裁判③
「ドレスの謎が解けたところでもう1つの件に入ろう」
国王が手を叩くとトレーを持った使用人が現れる。トレーには何かが載せられており、それを見たシャーロットは思わず「何故それが……」と呟いてしまった。
「そなたが売ったのを買い戻したのだよ。何せ実親からの誕生日プレゼントなのだろう?」
そこにはもう用済みだからと、金策の為にあの日売り払った筈の髪飾りと、それを収めるケースが載せられていた。
ジョエルからしてみれば無惨にも壊されてしまった筈の髪飾りが、傷1つ無い状態でそこにあるのに自然と声が震える。
「それは、キャロラインに壊された筈だろう?何で此処にあるんだ……?」
「影からの報告を順を追って話そう。まずシャーロット嬢は⚪︎月⚪︎日、イミテーションアクセサリーを製作する店にて、この髪飾りと見た目がそっくり同じ模造品の作成を依頼。
⚪︎月×日に出来上がった品を引き取り、その5日後に髪飾りが壊される事件が発生した。勿論そこに居るシャーロット嬢自身が模造品の方を破壊したのは影が視認済みだ」
とんでもない恐れ知らずの行動にギャラリーが戦慄く。ジョエルからの同情を誘い、元婚約者に罪を被せる為にわざわざ模造品を作らせてまで、事件を起こしたというのだ。
かつて王族の婚約者にさり気なく嫌味を言ったり、周囲に根回しして精神的に追い詰めたりする人間は存在していたが、犯罪者に仕立て上げるような人間は流石に居なかった。そんな事を企てるなんて相当な悪女だ。
「そして婚約前の□月△日、スミス宝石店へ入るシャーロット嬢の姿を影が目撃、店主から話を聞くと件の髪飾りを売っていたと証言が取れた。
更に非常に質の良い品の為、買い取りを躊躇する店主に彼女は『趣味じゃないし高く買ってね』と言い放ったと聞いている」
だってあんなに喜んで大事にしていたじゃないか。壊された時はこの世の終わりのように悲しんで、「両親に何と言えば……」と途方に暮れていたというのに。
自分を騙す為にそんな用意周到な計画を立てて、本物も換金目的に手放したなんて信じられない。しかし確認を取ったのは王家の影だ。
己の中で確固たるものだった筈の優しいシャーロット像が段々と揺らいでいく。そういえば彼女の口から家族について聞いた事は1度も無かったような気がする。
「そ、そんなのデタラメよ!その髪飾りだってそっちが勝手に再現したんでしょ!?」
追い詰められたシャーロットはなんとこの期に及んで影の報告をでたらめ扱いし、証拠品を捏造だとのたまったのだ。
国王相手に敬語を使わないのもあり得ないし第一発言の許可も得ていない。
何より王の権力が強いこの国でその言い訳は悪手だし、愚か者の類である。王の手足である影が揃えた証拠を偽物扱いすれば、王への反逆行為と見做されても文句は言えないのだ。
ギャラリーは彼女の暴挙にある者は息を呑み、またある者はギョッと目を見開く。ジョエルでさえ何を言っているのか分からないといった顔を向けている。
その時成り行きを静観していた王妃が、わざとらしく1つ大きな溜息を吐いた。
「陛下。どうやらシャーロットさんは現実と妄想の区別がついていないのかもしれませんね」
「そうかもしれんな。なんせ麻薬にまで手を出していたのだからな」
国王が手を上げると別の使用人が小瓶に入れられた液体を持って来る。残量からして、何度も使われたような形跡があるその小瓶こそが、彼女が所持しているという麻薬なのだろうか。
ギャラリーが恐々と窺っている小瓶だが、本当は影に用意してもらった物をさも彼女の部屋から見つけたように振舞っているだけである。
しかし話の流れを完全に夫妻が掌握しているこの場では誰も違和感を抱かなかった。
「な!何それ!私そんなの知らないわよ!」
麻薬に関しては嘘は吐いていないシャーロットだが、信じてもらうには今まで積み上げてきた不信感が強過ぎた。
もう誰も彼女の言葉など信じない。加えて王妃の言葉で麻薬を常用している印象まで植え付けられてしまい、これまでの一貫性の無い支離滅裂な言動は麻薬の所為かもしれないと周囲に思わせるには充分であった。
尚これでも王妃は嘘を吐いていない。あくまで彼女の常軌を逸した言動を受けて「かもしれない」と可能性を述べただけだ。断定でない限り嘘とは言えない。
「シャーロット嬢は王妃になる欲望を叶える為に、我が息子ジョエルを麻薬を使い意のままに操り、当時婚約者であったキャロライン嬢を無実の罪で不当に貶めた。
生家であるタウンゼンド家に問いただしたところ、本来は医療用に仕入れた物が1瓶不明になっていたそうだ。
この責任を受け、タウンゼンド家はシャーロット嬢と絶縁した上で身柄を国に明け渡すと書類にサインをしている」
王が皆に見えるように掲げた書類は遠目にも正式な物のように思えた。
ジョエルの言動の不自然な変化、特に婚約者であったキャロラインを遠ざけ、シャーロットを盲信する様子を知っている者達は今の説明で納得出来てしまった。
「嘘よ!そんなのでっち上げよ!ねぇジョエル様!ジョエル様なら私がそんな事してないって分かってくれるわよね!?ねぇ!?」
「え……あ…………」
何とか疑惑を晴らそうと躍起になるシャーロットだが、肝心なジョエルが揺らいでいる所為で無実の主張を躊躇してしまう。
彼女を想う気持ちも無実を信じる気持ちも全て薬の所為だと説明されたら、今の自分の気持ちが本当の気持ちなのか分からなくなってしまったのだ。
彼女を助けたいという思いが心からのものなのか、それとも薬で思わされているのか自分で確かめられず、ひたすら狼狽えるばかりである。
そんな彼の煮え切らない態度に頭に来たのか、祈るように握り締めていた両手を離して彼の胸倉を掴む。
「何だんまり決め込んでるのよ!さっさとこのでっち上げを否定してくんないと犯罪者になっちゃうじゃない!折角ここまで来たのにこんなとこでも役に立たないんだから!」
使用人に音が付く勢いで引き剥がされ、またもや身体を拘束され口を塞がれるシャーロット。ジョエルはその勢いにへたり込んでしまう。
今彼女は何といったんだろう。聞き間違いでなければ……。
「……『役立たず』とは、真実の愛で結ばれた相手に対し余りに辛辣ではないかね?」
ハッとするももう遅い。自分を見上げて呆然としているジョエル、化けの皮が剥がれた彼女に対し嘲笑する者や嫌悪の目を向ける者。そして国王夫妻は無感情で自分を見下ろしていた。
「……麻薬の所為とはいえ、長く中毒にかかっていればもう政務には戻れまい。ジョエルはこの日をもって廃嫡としアイウォフ領も没収、そして代わりにリッテル領を与える。今後はリッテル子爵を名乗るが良い」
「そ、そんな…………!」
「この日を迎えてしまった以上、親子ではいられまい」
彼が治めていたアイウォフ領は綺麗な海に面しており、リゾート地として有名な場所でもある。その為活気に溢れ税収も多かったのだが、代わりに与えられたリッテル領は、特産品も無い田舎の領で大した税収は見込めない。
元々後継者がおらず国領となった背景を持つので、王家としては早々に手放しておきたい土地だった。
つまりジョエルは王子の特権として持っていた利回りの良い土地から一気に貧乏な土地の領主となってしまったのである。
更に言えば臣下となる王族に与えられる爵位は一般的には公爵位なのだが、子爵は相当な措置だ。
例え彼等の間に男児は勿論、女児が産まれたとしてもその血を王家に迎え入れる事は無いという意思表示でもある。
この国は王子妃になれるのは伯爵家の令嬢からだと法律で決められている。
「引っ越しなど色々準備もあるからな。披露宴はここまでにして早く切り上げよう」
「ええ、子爵夫人もお元気でね」
国王夫妻の嫌味を合図に使用人達が2人を退場させようとする。無理矢理立ち上がらせられるジョエルは抵抗する気力も無い様子だが、反対にシャーロットはまだまだ元気なようで懸命に暴れようとする。
「ジョエル様を廃嫡すれば王太子になれる人なんて居なくなるわ!そうなればこの国は終わりよ!それでも良いの!?」
彼が唯一の王位継承者である事を盾に廃嫡の撤回を計ろうとするが、残念だがその脅しは既に効かない。
「あら、居ましてよ?」
「え?」
あっさりと言い切られた王妃の言葉にシャーロットもジョエルも、ギャラリーも耳を疑う。
ジョエルが廃嫡になれば王位に就ける直系は居なくなる。後継者を選ぶとしたら、親戚から優秀な男子を養子として引き取るしかないのがこの国の事情なのだが。
「ミシェル、来なさい」
扉から1人の青年が入って来る。雰囲気こそ飄々としているが、その気品には誰もが注目せずにはいられない魅力があった。
この国の貴族ならば誰もが知っている、しかし記憶よりも子供らしさが抜けて代わりに大人の男としての色香を醸し出していた。
長い間病で伏していた筈のミシェルが背筋を伸ばし、自分の脚でしっかりと階段を上がって玉座に座る国王の隣へと立つ。
「久しぶりだな、ジョエル」
それは第一王子、完全復活の証明でもあった。




