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おじさん、保護者になる


王城を後にしたあと、俺は一つの事実と向き合うことになった。


「では、改めて今日からよろしくな、ノアくん」


手を差し出してくるのは、あの——小林さんだった。


「……ほんとに、俺の保護者なんですか」


「うん。俺も寝耳に水だけどな。でも陛下の命令じゃ、断れん」


そう。俺の希望は見事に却下され、フィーネでも、ひかりちゃんでもなく、この人——“巻き込まれたおじさん”が、俺の面倒を見ることになったのだ。


「フィーネがよかった……絶対その方が有能だし冷静だし」


「俺もなぁ、アリシア姫とかがよかったよ。」


「なんで王様ってこういうとこだけしっかり押し通してくるんですかね……」


「それな。部下にはすごい甘いのに、こういうときだけドS発揮すんなよってな」


「わかる。めっちゃわかる」


ふたりでため息をつく。息が合うにも程がある。



とはいえ、小林さんは悪い人ではなかった。


「この世界で一番最初にショックだったの、やっぱり風呂だよなぁ」


「水ぬるいですよね!? 温泉文化どこいったって感じでした!」


「それ! もう、あの“ぬるい湯にちょろちょろ注ぐ方式”な、あれ毎回泣きそうになる」


「あとトイレも結構来ませんでした? 木の便器ってなんか……抵抗ありますよね」


「うん、あれは勇気要る。しかも流れない。あと音がごまかせないから、めっちゃ緊張する」


「やっぱ文明の差ってキツいっすよねぇ」


「だよなぁ……」


まるで旧友との再会のような盛り上がりだった。


「でも飯はうまくない? あとパンの香ばしさ」


「あーそれは分かる。あとこの世界のリンゴ系の果物、妙に美味い」


「わかる! あのシャリッとしたやつでしょ?」


「そうそう、妙に歯ざわりがいいんだよなー」



そして始まった、共同生活。


部屋は王城内の“客間”を一部与えられていた。

侍女が食事を持ってきてくれたり、ちょっとした洗濯をしてくれたりするが——


「子どもと大人の組み合わせ、完全に父子家庭やなこれ」


「……俺、まだ5歳なんで。おじさん、ちゃんとしないと怒られますよ」


「おう、気をつけるわ。てか、お前5歳にしては妙に口が立つな?」


「人生経験が少し長いだけです」


「……やっぱお前、ただ者じゃねぇな」


こうして、ちょっと変な組み合わせの“新しい生活”が幕を開けた。



だが、王城の生活はそう甘くなかった。


その日の午後。


応接間に現れたフィーネは、淡々と告げた。


「小林。君には“教育任務”が命じられたわ」


「……え?」


「“王立育成所”への派遣が決まった。明日から通ってもらう」


「ちょ、ちょっと待って!? 育成所って、学校だろ!? なんで俺が!?」


「教育“観察”兼“補助”。君の知見と、召喚者としての視点が貴重と判断された。王直属の命令よ」


「それ、ノアくんと一緒に通うとかじゃなくて?」


「ノアは“監視対象”なので別対応よ。君一人、教師として仮赴任するの」


「ええぇぇぇっ!!?」



夕方。王城の中庭で、俺と小林さんはベンチに並んで座っていた。


「……なんで俺が学校通わされるのか、マジで謎すぎるんだが」


「がんばってください。俺は応援してます」


「軽いなぁ!? お前も一緒に行くんじゃなかったのかよ!」


「俺はまだ“観察中の少年”枠なんで。王立機関は無理です」


「おい国よぉ……中年一人放り込むとか、マジでどうかしてるって……」


「でも先生って、ちょっと憧れません? “先生小林”とか言われて」


「俺にそんな威厳ないし、生徒に敬語使っちゃうタイプだぞ?」


「じゃあ逆に、すごい優しい先生枠で人気出るかもしれないっすよ」


「むしろなめられる未来しか見えない……!」


ふたりで頭を抱えてため息をつく。



翌朝。


小林さんは、軽く整えた髪に借り物のきれいな服を着て、やや浮いた感じで馬車に乗せられた。


「……じゃ、行ってくるわ」


「はい。いってらっしゃい、“先生”」


「お前それ、絶対面白がってるだろ……!」


見送りながら、俺は思った。


(……まぁ、あの人なら、きっと何とかするだろう)


そしてこの“中年召喚者”が、予想外の場所でとんでもない存在感を発揮するのは——

もう少しだけ先の話になる。



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