3年後の再起
ノア・セランは今、王国と帝国の国境付近にいた。
この地は、王国の中心から遠く離れ、情報もろくに届かない辺境。
街と言えるほどの集落すら少なく、旅人や商人もほとんど見かけない。
治安は悪く、盗賊と魔物が跳梁し、国の手が及ばない“死角”ともいえる地帯だった。
そんな場所に、彼は姿を隠すようにして暮らしていた。
もう三年。あの王都を逃れてから、そして、魔法という存在と向き合い続けてから。
—
食料が底を尽きかけたある日、ノアは近くの小さな集落に顔を出すことにした。
山道を抜け、集落の端に差しかかったその時——
「きゃーっ!」
鋭い悲鳴が木霊した。
視線を向けると、行商人の馬車が山賊に取り囲まれていた。
「またかよ……」
そんな日常を横目に、ノアは誰にも気づかれないよう馬車の荷台へと忍び込み、食料を探し始めた。
—
その時——
「っ!」
鋭い音と共に、一本の矢が空を裂いた。
次の瞬間、山賊の一人の胸に突き刺さる。
倒れる山賊。驚きの声が周囲に広がる。
矢の飛来方向を振り向けば、そこには——
四人の若者が立っていた。
連を中心とした、かつて王都に召喚された“勇者一行”の姿だった。
矢を放ったのはその中の一人、背中に矢筒を背負った弓使いの少女。
しかし、名乗りを上げたのはレンだった。
彼は高々と剣を掲げ、力強く叫んだ。
「この剣が見えるか! これは聖剣! 女神に選ばれし勇者が携える聖なる剣だ!」
「おとなしく投降するなら、命までは取らぬ!」
—
(……どっかの将軍がやりそうなセリフだな)
ノアは呆れたように馬車の影からその光景を眺めていた。
—
だが、山賊たちは怯む様子もなく叫んだ。
「知ったことか! 野郎ども、やっちまえ!」
戦闘が始まった。
—
「だから……そーゆーのやめよって言ったのに……」
レンが弓使いに向かって肩をすくめる。
「一回も成功したことないんだし……ね?」
仲間からもため息が漏れる。
—
ノアは、剣戟の音を聞きながら呟いた。
「はぁ……また、めんどくさいのに巻き込まれたかも」
戦いの火蓋は切って落とされた。
山賊たちは刃を振るいながら勇者一行へ突進する。
レンは聖剣を構えて前に出て、盾役として立ちはだかった。
「来いよ……俺が相手だ!」
仲間の剣士がその隙をついて山賊を翻弄し、弓使いの少女が次々と矢を放つ。
だが、数が多い。山賊は十数人はいる。囲まれればさすがの彼らも分が悪い。
—
「くそっ、囲まれた!」
「斜線が通らない! 撃てない!」
レンの背後にまで迫る山賊。勇者パーティーの形勢は徐々に悪化していった。
—
馬車の影で状況を見ていたノアは、溜息をついた。
「なんでこうなるんだよ……」
そして、腰を上げる。
「見つかるのはごめんだけど……見殺しってのも気が引けるしな」
ポケットから紙片を一枚取り出し、小声で呟く。
「創作魔法・支援術式《拘束の鎖》」
—
次の瞬間、山賊の足元から土の鎖がいくつも現れ、その動きを止めた。
「な、なんだ!? 足が動かねぇ!?」
「誰か、後ろから……精霊術か……?」
—
ノアは馬車の陰からそっと後退しながら、苦笑を浮かべた。
「勇者って、もっと派手に勝つもんじゃなかったっけ?」
—
勇者たちはその奇襲のおかげで態勢を立て直し、山賊を一人、また一人と倒していく。
そして——残りの山賊たちはついに戦意を喪失し、森の中へと逃げていった。
—
戦いが終わり、レンが息を整えながら呟く。
「今の……誰の精霊術だ?」
「こんなところに精霊術を使える奴が……?」
勇者たちは互いに顔を見合わせる。
—
ノアはすでに森の中へと消えていた。
気配を殺しながら、遠くで小さく呟く。
「関わるつもりはなかったんだけどな……」




