女神との、久しぶりの雑談
「……また、お会いしましたね」
その言葉とともに、ノアの前に現れたのは、あの少しだけ可愛くない——でも不思議と印象深い女神、セリア・レイルだった。
「久しぶりですね。えっと……お元気でしたか?」
「ふふ、私が“元気”かどうかなんて、気にしてくれる人、滅多にいませんよ」
セリアは嬉しそうに微笑んだ。前に会った時よりも、どこか柔らかくなった気がする。
「こっちの世界でいろいろあったんです。で、ちょっと気になって……女神様の宗教、どうなってんのかなーって」
「それはまた、奇特な関心を……でも、ありがとう」
二人は静かに、空白の空間に並んで腰を下ろす。
—
「実は今日、セリア教の簡易儀式やってみたんですよ。そしたらここ来ちゃって」
「私と繋がる手段は、確かに残っています。もう、ほとんど使う人はいませんが」
「なんで廃れちゃったんですか? 昔はすごかったって聞きましたけど」
セリアは少し視線を落とした。
「……きっかけは、“アルセイア正教”の台頭です。あなたも調べたでしょう?」
「はい。でも、あの宗教……実際の“神”って、いるんですか?」
女神は一瞬目を伏せ、そして小さく笑った。
「いいえ。“アルセイア”とは、かつてこの世界に転生した一人の人間の名前です」
「え? 神じゃなくて、人間!?」
「彼女は強大な力——いわゆる“チート能力”を持っていました。それを使って世界を救い、その名を信仰に変えたのです」
「うわー……転生者、まさかの宗教創始者パターン……」
「力はやがて“奇跡”と呼ばれ、彼女の意思は教義として語り継がれていきました。アルセイア本人は、私とも何度か対話したことがあります」
「女神公認……ってわけでもない?」
「……彼女の想いは、善意から始まったものでした。ですが、力と信仰は、やがて制度と権力に変わってしまったのです」
「つまり、現代のアルセイア正教は……」
「彼女の理想とは、もう別のものですね。彼女の能力は、“教義継承者”に形を変え、今も受け継がれています」
「力を継承……? それって魔法……じゃないんですか?」
「構造的には似ています。でも“奇跡”は、“選ばれし者のみが受け継げるもの”と定義されていて、一般の魔法とは区別されています」
「なんか……ずるくないですか、それ?」
「ふふ、私も、そう思いますよ」
—
しばらくして、話題はもっと他愛のないものに変わった。
「ノアさん、この前創ったスプーン、あれ良かったですね」
「うわ、見てたんですか!? 恥ずかしい!」
「ちゃんと木の年輪も再現されていて、丁寧に作られていた。……あなたの魔法には、“温もり”があるのです」
「……あの世界で、魔法が嫌われてるの、正直つらいです」
「でも、あなたはちゃんと“見せ方”を工夫している。だから、きっと理解される日は来ますよ」
ノアは少しだけ、顔を赤らめながら頷いた。
「女神様、また話せますか?」
「もちろん。あなたが呼んでくれたなら、いつでも」
その声は、どこか安心感をくれる、不思議な響きだった。
—
「そういえば……アルセイアの能力って、なんだったんですか?」
ノアの問いに、セリアは少しだけ言葉を選ぶように静かに答えた。
「……“創作魔法”です。彼女も、あなたと同じ能力を持っていました」
「えっ、まさかの!? あの、最下位評価の……?」
「ええ。彼女はその創作魔法を極限まで鍛え、神と等しい奇跡すら創り出したのです。
ですが……」
セリアは目を伏せた。
「彼女が残した“奇跡の魔法”は、体系として後世に継承されました。つまり、現在のアルセイア正教が使う“奇跡”は、全て彼女が創作した魔法です」
「……創作魔法、すごいじゃないですか」
「けれど、そこには矛盾もあるのです」
「矛盾……?」
「本来、創作魔法は“自らの想像力と意志”によって展開される、非常に個人的な力。
彼女の魔法を形式として後世に伝えても、それはもはや“創作”ではなく“模倣”に過ぎません」
ノアは息を呑んだ。
「それって……継承されてるけど、本当の意味では“使えてない”?」
「その通りです。彼女の意志と精神性、創造の意味を理解せずに使われる創作魔法は、
ただの“神の真似事”にすぎない」
セリアは、ゆっくりとノアの方に視線を戻した。
「あなたには、彼女が最後まで望んだ、“真の創作魔法”を使える可能性があります。……それを、私は見守りたいのです」
「……俺、本当に使えるようになれるんですかね」
「それはあなた次第です。でも、少なくとも“創りたい”と願うあなたなら——きっと、彼女にも恥じない使い手になれる」
ノアは、その言葉を胸に刻んだ。
(続く)




