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ブラックジョーク

バイト先が店ごと異世界に転移したので、そのまま営業しちゃいました

同じ店で働いていた4人組が 異世界に店ごと転移した

調理道具も飛ばされたため 簡単な料理はできるのだが

電気もガスもないこの世界で使えるものは限られている


防犯を兼ねた包丁、使い込まれたフライパン

異世界では入手困難なプラスチックの抗菌まな板

ガラスの食器もこの世界では貴重で価値があるらしく

異世界で高級店として再スタートをすることが出来た



「そういえば彩香の胸もまな板に使えるんじゃないの」



店長の美穂 (みほ)は食材を切りながら軽口を叩く

仕込みはお客さんのいない昼過ぎに済ませておきたい

冷蔵庫のない異世界では衛生管理に気をつかう

作り置きせず、手早く、なるべく火を通した食材を使う



「ゴホゴホ、店長! セクハラは異世界でも禁止です!」



成美 (なるみ)は四人の中で最も若い新人のバイトだ

いまはかまどで火をおこしている

幸い異世界でも米の入手は比較的簡単で

パンと違って保存もしやすく重宝している



「肉の仕込みは私がやるよ、今すごく刃物が握りたくてさ」



スレンダーで日に焼けた肌の彩香 (あやか)は米を研ぐ

笑顔で殺気を店長に向けながらも繊細な手つきで米を洗い

今朝、山で汲んできた湧き水を金属の釜に入れる

米を浸水させてから、かまどで炊き上げるのだ



「気にしなくて良いのよ彩香、店長と違って本物だから」



さりげなく店長の豊胸手術をバラす沙織 (さおり)

野菜の皮をむきながら、しれっと爆弾発言

バイトリーダで古株の沙織は同性に対して遠慮がない

それでいて顔の向きも変えず黙々と作業する



「べ、別にいいだろ、いまどき美容整形なんてフツウだし」



動揺する店長の美穂

切り分けた野菜を使いやすく小分けにしていく

異世界に来てからは、美容整形なんて話もいい思い出だ

シリコン代わりにスライム注入というわけにはいかない



「そんなお金あったらバイト代あげてくださいよ」



成美の提案に三人もうなずく

別に時給が低かったわけじゃないが

たんに店長をからかうのが楽しいのだ

異世界では時給じゃなく収入は平等に四等分している



「そうだよ、べつにスタイルの良さが全てじゃないだろ」



実際に彩香はモテる

中性的な美形に加えてスレンダーで怪しい魅力

異性、同性、問わずにモテた

しかし本人はそれを自覚していない



「まあでも、その豊満な体で成美の彼氏を奪ったわけだし」



沙織の一言で緊張が走る

二ヶ月も前のことだ、みんな知っている

異世界転移前の店でキレた成美が大暴れして

結局みんな忘れようと話し合ったことなのに



「もうやめようよ、その話は」



美穂は手を止めて暗い表情でまな板を見つめる

握っている包丁が怖い

煮込んだスープのなべ底からわきたつ泡のように

記憶の底に沈めたはずの暗い過去が浮かび上がる



「も、もう忘れたからいいんです、その話は」



成美はしゃがんでかまどの中を見つめ

こちらに顔を向けない

炭が炎も出さずに燃え

ときおりパチパチと爆ぜる音がする



「あの男さ、わたしにも声をかけてたんだ」



我慢していた彩香が、今まで黙っていたことを口にした

秘密にしていたわけではないのだが思い出すのが嫌だった

しかし異世界に来て気が緩んだのか吐いてしまう

彩香はわずかな後悔を代償に胸のつかえを取ることができた



「そう、でもあの男の噂、急に聞かなくなったわね」



沙織は冷たいそぶりを見せたりもするが

本当は誰より仲間思い

悪い噂の絶えない男の行方をひそかに追っていたが

ある日を境にぱたりと消息が途絶えていた



「 ああ あたしが 殺したんだよ 」



さっきから微動だにしない美穂が

見つめるまな板に懺悔するように

みずからの罪を告白した

冷えた厨房の空気が重い



「 わたしも 手伝ったんだよ ね 店長 」



成美は立ち上がりこちらに顔を向けた

しかしその表情は恐ろしくて見ることが出来ない

かまどの炭はパチパチと

踊る火の粉を舞い散らしている



「嘘だろ、冗談だよな、よせよ、店長、成美、嘘だよな」



彩香は異世界転移したときに

この世界にも普通に人間がいてホッとした記憶がある

しかし今彩香の目の前にいる二人は

更に違う世界から来た、人に似た何か別のモノに見える



「………………………」



沙織は何も言えない

沙織は何も見えない

沙織は何も聞こえない

沙織は何も信じない









「なぁぁぁぁぁんちゃって!うっそだみょぉぉぉん!」



店長の美穂がおどけて叫んだ

白目をむいて笑顔でジャンプ

口から少し、よだれが垂れた



「信じた?信じちゃった?ギャハハハハハハハ!」



成美が腹を抱えて笑う

実はあの男のことなんか

今はどうだっていいのだ



「あ、あ、あんたら!ふざけやがってチクショウ!」



彩香は地団太を踏んで悔しがる

すぐに騙されその気になるのも

モテる魅力の一つなのだ



「………………………開店準備、始めるわよ」



沙織は知っている

あの男の最後の足取り

それは店長・美穂の自宅だったことを


そしてそこには

成美がいたことを


かまどで炊いた、ご飯ができた

お釜を開ければつやつやの米粒









開店準備が始まる

電気のない異世界で

光らなくなった看板を表に出す

そこに刻まれた店名は

前の世界では飲み屋だった名残を残す


「 おかまバー 美穂 」


さあ、四人の男たちの 忙しい夜の始まりだ

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