試される少年
試験当日。
中央魔導管理院の専用試験室に案内された俺は、ひとりだった。
大きな部屋に置かれた長机。壁には魔導紋が刻まれ、記録用の結晶石が淡く光っている。
(……え、他の受験者はいないの?)
「君は特例だ。“特異対象”として、個別評価となる」
フィーネの説明に、俺は小さく頷いた。
(ああ、なるほどね。俺、特別枠なんだ……)
やや緊張しながら椅子に座ると、試験用紙と筆記具が用意される。
——この試験で、自分がこの世界でどう評価されるかが決まる。
——そして、それは“ただの成績”以上の意味を持つ。
(……やるしかないか)
試験が始まった。
まずは基礎。読み書き、計算問題。そこまでは余裕だった。
——そして、問題用紙の最後にぽつんと記された一文。
【魔法とは__】
(……は?)
あまりにもシンプルすぎる設問に、逆に身構える。
(こんな罠に引っかかるかっての……)
俺は慎重に、しかし適当にそれっぽい文章を書いた。
『魔法とは、かつて存在したとされる幻想の力です。現在は失われているとされ——』
(これくらい無難でいいだろ。うん)
気を取られていた。その設問の違和感に、頭がいっぱいだった。
——そして、次に出されたのが“古代語”の解釈問題だった。
(……なんか、妙に読みやすいな?)
文字の構成も、言い回しも、どこか馴染み深い。だが俺は、先ほどの「魔法とは」に意識を引きずられたままだった。
(まあ、読めるならそれでいっか)
軽い気持ちでスラスラと解いていく。
問題の文面には、一切の違和感を覚えなかった。
試験のあと、俺はすぐに中央の審査室に呼び出された。
重苦しい雰囲気の中、フィーネと並んで立つのは中央魔導管理院・審査管理室長、ベルトール・ラシュト。
「ノア・セランくん。君が“古代語”の解答に用いた文字と文法——これは、我々が“前文明語”と呼ぶ、いわゆる“日本語”だ」
「……日本語?」
「そう。我々の世界では既に失われた言語。それを、君は完璧に使いこなしていた」
彼の目が細くなった。
「……君は、“転生者”だね?」
俺は一瞬、心臓が止まりそうになった。
(バレた……!?)
だがすぐに、頭が働いた。
(いや……これは罠かもしれない)
咄嗟に、俺は口を開いた。
「……転生者?俺は、普通の村の子供です」
沈黙。
ラシュトはしばらく俺を見つめ、そして笑った。
「……そうか。いや、少し残念だよ。もし君が転生者なら——本来なら、自由が与えられたのに」
「……えっ」
その一言が、心を揺さぶった。
「魔法を使ってもいい。過去の知識を持っていても咎められない。転生者であれば、すべてが“正当な背景”として認められる」
(……そ、そんな……)
「だが、そうではないというなら……我々は君を、特異存在として厳重に管理するしかない」
迷った。
本当のことを言えば、危険。
でも、転生者だと名乗れば——自由?
(……もしかして、チャンス……?)
俺はもう一度、口を開いた。
「……嘘です。俺、転生者です」
「ほう。そうか、“思い出した”かね?」
俺はうなずいた。
それを見たラシュトは、薄く笑った——まるで、それを“待っていた”かのように。
「だが、ノアくん。そんな貴重な存在を、国が放っておくわけがないだろう?」
「……え?」
「転生者であるならば、君は“国家資産”だ。管理され、監視され、自由は——ない」
俺の血の気が引いた。
「さっき言った“自由”というのは、あくまで制度上の話だ。実際は——言葉にするのは酷か。」
(……騙された!?)
「だが安心したまえ。君の価値は、必ず正しく評価される。……まずは、国王陛下に会ってもらう」
「……国王、陛下……?」
「そう。王城で、君の“身の処し方”について話し合う必要があるからね」
自由を求めたつもりが——
その代償に、俺は完全な“鎖”を自分にかけてしまった。




