一夜の脱出計画
謁見の間の扉が、背後で重く閉まる。
その音はまるで断頭台の刃が落ちたような響きで、ノアの背筋を凍らせた。
(終わった——そう思った)
処刑の宣告。国王暗殺という濡れ衣。そして、あの皮肉な一言。
「国王暗殺という大罪だけで重いというのに、不敬罪まで追加とはな」
重苦しい空気を裂くように、貴族の男が笑う。
「だが……不敬罪は許してやる。
心ある優しい大人である私は、こんな子供の発言を許してあげられるほど、寛大な心の持ち主であるからな」
(……どの口が“心ある”とか言ってんだよ)
ノアは歯を食いしばるしかなかった。反論すれば、命はない——それは明白だった。
—
そのまま地下室へと引き戻される。
騎士たちの足音だけが石造りの廊下にこだまする。
扉が閉まる。重く、硬く、決定的に。
「これで……終わり?」
—
闇の中。冷たい空気と沈黙が、ノアの全身を押し潰すようだった。
「処刑……ね」
誰に聞かせるでもなく呟いた言葉が、自分の心をより深く沈めていく。
—
しかし——その夜。
扉が、わずかに、きしむ音を立てて開いた。
光の筋が差し込む。
そこに浮かぶ影。聞こえる声。
「ノア、起きて」
「この声は……フィーネ!?」
弾かれるように振り返るノア。期待と不安を込めて名を呼ぶ。
——だが
「……小林先生!?」
そこに立っていたのは、フィーネではなく、懐かしい姿の教師だった。
「ここでも……ここでも王道展開にはならないのかーーっ!」
怒りにも悲鳴にも似た叫びが、地下の空間に反響する。
—
小林はため息をつき、片手をポケットに突っ込んだまま苦笑した。
「悪かったな、フィーネさんじゃなくて。
てか、お前……フィーネさんの声と俺の声を聴き間違えるとか、相当きてるみたいだな?」
それはいつもの——いつも通りの、少し投げやりで、それでいて温かい声だった。
「……先生、ごめんなさい」
「ったく。こんなときまで“先生呼び”はやめろっての」
不思議なことに、その軽口にノアの胸が少しだけ軽くなる。
(まだ……まだ、終わりじゃない)
—
この出会いが、反撃の幕開けとなる——




