決意
ノアはその場に立ち尽くしていた。
まるで地面が、足元から音もなく崩れ去っていくかのような感覚。
三年間積み重ねてきた警戒心。
張り詰めた逃走生活。
魔法の研究と、力の代償。
それらが、すべて誤解だった——などと、今さら言われても。
—
「……は?」
その言葉は、思わず漏れたものだった。
「……じゃあ、なんで小林先生は……」
つぶやきは風に消えそうなほど小さかったが、勇者たちは確かに聞いた。
レンが顔を曇らせ、ひかりが唇を噛んだ。
まことが一歩前に出て、真剣な表情で口を開く。
「……小林さんは、君を逃がしたことで、貴族たちから強い反感を買ってしまったんだ」
「正直、あれが直接の原因だったと思う。『魔法を使わせた』『逃亡を助けた』って、あいつらはそれを口実にして……」
「でなきゃ、あんな理不尽な処分、通るわけないもん……!」
—
ノアの拳が震える。
呼吸が荒くなり、胸の奥で静かに怒りが渦を巻いていた。
—
「……っざけんなよ……!」
それでも、涙は流れなかった。
感情が高まりすぎて、涙という形にすらならない。
—
だが——
(俺はまだ、“終わってない”)
どこかで、確かにそう思っていた。
—
ノアは拳を握りしめたまま、顔を上げた。
「……その貴族の名前を教えてくれ」
勇者たちは一瞬沈黙したが、まことが静かに答えた。
「バルモア侯爵家の元当主、ロディン・バルモア」
その名を聞いた瞬間、ノアの中に再び黒い炎が灯った。
「……そうか。なら、そいつに“報い”を受けさせてやる」
—
レンが焦ったように声を上げた。
「ちょ、待てってノア。復讐って……そんなに重く考えなくてもよくねぇ?」
まこともやや困ったように付け加える。
「実は……その人、今は侯爵家から追放されてるんだ」
ノアはきょとんとした顔で聞き返した。
「……は?」
ひかりが小さく笑いながら補足する。
「その人の娘がね、小林さんの教え子だったんだって。
先生のことをすごく慕ってたらしくて、それで父親が彼に責任をなすりつけたのが許せなかったみたいで……」
「で、家中の支持を取り付けて、父親を追放したんだよ」
—
「え、復讐する相手もいないってこと……?」
完全に肩透かしをくらったノアは、呆然とその場に立ち尽くした。
—
たいきが笑いながら言った。
「だからさ。復讐なんて、何も生まないんだよ。……させないけどね、そんなの」
—
ノアはその場に腰を下ろした。どこか力の抜けたような動きだった。
「なにをすればいいんだよ……」
彼の声は、自嘲にも似た笑いを帯びていた。だが、勇者たちは何も言わなかった。ただ、彼の隣に静かに座った。
—
風が吹く。森の中で、五人の影が沈黙のまま並んでいた。
やがて、ひかりがぽつりと言った。
「……でも、間違ってなかったと思うよ、ノア君」
ノアが顔を上げる。
「ノア君が逃げてくれてよかった。もしあの時、従っていたら……きっと、私たちは“魔法”を信じられなくなってた」
「……信じられなくなってた?」
「うん。魔法を使える人が“処刑された”ってことが、私たちの未来から“希望”を奪ってたと思う」
遥がうなずいた。
「ノア、あなたが姿を消してくれたから、“創作魔法”は消されずに済んだ。
王都では今、あの魔導観測部が……正式に、再建されつつあるの」
ノアの目が見開かれる。
「……マジで?」
「マジで」
レンがにやりと笑いながら頷いた。
「再建委員会のトップは……アリシア姫だ。君の友達が、君の夢を受け継いでる」
その言葉を聞いた瞬間、ノアの胸にじんわりと何かが染み込んでいく。
あの玉座の間で交わした約束。あの夜、書き記したノートの言葉。
《未来の魔法は、人と人を繋ぐ“希望”でありたい》
——それは、まだ消えていなかった。
—
ノアはゆっくりと立ち上がり、仲間たちを見渡した。
「……戻っていいのかな」
その問いに、四人は同時に笑ってうなずいた。
たいきが言った。
「そのために、来たんだろ?」
ノアは、はっきりと答えた。
「じゃあ、俺の“創作魔法”で、次の時代を描いてやるよ」
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