見えない追跡者
森の奥、風がそよぐ木々の間を縫うようにしてノアは歩いていた。
勇者たちが精霊術の存在に気づいたこと。それがどれほどの波紋を広げるか、ノアにはわかっていた。
「……下手すりゃ、また王都が動くかもな」
三年前、魔法の存在そのものが国家機密だったことを思い出す。
あれから、どれだけ変わったのか。あるいは、まったく変わっていないのか。
—
それでも、ノアには止まるわけにはいかなかった。
創作魔法を隠れ蓑に、精霊術として応用し続けてきた日々。
その成果は確実に積み重なり、いまや“意思を持つ術式”すら設計できる段階に達していた。
「……とはいえ、まずは飯」
荷物の中を探り、食料の残りを確認する。
(また、どこかで補充しなきゃな)
—
その頃、戦いのあった集落では、勇者たちが宿を借りていた。
リーダー格である斉藤 蓮は、窓の外を眺めながら呟いた。
「精霊術……見たことない術式だった」
その隣にいた弓使いの少女、長谷川 美羽がぼそりと呟く。
「ねぇ、あれ……さっきの“あの子”に似てなかった?」
蓮が振り返ろうとする前に、理論派の川島 遥が冷静に遮った。
「まさか。国中が総出で探して、痕跡すら掴めなかったんだぞ?
もうこの国にはいないよ」
だが、美羽は首を振った。
「……ノア君は“精霊術使い”じゃなくて“魔法使い”よ?」
沈黙が落ちる。
無口だが身体能力に優れた工藤 翔真が静かに言った。
「……あれから三年だ。創作魔法で、精霊術みたいな魔法を“作って”いてもおかしくはない」
—
その推測は——
まったくもって的外れではなかった。
遥の言葉に蓮が小さくうなずいた。
「たしかに……現実的じゃない。けど、あれを見たら無視できない」
「証明はできないけど……あれがノアくんなら、また会いたいよ」
美羽がぽつりとこぼしたその言葉に、静かだった翔真も小さく「俺も」と呟いた。
—
その夜、宿の一室。
四人は眠ることもできず、火を囲んで静かに語り合っていた。
その背後——暗い森の奥。
視線があった。
光の届かぬ闇の中で、誰かが彼らの一部始終を見ていた。
—
(……謎の“精霊術”を使った……それもこの地で……)
黒いローブを纏った影が、木の上から静かに姿を消す。
その手に握られていたのは、古い文様が刻まれた“封印の札”だった。
「王都に報せる必要があるな……ノア・セラン、生存の可能性あり」
その声は、風にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
—
翌朝。
ノアはいつものように川辺で水を汲んでいた。
その顔にはまだ余裕があった。
だが——その背後には、すでに幾つもの目が注がれていたことを、彼はまだ知らなかった。




