創造の定義と、女神の記憶
王城の夜は静かだった。重厚な石壁に囲まれた客間は、どこか落ち着いた空気に包まれている。
ノアは古びた魔導書とノートに囲まれながら、ふと隣の席に座る人物を見た。
「先生……俺、女神に会ったことがあるんです」
小林は読んでいた本から顔を上げ、少し驚いた顔をした。
「……マジで?」
「はい。転生のとき、あの空間で。ちょっと可愛くない女神でしたけど……なんか、妙に印象に残ってて」
「うわー、それは……貴重な経験ってやつじゃないか? 俺、気がついたら床だったぞ」
「でも、その女神、言ってたんです。創作魔法は、“可能性そのもの”だって」
—
小林はゆっくりと本を閉じて、肘をつきながら考え込んだ。
「……創作魔法か。お前はそれ、どう思ってるんだ?」
「正直、まだよくわかりません。ただ……使ってて、面白いんです。作るって、何か意味がある気がして」
小林は頷き、静かに語り始めた。
「俺な、創作魔法ってのは、“概念を作れる”魔法だと思ってる」
「概念?」
「そう。形あるものじゃなく、“意味”や“仕組み”や“世界の見方”を創る力。
たとえば、“時間が早く流れる場所”を作るとか、“音を食べる獣”を生み出すとか。
一見ファンタジーだけど、それを魔法で定義できたら、それは現実になる」
「……定義、ですか」
「そう。“創る”ってのは、そういうことなんだ。形を作る、関係を作る、意味を作る。全部“創作”だ」
ノアはその言葉を深く噛みしめた。
「つまり……“世界のルール”を作り直せるってこと?」
「そう。極論すれば、創作魔法が完全に機能すれば、“神”になれるってことさ」
「……最強の魔法、ですね」
「ただし——それができるかどうかは、“想像力”と“意志”と、“責任”次第だ」
—
ノアはふと、手元の魔導書を見つめた。
「じゃあ、マナ不足を解消する魔法って、作れると思います?」
「おう、それな。俺も考えた。マナ不足ってのは、燃料が足りない状態だ。
だったら、“新しい燃料”を定義すればいい」
「新しい燃料……?」
「精神力とか、熱とか、光とか。あるいは、人の“感情”とかでも。
“これをマナに変換する”って法則を、創作魔法で定義できれば、それが新しい魔力供給手段になる」
—
ノアは目を輝かせて言った。
「だったら俺……“希望を燃料にする魔法”とか、創ってみたいです!」
「お前、カッコいいこと言うな。……でもな、それ、本当にやれたら、“魔法を人に返す”魔法だぞ」
「えっ?」
「今の魔法って、一部の才能ある奴だけのもんだ。でも“誰でも希望を持てる”なら、それがマナ源になる。
つまり、お前の創作魔法は、“誰もが魔法を使える未来”を作れる可能性があるってことさ」
—
二人はその夜、語り続けた。
希望、記憶、空気、歴史、誓い、音——
それらを“燃料”とする魔法を、どうやって創れるか。
魔法の定義、持続可能な構造、継承性、リスク、倫理。
全ての“創る”に意味を持たせる夜だった。
—
そして夜が明ける頃、ノアはそっとつぶやいた。
「女神様、俺、やってみます。……この魔法で、未来を創ってみせます」
—
それは、世界の新しい理を“定義”する、一人の少年の挑戦の始まりだった。




