召喚と女神と、ちょっとの寂しさ
王立育成所に赴任した小林さんは、なぜか“人気講師”になっていた。
「先生、算数の答えこれで合ってますか〜?」
「小林先生、雑学クイズお願いします!」
生徒たちから“やさしいおじさん先生”として親しまれていた。あの頼りなさげな小林さんが……すごい。
仕事を終えた小林さんが、王城の客間に戻ってきたのは、日が傾き始めた頃だった。
「……あー疲れた……もう脳みそ限界」
肩をぐるぐる回しながら、椅子にどっかり腰を下ろす。
「お疲れさまです、先生。人気講師らしいじゃないですか」
「いやもう、元気すぎるのよ……あの子たち。ちょっとなつかれると断れなくなる性分なのよ、俺」
「ふふ、それ先生の人徳ってやつですよ」
「ノアも笑ってないで癒し役になれ……って、お前、また何か聞きたい顔してるな?」
「バレましたか。先生、召喚って……魔法じゃないんですか?」
小林さんは、しばらく黙って天井を見上げたあと、ポツリと口を開いた。
「それ、俺も思ったんだよなぁ。でもさ……この国、五十年に一度、“召喚祭”ってのをやるんだって」
「召喚祭?」
「うん。国の行事、儀式の一環。形式としては完全に“祭り”。でも本当に人が異世界から来るんだから、たしかに魔法っぽいよな」
「じゃあ……やっぱり魔法、ですよね?」
「んー……誰にも明確な違いはわからんらしい。民衆の中では“神事”として浸透してるから、特に問題視されてないって感じ?」
「精霊術はOKで魔法はNGなのに?」
「そこな。俺も違和感あったけどな……この世界、論理より“空気感”が優先されてる気がするわ」
「気にしたら負け……?」
「うん、特に召喚についてはな。ノアは監視されてる立場だからそうもいかんだろうけど、一般人はわりと流されてるぞ」
「はあ……」
「肩の力、抜け。お前、眉間にシワ寄ってるぞ」
「無理ですって。俺、“監視対象”なんで。気を抜いたら人生終わります」
「なるほど。それもそうだな」
小林さんは、ため息をつきながらも、どこか楽しそうに笑った。
—
そこから、ふと気になって、俺は訊ねた。
「先生……女神って、会いました?」
「ん? 女神? いやいや、俺は召喚されたとき、気づいたら床だったからな。そんな麗しい出迎えはなかったぞ」
「……じゃあ、他の勇者たちも?」
翌日、王城で勇者たちに順番に聞いてみたが、誰も「女神に会った」とは言わなかった。
(……まさか、あの女神って、“転生者”にしか会えないのか?)
少しだけ、胸の中がぽっかりとした気持ちになった。
(元気かな……あの、ちょっと可愛くないけど変に印象に残る女神)
—
そしてまたひとつ、気になる疑問が。
(この世界の宗教って、もしかして……女神ベース?)




