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真打の登場

「兄上……?何故……?」

「ディレンブルク侯爵令嬢が私の病の治療に尽力してくれてな。ディレンブルク侯爵令嬢、礼を言う」

 「勿体なきお言葉……」


 王妃教育で鍛え上げられたカーテシーを披露するとギャラリーから驚嘆の声が挙がる。

 

「田舎に移ったのは婚約破棄された傷心からだけではなかったのか」

「流石キャロライン様。揺ぎ無い信念と精神、感服するしかないわ」

 

 反応はほぼ好意的で、これなら早期に社交界に返り咲く後押しにもなるだろう。演出を担ってくれた夫妻とミシェルには、後でこちらからもお礼をしなければならない。

 

 予想外の人物の登場に呆気に取られていたシャーロットだが、ミシェルの復活にキャロラインが関わっていたと聞いてキッと般若のような顔を向けた。

 

「あっ、あんた転生者ね!卑怯者!ヒロインの私にこんな事をしておいてただで済むとでも思っているの!?」

「は?テンセイシャ?」

「惚けないでよ!あんたも前世の記憶を持ってるんでしょ!」

 

 馬鹿正直に白状する訳も無く知らないフリをし続ける。

 彼女は少しは周りを見た方が良い。前世の記憶発言で更にギャラリーが「妄想がそんなになるまで肥大化しているのか」とか「麻薬って怖いわねぇ……」などと囁いているのに。


「『卑怯者』とは随分な言い草ですね」

「黙れよ!悪役令嬢の癖に!悪役令嬢ならそれらしく惨めにしてろよ!ヒロインの私を引き立たせるのがあんたの役割でしょうが!」


 ギャアギャアと唾を飛ばして騒ぐ彼女の姿は100年の恋も冷める勢いだ。折角の可愛い顔が醜く歪んでヒステリックに叫ぶ場面をバッチリジョエルに見られてしまっているというのに。

 それに卑怯者は彼女の方だ。王妃になるシナリオ通りに進める為に、無実の人間に罪を着せて彼を騙して。予定されていた婚約がおじゃんになった所為で、国や王家がどれ程損害を被るのか知ろうともしないで国を混乱に陥れた癖に。

 

 返り咲く為に手段は選ばなかったが、コイツにだけは卑怯者と呼ばれる筋合いは無い。


「あぁそれとも私に成り代わろうって魂胆?何てバカなの!あんたみたいな悪役令嬢がヒロインの私になれる訳ないでしょ!」

 

 終いには狂ったように笑い出すシャーロットに段々と自分の肩が震え始める。我慢しなきゃと思っていたけど、我慢する程限界が近づいて来て、とうとうこちらも腹を抱えて盛大に笑ってしまった。


「何がおかしいの!?」


 思っていた反応と違い、歯を剥き出して噛みつく彼女に笑いながら理由を説明してやる。

 

「だって私、貴女の事正直言って見下してるし、貴女のような人間には成りたくないのに……っ、成り代わりたいだのなんだの思い込んでいるのが、お花畑過ぎて……フフッ!」

 

 それだけ何とか言い切ると、また堪えきれずに笑いが零れる。そんな自分の様子に逆上したのか、「煩い!」と怒鳴り散らす彼女に現実を突き付けてやった。


「それにさっきから『悪役令嬢』だの『ヒロイン』だの言っているけど、私は悪役になんかなった覚えはないし、もしこの世が貴女の為の物語だとしたらそれこそもう物語は終わっているんじゃないの?」

 

 だってもうエンディングを迎えて「夢むこ」のヒロインとしての物語は終わってしまった。ヒロインでなくなったシャーロットはただの少女でしかない。


「はぁ?何言って…………っ!」


 ピンと来ないのか顔を顰めていたシャーロットだったが、思い当たる節があったのか一気に顔色が悪くなる。


「ち、ちがうの!私はこれから先もずっとヒロインなの!王子と結婚して幸せに暮らすの!」


 幸せに暮らせるかどうかは今後の彼女次第だけど、王子と結婚は出来たじゃないか。今は元王子の田舎の貧乏子爵だけれど、社交界に出る事はまず無いだろうし、散財しなければそれなりに気ままな生活を送れる筈だ。

 無理矢理引きずられて行く彼女を見送りながらもう二度と会わない事を祈った。


 シャーロットが消えてジョエルが取り残される。彼は何やら言うべきか否か、少しの間逡巡するとボソリと呟いた。


「兄上の治療に関わったという事は、やはり最初は兄上と婚約する予定だったと知っていたんだな……」

「ミシェル殿下と婚約……?私が……?お父様、殿下……リッテル子爵が話している事は本当なのですか?」


 肯定でも否定でもなく父親に疑問を問うキャロラインにジョエルの顔がこわばる。何を隠そう、彼の問いこそがジョエルとキャロラインの間に軋轢が生じ、シャーロットが割って入るに至った根幹であるからだ。


「そうだ。当初の予定はミシェル殿下とお前が婚約する筈だった。しかし殿下が例の病にかかり、政務は難しいだろうと判断されて子爵との婚約に変更されたのだ。

 しかし子爵、なぜその事をご存知で?」

「進級前、陛下の執務室を訪れた際に……」


 シナリオ開始直前、政務の相談をしようとジョエルは父親の執務室を訪れていた。その際先客にクロードが居たので、ならば待っていようと思ったのだが、その時に聞こえてしまったのだ。彼女との婚約の真実を。


『ミシェル殿下が床に伏せってからもうすぐ5年ですか……』

『あぁ……、私より若い人間が弱っているのは見ていられん。もしやずっとこのままかもしれんと思うと…………』


 2人の苦しげな声に心配してくれている人が居る安心感と同時に心に暗い影が落ちる。健康だった兄が原因不明の病で起き上がれなくなってからもうすぐ5年が経つ。

 あの真面目な兄が仮病を使うとも思えない。それなのに口さがない者達は勝手な事を言ってばかりで腹が立つ。

 

『やり切れんが、キャロラインの婚約をミシェルからジョエルに変更したのは結果的に良かったとしか言いようがないな』

『あの子の事です。婚約者がどちらであろうとも妻として尽くしていたと思いますよ』

 

 ガン!と頭を殴られたかのような衝撃だった。

 彼女もこの事を知っていたのだろうか、いや侯爵の口振りからしてその可能性は高い。それじゃあ彼女が今まで僕を支えてくれていたのは、幼馴染の情からじゃなくて単なる義務だから?

 自分は兄のように優秀な人間じゃない。手助けしてくれていた裏で、もしやずっと僕の不甲斐なさに呆れていたのでは……。


 本人に自覚はないがジョエルは自己肯定感が低い。その原因は彼の兄にある。

 

 勿論両親は分け隔てなく愛情を与えてくれるし兄弟仲も良い。兄の事は尊敬しているし自慢でもある。

 だが為政者として類まれな能力を持つミシェルと、優秀だが兄には及ばないジョエル。比較して不平を並べたり将来を不安視する輩もおり、そういう人間に限って声が大きかった。

 

 否定の声を聞き続けた結果、彼は否定の言葉こそが妥当な評価であり、両親や身近な人間から贈られる温かい言葉は身内の欲目や気遣いだと信じ込んでしまったのだ。

 

 彼にも兄が持ちえない長所があるのに、それを認められず「全てが兄より劣る」と自分で掛けた呪いの言葉が淀のように彼の心に沁みついていた。


 その為キャロラインが本当は兄と婚約する筈だったと聞いて彼の悪い思考の癖が間違った答えを導き出してしまった。

 

 もし、もう少しだけ冷静を保っていれば『よもや彼女に話したのではあるまいな?』『勿論ですとも。あくまで話したとしてもですよ』という会話が聞こえていただろう。

 聞こえなかったとしても勇気を振り絞って本人に問いただせば誤解は早く解けた筈だ。


 しかしショックで周りの音が聞こえず、真相を解き明かした際に彼女の口から何を言われるのかが怖くて彼女と向き合えず、態度が分かりやすいシャーロットに逃げてしまったのだ。

 

 トゥルーエンドだとその誤解を解く為にシャーロットが奔走するのだが、この世界ではすれ違ったままここまで来てしまった。


 抱えていたわだかまりの全てを吐露したジョエルは、眉を下げて婚約者だった彼女と目を合わせる。そこにはもう憎悪も嫌悪も無く、ただ真っ直ぐに彼女を見ていた。その顔をもう少し早いうちに見たかった。


「お前は本当に知らなかったのか……」

「はい、陛下にもお父様にも知らされておりませんでした」


 前世の知識がある分ゲームとして知ってはいるが、縁談を決めた当主達から直接聞かされた事は無い。思い出すのが早ければ何とかなったかもしれないが、もっと話が拗れていた可能性もある。所詮は全て仮の話だ。

 

 ただ元婚約者としてこれだけは伝えておかなければならなかった。


「ジョエル様、貴方は兄君より少しだけ頼りない部分もあるかもしれません。ですが私は貴方の手助けをする事を、今まで嫌だとは1度も思った事はありません。

 むしろそれで貴方が助かるのならばと喜んで引き受けてきました。他の方もきっと同じ気持ちだったと思います」


 ミシェルの才能が他者を従わせる圧倒的なカリスマ性なら、ジョエルの才能は周囲の人間に支えてあげたいと思わせる能力である。

 ゲームのキャロラインもこの世界のキャロラインも、心から彼の力になりたいと思い自発的に行動していたのだ。悲しいかな、それに気付いてくれる事はなかったけれども。


 「そうか……僕は何も知らなかったんだな…………」

 

 

 彼は俯くと使用人に促されるままに無言でドアの向こうへと去って行く。華々しく登場した時とは打って変わった静かな退出だった。

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