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みんな笑っていた

 披露宴が後味の悪い結果に終わり気まずい空気が流れる中、国王が仕切り直しとばかりに殊更明るい声を挙げる。


「皆もこれで帰るのは物足りないであろう。というわけでディレンブルク侯爵令嬢、前へ」

「はい」


 キャロラインは国王夫妻の近くに歩み寄るとスカートを持ち上げお辞儀する。今度はこちらが主役になる番だ。

 

「そなたは我が息子、ミシェルの病の治療の手掛かりを得る為に奔走し、見事に一部の船乗り達が同じ症状に苦しんでいるという情報、並びに息子を含めた彼等の共通点を発見してくれた。

 その功績を讃えてルナヴァール領を与える。これからはルナヴァール女伯爵を名乗るが良い」

「ありがたき幸せ」


 ギャラリーがざわりと揺れる。ルナヴァール領は国領の中でも税収が良く、与えられれば安泰だと言われている土地だ。つまり王家はそれ程感謝しているという事である。

 

 更に言えばこの国では女は家督の継承権を持たない。その為良い家柄の相手との結婚が安定の道なのだが、キャロラインは今回の功績によって領地を得た。

 要するに個人資産を持てるようになった以上、無理に結婚する必要が無くなるという事だ。


 社交界では例え冤罪であっても、婚約が破談になれば経歴に傷が付いたと白眼視する者も中には居る。

 そういう者達は悪気があっても無くても、被害者側にも非はあったのではないかと重箱の隅をつつくように粗捜しをし、人間ならば誰もが持ち得る些細な欠点をさも重大であるかのように大袈裟に吹聴する事がままあるのだ。

 

 今回の領地の下賜はそういう人間に邪魔されて縁談が来なくとも困らないよう、他にもジョエルによる勝手な行動の慰謝料も含んだものである。

 少なくとも王家から直々に爵位と領地を賜る程の功績を挙げた令嬢を、貶めようとするのは自殺行為でしかないのだが。

 

「目出度く此処に新たな当主が誕生した。皆そのお祝いをしようではないか!」


 国王の鶴の一声で披露宴が爵位授与の祝典へと変わる。それまでの流れが前代未聞であろうと空気の読める彼等は全力でこの流れに乗っかった。

 あの2人は国王と王妃の怒りに触れて排除された。それまでである。割り切らないとやっていけないのが貴族社会だ。

 

 新しい女当主におめでとうと口々に祝いの言葉が掛けられる。侯爵家の令嬢で国王からの覚えもめでたく、更には利回りの良い土地の領主とくれば繋がっておきたいと考えるものは多い。

 この分だとどこぞの貴族から次男坊三男坊を婿になどの声も掛かりそうだ。幸か不幸か縁談には困らないらしい。

 

 シャーロットの友人達も彼等に紛れて媚を売って来るがもう遅い。彼女に尻尾を振っておいて、素知らぬフリで此方の派閥に戻った気でいる者も同様である。

 さっさと身の振り方を考えた方が賢明なのに、自身に火の粉は降りかからないとたかを括って、甘い汁を吸おうとおべっかを使う様子は愚かだと思う。

 報復の準備は出来ていると聞いたがギリギリまで油断させる為にも適当に相手をしておかねば。


 場内が賑やかになった事で、空気を読んで動かないでいた楽団が明るい舞踏曲を奏で始める。それと共に裁判用に設置されていた机や椅子が片付けられ、入れ違いに様々な料理や酒が運ばれて来る。

 

 長い戦いの終わりに肩の荷が降りたような心地でいると、若い男性達から次々と手を差し出される。皆ダンスに誘っているのだ。

 

 フリーの女伯爵のファーストダンスの相手は誰か、注目されない筈がない。恐らく最初に彼女が手を取った人間が次の有力な婚約者候補となる。

 

 誰もが行方を固唾を飲んで見守っているが、生憎誰と踊るかは既に決めている。

 後ろを振り返って父と目を合わせる。片眉を上げつつも意を汲んでくれた父は、少し照れ臭そうにしながらも手を伸ばしてくれた。

 

 最初に踊るのはここまでいつも見守ってくれていた父と一緒だとずっと前から決めていた。その手をとって開かれたスペースへと移動する。フラれた者達も父親が相手ならば仕方がないと素直に引き下がった。

 

 父と踊るのは何年ぶりだろう。あの人と婚約してからめっきり無くなってしまったけど、あの頃よりシワが深くなって、だけども自分を見る愛情深い目は昔とずっと変わらない。

 

 横目で玉座の方を見ると、この頃いつも張り詰めたような顔をしていた国王夫妻が穏やかな表情で自分達を眺めていた。ミシェルも使用人に持って来てもらった椅子に座って、時折国王と楽し気に会話をしている。

 大事なものはすり抜けて行ってしまったけれど、別の大事なものは取り戻せた。きっと自分もあの人達もこの痛みを抱えながら生きていく。時が経って角が削れ、丸くなっても痛み自体はずっと残ったままでいる。


 だけどそれが人間かもしれない。だから今こそ笑うんだ、笑って今この時を大切に噛み締めるんだ。

 

「どうしたんだ?キャロライン?」

「何でもありません。ただ……お父様と手を繋ぐのは随分久しぶりだと思いまして」

 

 その時、父にしては珍しく他人が見ている前で声を上げて笑っていた。

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