創作魔法に挑む
——それは、まるでゼロから始まる物語だった。
まばゆい光に包まれてから、次に意識を取り戻したとき、俺は“赤ん坊”になっていた。
(まじかよ……)
言葉にならない思考が、俺の中でこだまする。手も足もふにゃふにゃ、口からはヨダレばかり。身体は重く、自分の意思で動かすには程遠い。
そう、俺はいわゆる赤子転生というやつだった。
あの女神——「なんかかわいくない」と口走ってしまった女神。
完璧なスタイルに神々しい雰囲気を持ちながら、顔だけはどうにも普通すぎた彼女。
そんな女神から、「創作魔法」という特典をもらって転生した俺だったが——
まったく、魔法が使えなかった。
それはもう、びっくりするくらいに。
手のひらに念じても、何も出ない。
プリン! 剣! 鉛筆! スリッパ! とにかく出せそうなものを全部考えた。
だが、結果は毎回「空気の揺らぎ」と「謎の吐き気」。
マナが足りない。
明らかに、創作魔法を起動させるだけのエネルギーが、この身体には存在していなかった。
だから、俺は“動く”ことを捨てた。
代わりに、“考える”ことに全振りした。
創作魔法とは何か。
想像とは、どこから来て、どこへ向かうのか。
目の前にあるスプーン、皿、靴、窓、煙……そのすべてを、観察して、記憶して、構造を把握して、自分の中に再現する。
その訓練を、毎日、毎日、繰り返した。
俺が暮らしていたのは、セラン家という小さな家。
父・ディルは無口で厳ついが、職人気質な鍛冶屋。
母・メリアは明るく優しく、家事も育児も全力な人。
そんな二人に囲まれて、俺は言葉を覚え、歩き方を覚え、スプーンの使い方を覚えながら、魔法のことは誰にも話さず、ずっと考えていた。
——そして、転生から3年。
その日、俺は庭の裏手にいた。
母が洗濯物を干している間を見計らい、いつものように物陰に座って、静かに手を合わせた。
今日は、スプーンを創ろうと思っていた。
母がいつも使っている、あの木製のスプーン。
細くて軽くて、温かみのある色合い。
滑らかな曲線、少し深めの皿部分。
それらを、俺は頭の中で完全に再現していた。
「こい……スプーン」
——ぽんっ。
小さな音と共に、何かが手の中に“落ちた”。
黒い。
光沢がある。
重くはないが、明らかに“存在している”。
(……スプーンじゃない)
けれど、それは確かに、俺が3年間思考を重ねて“創った”何かだった。
手のひらに感じる重さと温もりに、俺は震えた。
「……出た」
言葉にした瞬間、涙が出そうになった。
初めて、何かが“出せた”。
魔法が——創作魔法が、ようやく形になった。
その時だった。
「ノア?」
母の声がした。
振り向くと、そこには母メリアと父ディルが立っていた。
二人とも、俺の手の中の黒い塊を見て、目を見開いていた。
「それ……ノアが……?」
「うん。俺が創った」
静かに、そう言った。
しばらく沈黙が続いた後、母が膝をついて俺の手を取った。
「ノア……お願い。絶対に、人前でこの力を使ってはだめ。」
「……どうして?」
「お願い。これは……ただの力じゃないの。もし誰かに知られたら、ノアは……」
父も、言葉少なにうなずく。
「魔法は、もうこの世界には存在しない。知っている者もいない。だから、恐れられる。追われる。そういうものなんだ」
その言葉の重さが、幼い俺にも伝わってきた。
俺は、静かにうなずいた。
「わかった……秘密にする」
家族を守るため、自分を守るため、力を隠す。
そう誓った。
——だが、その会話を、誰かが見ていた。
屋根の上。木陰の奥。
赤い瞳が、そっとこちらを見つめていた。
「ふふ……創ったか、ついに。お前という存在……面白いな」
風に乗って、誰にも届かない声が溶けていった。
こうして、ノア——いや、かつて相川悠真だった俺の、
静かなる創造の物語が、新たな局面を迎えることになる。