魔法と命の境界線
魔法が出せるようになってからも、俺はずっと、それを隠して生きていた。
誰にも見せない。両親にすら。
——たった一度の魔法の成功。
あの黒い塊は、間違いなく「何かを創る」という力の証だった。だがそれは不安定で、再現も難しく、そして何より、人目につくには危険すぎた。
「魔法を見られたら、命を狙われるかもしれない」
それが、この世界の常識だ。
だから、俺は森の中に“訓練場所”を作った。大人が通らない獣道の奥、倒れた巨木の影で、こっそりと創作魔法の練習を続けた。
木片を創る。葉の形を再現する。失敗も多かった。
でも、俺はあきらめなかった。3年間、何も出せずに考え続けた日々を、絶対に無駄にしたくなかった。
それに——
(あの女神……絶対許さねぇからな……)
口癖のように、俺は心の中で繰り返していた。
「なんかかわいくない」と言ったら即無言で転生させたあの女神。
マナが足りないことも、魔法が衰退してる世界なことも、赤子スタートなことも、何ひとつ事前説明はなかった。
(3年間! 赤ん坊として! 俺がどれだけ苦労したと思ってんだ!?)
何度も吐いて、倒れて、泣きながら、何も出せずに“考える”しかなかった日々。
それでも、やっとここまで来たのだ。
——だから、壊されたくなかった。
そんな矢先だった。
村の空気が、どこかおかしい。
「最近、よそ者の姿を見た」
「物陰でこそこそと……」
「ノアの噂を……誰かが外に漏らしたらしい……」
そんな話が耳に入ってくるようになった。
俺のことを“見ていた”誰かがいた?
胸騒ぎがした。
そして、それは数日後、最悪の形で現実となった。
夕暮れ時、遠くから煙が上がった。叫び声。悲鳴。怒号。
——村が、山賊に襲われた。
「ノア!!」
母が叫びながら駆け寄ってきた。
父はすでに剣を手にしている。顔には決意が浮かんでいた。
「ノア、お前はすぐに裏山へ逃げろ!」
「でも——!」
「行きなさい! ノア、あなたは生きるのよ!」
母に背中を押され、俺は必死で走った。
後ろで父の怒声と、剣の金属音が響く。
足がもつれる。呼吸が乱れる。けれど、止まるわけにはいかない。
——俺を狙って、奴らは来たのだ。
(魔法の存在を、誰かが密告した……)
(俺のせいで、家族が……)
そんな想いが胸を締めつけた。
そして——
森に入った瞬間、俺は“それ”に出くわした。
魔物。
二足歩行の狼のような異形の存在。牙をむき、涎を垂らし、じりじりと俺に近づいてくる。
逃げる暇はない。武器もない。
(魔法……創作魔法……使うしかない!!)
手を突き出し、イメージを膨らませる。
火の矢。炎をまとう矢で、この魔物を撃ち抜く。
(こい! 創れ! 火の矢!!)
——……出ない。
手のひらが震え、吐き気がこみ上げる。
「っく……ぅぅ……」
マナが、足りない。
戦うための魔法。攻撃するためのイメージ。
それを創り出すだけの“エネルギー”が、今の俺には——ない。
「なんで……なんで出ないんだよ……っ」
(俺は、3年間……どれだけ考えて、苦しんで……)
(やっと創れるようになって……それでも……っ)
「くそっ……あの女神っ……!! なんで俺に……こんな魔法、よこしたんだよっ!!!」
叫んだ。涙がこぼれた。
「顔は普通だし……説明は足りないし……っ」
拳を握る。だが、もう魔物が目の前に迫っていた。
「——誰か……助けて……!」
その瞬間だった。
ヒュンッ!
空を裂く音とともに、魔物の頭に弓矢が突き刺さった。
「えっ……」
目の前で、魔物が崩れ落ちる。
——誰かが、助けてくれた?
安堵と困惑が同時に襲ってきた。
だが、そこで俺の意識は、すとんと深い闇に落ちていった。