言葉だけを残して、影は消えた。
俺は、ただ、ぽかんとその場に座っていた。
焼け焦げた地面。静かな森の空気。
そして、手の中のパンの温もり。
(父さん……母さん……)
胸が、締めつけられた。
生き延びた俺に、もう一度できることがあるのだろうか。
助けてもらった命。
3年かけて、ようやく始まった魔法。
あの女神への恨みはまだ消えないけれど、今はただ——
(……ありがとう)
そう、誰かに向かって、心の中でつぶやいた。
焚き火の灰が、風に乗って舞っていた。




