創造の観測
塔アリュースの中央大広間に、ノアは小林と共にいた。天井高くそびえる石柱の間に、魔力を帯びた装置が幾つも配置されている。
「先生……これが“観測炉”ですか?」
「そうらしい。魔力の流れを可視化して、術式の構成を分析する……理屈は分かるけど、現代技術じゃ不可能な芸当だな」
研究員が横から補足する。
「この炉の解析は未だ途中ですが、創作魔法で構築された術式を観測した際、特異な反応が見られました。
まるで……“魔法が言葉を持って語りかけてくる”ような感覚です」
ノアは息を呑んだ。
(魔法が……語る? それは、単なる術ではなく、“意思”を帯びるもの……?)
—
午後。ノアは塔の最上階、禁書庫へ向かった。
そこには、魔法の歴史を語る数千の記録が所狭しと並んでいた。古代語の刻まれた石板、封印された巻物、黒曜石の書板——
ノアはその一つ、「創造環」と呼ばれる円環状の遺物に目を留めた。
それは、中央に“感情”を象るような魔力結晶が浮遊しており、周囲に魔法陣が刻まれている。
「これ……見覚えがある……」
ふと、彼の脳裏に蘇る——
——転生の瞬間、女神の空間に浮かんでいた“輪”と似ていた。
—
その夜。観測塔の演算室にて、ノアは初の実験に臨んでいた。
研究班が立ち会い、術式はすでに構築済み。
「術式名:希望の定義。術者の“内的意志”をマナに変換し、術展開へと繋ぐ」
ノアは深く息を吸い、詠唱を開始した。
「……希望とは、未来を信じる心。過去に縛られず、今を越える力」
魔法陣が光を放ち始める。
「俺は……信じたい。“創造”に意味があるって……!」
だが、その瞬間。
「ぐっ……!」
彼の全身に奔る激痛。視界が歪み、空間が弾け飛ぶような感覚。
「ノア!」
小林が叫び、緊急遮断装置を作動させる。
—
床に倒れ込んだノアの意識は、遠のいていった。
(……俺、まだ足りない。“希望”を創る資格が、ないのかもしれない)
その心の奥で、どこか懐かしい気配が揺れた。
—
「ノア」
声が聞こえた。まるで空気に染み込むような、穏やかで力強い声。
「……セリア……さん?」
そこに立っていたのは、転生の時に出会った女神。だが、前よりも透明に近い光の存在だった。
「あなたは、“私が見たかった世界”の続きを歩んでいる。私はその先を、見届けたい」
ノアは立ち上がり、微笑んだ。
「……行きますよ。俺の“創作魔法”で、世界にもう一度、“魔法”を信じさせてみせます」
—
その誓いが、新たな“観測”の夜明けを告げた——。
……はずだった。
—
それから数日後。
ノアが観測塔で文献を読み解いていたとき、不意に扉が乱暴に叩かれた。
「ノア様! 緊急です! 王城から急報が——!」
走り込んできたのは、塔付きの連絡役。息も絶え絶えに告げられた言葉に、ノアの思考が凍る。
「国王陛下が……暗殺されました!」
部屋の空気が一瞬にして変わった。
「……うそ、でしょ……?」
ノアの手から文献が滑り落ち、床に乾いた音を立てて散った。
(なんで……こんなときに……)
一縷の希望に賭けていた“魔導観測部”という構想。
それを推し進めていた国王の死が、全てを崩しかねない。
だが、ノアの目に宿ったのは、ただの絶望ではなかった。
「……行かなきゃ。俺に、できることを……」
創作魔法の担い手として、“王の遺志”を守るために。




