顔以外は完璧な女神
人生、何が起こるかわからない。そんな言葉を、誰かから聞いた記憶がある。
でもまさか、自分がそれを体感することになるとは。
あれは、いつもの深夜残業明けだった。
街は雨。俺はクタクタの体で、コンビニで買ったプリンをぶら下げながら信号待ちをしていた。信号が青に変わるのを確認し、足を前に出したその瞬間。
——キキィィッ!!
強烈なクラクションとともに、視界が真っ白になった。
次に気づいたとき、俺は真っ白な空間に立っていた。
足元も空気も、なにもかもが曖昧。まるで夢の中にいるような、ふわふわした感覚。
「……あれ、死んだ?」
「ええ、見事に」
突然背後から声がして、俺は飛び跳ねるように振り返った。
そこにいたのは、一人の女性。
長い黒髪、透き通るような肌、流れるような立ち姿、完璧なスタイル。しなやかな指先に、艶やかな唇。
だが——顔が普通だった。
「……なんか、かわいくない」
「はあ!? 初対面の神に何を言ってるんですかあなたは!」
目の前の女性は、どうやら“女神”らしい。
でも、期待していたような“絶世の美女”ではなかった。圧倒的なオーラに相反する、なんというか、親近感のある顔立ち。
「異世界転生ものって、たいてい顔まで完璧な女神が出てくるんじゃないの?」
「それはフィクションです!!!」
怒鳴られた。
でも、怒鳴る顔が普通なので、なんか威圧感がない。すごいことを言われてる気がするのに、ぜんぜん怖くないのが逆に怖い。
「……さて。あなたには、異世界に転生していただきます」
「……あ、やっぱそういう流れなんだ」
「はい。俗に言う“異世界転生”ですね。あなたは運がいい。選ばれました」
「いや、トラックに轢かれた時点で運は悪いでしょ」
「細かいことは気にしない。では、転生特典を選んでください」
彼女が手を振ると、目の前に浮かび上がる透明なスクリーン。
そこには、いくつかの特典が並んでいた。
神速剣術の極み
無限収納空間
賢者の知識
モテ体質(※副作用あり)
創作魔法
「……創作魔法ってなに?」
「想像したものを具現化できる魔法です。物質でも概念でも、創れます」
「うお、すげえ! じゃあこれで!」
「……はぁ。毎回言ってますが、それ、ランキング最下位ですよ?」
「えっ」
「使いこなした者はいません。全員途中で脱落。大半は“農業の道に進んだ”と報告があります」
「逆に興味湧いたわ」
「はぁ……創作魔法で大根作るとか、意味あるんですかね……」
「あるよ、味噌汁の具に最適」
「……はい。ではその選択、確定でよろしいですね?」
「うん、ロマン感じる」
「では——行ってらっしゃい……と言いたいところですが、ひとつだけ」
女神の声が少しだけ真剣味を帯びた。
「あなたが行く世界は、魔法がすでに衰退していて、ほとんど使われていません。理解されにくいどころか、忌避されることすらあります」
「……え、それって創作魔法めちゃくちゃ使いにくいってことじゃ……」
「それでも、選んだのはあなたです。頑張ってくださいね」
女神がにっこりと笑った。
……あれ、笑うとちょっとだけ印象変わるな。
「……笑顔は普通に綺麗だな」
「黙れ」
光が俺を包む。
眩しさとともに、感覚が遠のいていく。
「ちょ、待って! やっぱチェンジで——!」
だが女神は、にこやかな無表情で手を振っていた。
こうして、俺の異世界転生は始まった。
——かわいくないけど妙に印象に残る女神との出会いから。