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静寂を裂く影

川辺で水を汲み終えたノア——いや、今は“ユアン”と名乗っている青年は、腰を上げて辺りを見渡した。


彼の姿は、かつての幼さを残す少年のそれではなかった。

創作魔法で姿を“成長させた”現在の彼は、背が伸び、肩幅が広く、声も低くなっていた。


どこからどう見ても、別人。顔つきも変え、王国の追跡を完全に躱していた。



風は穏やか。鳥のさえずりもいつも通り——のはずだった。


だが、どこか“違和感”があった。



「……?」


背筋をなぞるような視線の気配。だが、誰もいない。


ノアは目を細めて森を見つめた。


(気のせい……じゃ、ないよな)



この三年、彼は“ノア・セラン”という名と姿を捨て、辺境の地で偽名と偽装した肉体で生きてきた。


そして、マナポーションを飲んで転移した直後——彼は“ある代替手段”を創り出した。


かつて夢見た、誰もが使える希望に満ちた魔法ではない。


彼が生み出したのは、“怒り”“恨み”“絶望”といったマイナスの感情を燃料とする魔力。


だが、ただの力では——あの貴族のような悪意ある者にも使用されてしまう。


それを防ぐため、ノアは“魔法行使の条件”を創作魔法によって定義していた。


その条件とは——“魔法を使用できる者に認められること”。

いわば、免許皆伝のような承認を得なければ術式は発動できないというものだった。


現在、この条件を満たしているのはノアただ一人。

彼は、女神に“認められ”、創作魔法の力を“与えられた”存在だからだ。



とはいえ、代償は消えない。


魔法を行使するたびに、魂を削るような感覚がある。


感情には波があり、精神力にも限界がある——だから、彼は“マナ”を溜めておく構造を設けた。


そして、その“魔力の貯蔵”と“増加”を目的としたトレーニングも日課として続けている。


参考にしたのは、かつて読んだ異世界ものの小説や漫画の修行法だ。


本当に効果があるのかは分からないが——“やらないよりはマシ”という信念で、毎朝身体を鍛え、瞑想を行っている。



今日もそのトレーニングを終え、ノアはわざと集落に顔を出すことにした。


目的はただ一つ。


“追跡者をおびき出す”ためだ。


(……こっちから引っ張り出してやるよ)


そう呟きながら、彼は足を踏み出した。


集落の市場は、いつも通り静かだった。


ユアン——今のノアの姿でその場を歩けば、誰も彼が“あのノア・セラン”だとは気づかない。


旅人のふりをして、パンと干し肉を買い、小銭を払う。


「……来るなら、早くしろよ」


心の中で呟きながら、ノアは市場の端にある古井戸の縁に腰を下ろした。


周囲を観察しながら、マナの感覚を研ぎ澄ませる。



数分後——気配があった。


視線。風の揺れ。呼吸のズレ。


(いた……!)


ノアは動じることなく、パンをかじるふりをしながら術式を展開する。


創作魔法・結界術式《感知の網》——指定範囲内の魔力反応を一瞬で把握する術。



(3人……いや、4人か)


囲まれていた。しかも、複数の方向から。単なる追跡者ではない。


(情報局の精鋭か……)


だが、それも想定の範囲内。



「さて、こっちも仕掛けるか」


ノアは立ち上がると、井戸の縁にそっと紙片を貼りつけた。


それは、創作魔法による“誘導転移陣”。あえてこちらに“注意を引かせるため”の罠だった。


井戸の縁に転移陣を仕掛けたノアは、何気ない素振りを装いながら市場の裏手へと回り込んだ。


足音を地に溶かし、気配を空気の一部に同化させる。


まるで、風のようだった。


(……戦う気はない。狙うのは“情報”だ)


彼は創作魔法の術式を緻密に重ね、自らの姿を視覚と気配から消していく。



ノアには“戦闘系の魔法”は、ほぼ存在しない。


唯一の成功例は、あのとき勇者たちを救った“拘束魔法”《拘束の鎖》。


だからこそ、彼は正面からぶつかる戦法を取らない。

取れない。



彼の基本戦術は、“消えること”。


気配遮断。視線誘導。

結界による感知妨害。


それらすべては、創作魔法の理論に基づき、神経をすり減らす精密な操作で成り立っていた。



その力を最大限に使い、ノアは今、敵の“核心”に迫ろうとしていた。


古井戸の裏、ぴたりと動きを止めたとき。


声が聞こえた。


「……それで、本当に奴なんですか?」


男の低い声が静寂を裂いた。


「確証はない。ただ、術式の痕跡が一致した。三年前の事件と同じものだ」


「姫には?」


「……いや、まだだ。姫殿下は、あの日以来ノア・セランのこととなると冷静さを欠く。

小林の首が飛んだあの日から、彼女はノアを探すのに必死で、捜索隊の編成すら王妃に直談判して自ら行ったほどだ」



その瞬間。


ノアの中で、時間が止まった。


(……小林……が……?)


鼓動が一拍、抜け落ちたような錯覚。


耳鳴り。乾いた喉。呼吸が震える。


(なんで……そんなこと……)


胸の奥に、鉛のような何かが落ちる。感情が、渦を巻いて膨れ上がる。


だが——


今は動けない。今は、表情一つ崩してはいけない。


情報を、拾う。それだけが、この戦場における唯一の武器。


ノアは、苦悶を顔に出さぬよう、歯を食いしばった。

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