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それぞれのジレンマ

 様々な思惑が交錯している中、キャロラインは頭を下げ続ける人物を前に少し困っていた。やらかした本人ならまだしも、その身内が平謝りするのは見ていていたたまれない気持ちになる。


「ミシェル殿下、キャロライン嬢が困っておりますよ。そろそろ頭を上げてはいかがですか?」

「だが、あいつのやった事は……」

「クリスの言う通りです。確かにジョエルに対する怒りはありますが、殿下が謝る必要はございません」


 従者のクリスが助け船を出してくれたお陰でようやく頭を上げてくれてホッとする。今日は比較的体調が良いと聞いているが精々ベッドから起き上がれる程度だ。余計な心労は負わせたくない。

 飄々としているように見えて昔から責任感が強いのだ。

 

 母親同士が友人というのもあり、昔から遊んでいた王子達とネヴィル家の子ども達は自然と幼馴染の関係になっていた。

 ミシェルはキャロラインとダイアナを本当の妹のように可愛がってくれていて、キャロラインも実の兄は居れど彼の事も兄のように思っていた。本当に優しくて大好きな人なのだ。

 だからこそ義理だけど兄弟になれる日を心待ちにしていたのに、幸福な未来が壊されるというのは思った以上に精神に来る。


「父上と母上から聞いたぞ。俺はこれから暫く田舎暮らしだそうだな」

「寂しくはなりますが、あのような事があっては良からぬ事を企む人間は出て来ますから」


 相槌を打つキャロラインにミシェルは悪戯っぽく口端を上げる。手招きされて耳を近づけると驚くべき事を囁かれた。


「父上達は政争に巻き込まない為と言っていたが、君は本気で俺を治すつもりなんだろう?」


 その言葉に思わず目を合わせれば彼は悪戯が成功したような顔をしていた。


「どうしてそれを……?」

「伊達に付き合っていないぞ?君はこういう時、ある程度の見当がついて言っているんだろう?」


 キャロラインは内心で降参する。彼の病気については情報を小出しにするつもりだったのだが、勘が鋭い人間を相手にするのはやりにくい。

 彼を蝕んでいる病気、レトラジ症はこの国では認知されていない。まずはミシェルと同じ症状を抱える人間の調査を行って共通点を洗い出し、彼の他にも同じ病に掛かっている人間が存在すると周知させる事から始まる。


「現時点ではまだ推測の域を出ておりません。ですので暫くは内緒でお願いします」

「推測でも良いさ。王宮の医者達はもう打つ手は無しと半ば諦めてしまっているんだ。だから気長に待つさ」

 

 唇に人差し指を当てるキャロラインに「待つのは慣れているんだ」と返答した彼の声はどこか寂しい。

 以前は健康だっただけに身体が重く思うように動けない状態が何年も続くのは苦痛であっただろう。乗馬などの趣味を楽しめず、王族としての使命も全う出来ない。


 頼みの綱の医者にさえ匙を投げられてしまえば途方に暮れるしかない。この先ずっとこのままなのか、そう思いながら過ごすのは出口の見えないトンネルを進み続けるようなものだ。

 

 自分はゲームの知識で彼が回復すると知っている。でもミシェルにとっては最早諦めの境地かもしれない。気長に待つと言っている辺り今回も多分そんなに期待していないだろう。

 別に信じてくれないのを悲しいとは思わない。予防線を張りたくなる心理はキャロラインにも分かる。

 だからこそ出来るだけ早く彼には元気になってほしい。


「結局俺は役立たずのままだ。こんな時に馬鹿な弟を張り倒す事すらままならない……」


 シーツを握る彼の手が震えていた。口調こそはいつも通りだが内心腸が煮えくり返っているに違いない。弟を誑かしたシャーロットにも簡単に色香に堕ちたジョエルにも、そして何も出来なかった自分自身にも。

 優男と称されるが内に熱いものを秘めているのが彼が彼たる所以だ。

 

「そんなに握り締めては手が切れてしまいますよ……」

「お?おぉ、すまんすまん」

 

 彼女に指摘されて漸く開いた手の平は随分と深い爪の痕が付いていた。


「少し旅行に行くとでも考えましょう?5年間王都から出られなかったんですから。それで体調が優れている時で良いので家から出られない私に手紙を送ってください」

「手紙?」

「そうです。窓から見える景色とか音とか書いて、文面だけでも私を外に連れて行ってください」


 絶対に治るなんて言葉は神経を逆なでするだけだし下手な慰めは何の効果も無い。考えた結果気晴らしの提案くらいしか出来なかった。

 本当は知っている事全てを話して安心させたいが、それをすればシナリオに目を付けられるかもしれない。最悪ミシェルの病の原因が変われば治せるものも治らなくなるのだ。

 だから黙っているしかない。正直ジレンマだ。

 

「詩的な事を言うな。分かった、確約は出来ないがやってみるとしよう」


 それでも笑ってくれるミシェルは優しい兄貴分だ。手紙が本当に気晴らしになれば良いと思う。

 もう少し話をしていたいが彼の体調の面もあるし自分もやるべき事がある。

 椅子から立ち上がったキャロラインはドアの方に行こうとして、まだ質問が残っていたと振り返った。

 

「そういえばミシェル様を診察したお医者様の出身国は皆様どちらでした?」

「……?全員この国の筈だが……?」

「ありがとうございます。参考にしますね」

 

 一体何の参考にするのか。質問の意図がさっぱり読めず、ミシェルとクリスはお互い顔を見合わせ首を傾げた。

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