悲劇
王の死を受け、急遽召集された緊急謁見。
ノアは観測塔から急ぎ駆けつけ、玉座の間の重々しい空気に圧倒されていた。
そこに集められていたのは、王政を支える中枢の者たち。そして、見知った顔——小林、アリシア、デュラン、そしてレイナの姿もあった。
(……何が起きたんだ。どうして……)
玉座に座る王妃・セリーヌは、いつもの気品をたたえたまま、しかし明確な威厳と冷静さを保っていた。
「全員、そろったようじゃな」
その一言で、空気がさらに引き締まる。
—
しばしの沈黙のあと、王妃は静かに語り出した。
「……陛下は、三日前の夜、執務室にて突如、火だるまになり、そのまま命を落とされました」
場がざわめく。ノアはその場で呼吸を整え、続く言葉を待った。
「従者の証言によれば、何の前触れもなく炎が陛下の体を包み、水をかけても一切鎮火できなかったという」
「火……が?」
「はい。炎は赤くもなく、青くもなく……異様な“白銀の光”だったと」
誰かが呟いた。
「それって……魔法、ですか?」
王妃は静かに頷いた。
「……これは、魔法のような力による犯行だと、私は見ている」
その瞬間、重苦しい沈黙の中で——全員の視線が、ノアに向けられた。
(……まさか……)
王妃の静かな一言の後、玉座の間に不穏な沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは、重厚な声を持つ、年配の貴族だった。
「王が殺され、犯人が分からぬでは、我が国の沽券にかかわる。
疑わしき者を見逃してはならぬ」
「ここは可能性がないとは言い切れぬ。……ノア・セラン殿は、厳重に監禁すべきである!」
—
その発言が火種となり、他の貴族たちも次々に声を上げ始めた。
「本来、魔法などという“曖昧な力”を容認したのが間違いだったのだ」
「創作魔法? 我々には制御不能な力ではないのか!」
「このまま放置すれば、いずれ我ら貴族社会に牙を剥くやもしれぬ」
ノアはただ立ち尽くしていた。彼らの言葉が、まるで剣のように突き刺さる。
(どうして……俺は、何もしていないのに)
—
玉座の上からその場を見つめていた王妃は、しばらく沈黙したまま、誰にも言葉を返さなかった。
ノアは背筋を正すこともできないほど、急速にその場の空気が凍りつくのを感じていた。
そのとき——
「ちょっと待った」
乾いた声で、その沈黙を切り裂いたのは小林だった。
「ノアに注目が集まるのは分かります。この場で“魔法のようなこと”ができるのは、もしかすると彼だけかもしれない。
でもですね——」
小林は、ゆっくりと間を取った後、はっきりと言った。
「ノアは、まだ魔法をまともに使えないポンコツです」
場の空気が一瞬、抜けるように和らぐ。
「魔法の“可能性”を持ってるだけで、実際には発動すら危うい。
ましてや、あんな複雑で致命的な炎魔法を狙って使えるなんて、あり得ないですよ」
—
「それに、動機がない」
小林は力強く続けた。
「ノアは国王陛下に“保護”され、“機会”を与えられてきました。そんな恩人を害する理由がどこにあるんです?」
誰も反論できなかった。王妃すら、その場では何も言わなかった。
—
ノアは、小林の言葉に救われたような思いで、深く頭を下げた。
(……先生、ありがとう)
だが——視線が逸らされたわけではない。
これから、彼が置かれる立場が“特別”から“監視対象”へと変わるのは、避けられない現実だった。
玉座の上からその場を見つめていた王妃は、しばらく沈黙したまま、誰にも言葉を返さなかった。
だが、ノアにはその“無言”が、かえって不気味に思えた。




