裁判②
使用人が2人がかりでシャーロットをパトリシアから引き剥がすと、そのまま勝手なことをされないよう抑え込む。彼女は「何するのよ!」ともがくも、影達の鍛え上げられた腕力の前では叶わず、体力を消耗するだけとなった。
邪魔者が居なくなると再びパトリシアは口を開く。
「あの後直ぐに私はキャロライン様に謝りに行きました。そして事実を公表すると言ったのですが、キャロライン様がそれに待ったをかけたんです。
『このタイミングで公表しても、脅されて身代わりになっているとシャーロット様が言い繕う可能性がある』と」
証言にあたってネヴィル家側からシナリオを少し変更させてもらった。公表が遅れたのは実際にはパトリシア本人の恐れからだが、此方側の都合という事で裁判では辻褄を合わせている。
今まで沈黙していたのは被害者側からのストップがかかっていたからとなれば大分印象は異なる。
加えて先ほどのシャーロットの行動がパトリシアの証言に一段と信憑性を与えてくれ、ギャラリーにこの辻褄合わせを悟られる気配は無かった。
「しょ!証拠は!彼女が犯人だという証拠はあるんですか!?」
往生際悪くシャーロットが叫ぶ。キャロラインの時は証拠もなく彼女が犯人だと決めつけていたのにだ。
「では質問をします。貴女が初めて罪を犯した時、並びに嫌がらせを行ったタイミングを覚えている限り話してください」
「はい。初めての時は修了式のパーティから半年以上前、私が日直の日でした。日直の仕事の為に1番に教室へと来た私は、彼女のノートが机の上に放置されているのを見つけました。」
パトリシアは他にも自身が覚えている限りの犯行を1つ1つ、日時も交えて証言していく。最後に彼女が「以上です」と締めくくると、国王が頷いた。
「全て王家の影からの情報と一致している。ついでに言っておくが、キャロラインはジョエルとシャーロット嬢の仲が友人のそれと逸脱した時点で、私とディレンブルク侯爵に報告している。
私はそれを受けてただちに影を件の2人、他にも彼女に関連する物事全てに張り付かせた。故にパトリシア嬢の犯行の瞬間も全て目撃している」
「はい、報告の件は友人にも共有済みです」
何とここでまたもや衝撃の事実が発覚、キャロラインは取り巻きに釘を刺すだけでなく両家の当主にも報告をしていたのだ。
父親のディレンブルク侯爵は子煩悩で有名だし、国王も妻と彼女の母親が親友という事もあって彼女の事は可愛がっている。
確かにわざわざ嫌がらせをせずとも、両家の当主に報告した方が遥かに良い対処をしてくれるのは明白だ。更に取り巻き側から見ても下手に手出しして両家の当主に目を付けられるのは勘弁願いたい。
王家の影を疑う事は不敬にあたるこの国で、影の報告に異議を唱える者は誰も居ない。この時点で裁判はキャロライン側に大きく有利に傾いた。
因みにこの場では敢えて言っていないが、パトリシア以外にもシャーロットに手を出した人間は片手の指で足りる程度に存在している。それも全て影は把握済みである。
あの場でパトリシアのように罪悪感を抱かず、これ幸いと罪を押し付けた者には王家とネヴィル家による報復が待っているのだが、知らない方がその瞬間までは幸せであろう。
自分の行動が筒抜けだったことを知ったシャーロットの背中から冷や汗が流れる。何故なら彼女はジョエルと結ばれる為の努力で、2つミスを犯していた。
「な、なら夜会の件と髪飾りの件は?あれこそキャロラインの仕業でしょう?」
ジョエルが打開策を見いだすように重大事件を問う。それこそ彼女の犯したミスなのだが、口を挟もうとした彼女を勘付いた使用人が口を塞いで阻止する。
「では夜会の件に移りましょう。ジョエル殿下、貴方が知っている事をお聞かせください」
「僕はあの日公務があったから会場に遅れて到着したんだ。
その時シャーロットが入り口付近の植え込みで泣き崩れているのを見て事情を聞いたら、ドレスが被っていたのでキャロラインに追い出されたと言っていて。
このままにしてはいけないと思い、会場の人間に命じて別室にて休ませました」
あの時の彼女の様子は昨日のように思い出せる。折角綺麗に結い上げただろう髪が崩れ、泣いている彼女はとても痛々しかった。
キャロラインがそんな過激な事をするだろうかという考えも一瞬過ぎったが、彼女の悲し気な顔を見ているうちにそんな考えは直ぐに消え去った。権力を使ってそんな事をするキャロラインに怒りさえ覚えていた。
「ではその時の彼女のドレスの柄やデザインは?」
「全体が緑色でバラの模様が施された、レースの付いた長袖のドレスです」
裁判官は次にシャーロットに質問をする。
「シャーロット嬢、追い出された時にキャロライン嬢はどんなドレスを着ていましたか?」
「私とほぼ同じデザインのものでした」
裁判官は何度か本当に同じものだったか、言い方を変えて確認を取る。
シャーロットはドラマで見た、検事や弁護士が噓を吐いている人間にボロを出させるシーンのような既視感を覚えたが、自分にはゲームの知識がある。
乱暴にされるのは腹が立つのでキャロラインが部屋に入る前に退出したが、彼女のドレスの記憶に間違いは無いから大丈夫だと自身に言い聞かせた。
「では他にキャロライン嬢のドレスを見た事がある者は挙手を」
裁判官は再び挙手を求め、ネヴィル家の派閥とは近くもなく遠くもない派閥の、黒髪で背の高い若い夫人を指名する。指名された夫人は彼女のとは全く違う証言をした。
「オレンジでアラベスク模様の刺繍の、半袖のパフスリーブのドレスです」
ギャラリーはお互い顔を見合わせ、ジョエルは反射的にシャーロットの方を向く。当の本人は隣の視線に気付かないまま頭が真っ白になっていた。どうして?自分の記憶に間違いは無い筈なのに。
「き、きっと途中でそのドレスに着替えたんだろう!なぁそうなんだろう!」
「いいえ、部屋に入ったときから最後までそのドレスでした。他の皆様方にもお聞きください」
それでも諦めきれずに彼が異を唱えるが、挙手した者達は黒髪の夫人の言う通りだと同意する。
「ではキャロライン嬢、貴女の主張をどうぞ」
「確かに私は会場まではシャーロット様の証言通りのドレスを着ておりました。しかし友人から同じデザインのドレスを着ている者が居ると知らせを受け、会場の使用人にお願いして部屋を用意してもらいオレンジのドレスに着替えました。
私はパーティに参加する時などは不測の事態に備えて予備のドレスを持ち込んでいます。
そして周囲の人間に非が無いよう、出がけにアクシデントがあったのだと知らせ回りました。会場の人間に聞けば分かると思います」
「その時対応した使用人は既に待機してもらっている」
王の呼びかけで中年の女性が入って来る。対応にあたっていた使用人の代表だ。
中年の女性は彼女の「折角のお楽しみが恥をかいて終わるのは忍びない」という言葉にいたく感動し、喜んで部屋を用意させて頂いたとまで語り、キャロラインの証言の信憑性を補強する。
「お、思い出したわ!部屋に入る前にキャロライン様と出くわして追い出されたのよ!きっと彼女はその後に着替えたんでしょう!虫唾が走るって!」
自分の不利を感じ取ったシャーロットが何とか誤魔化そうとするが、すかさずギャラリーから手が上がる。裁判官は発言を許可するとその令嬢は部屋に居るシャーロットに挨拶をしたと証言した。
そんな事など覚えていない彼女は「そ、そうだったかしら?」と惚けながら益々焦る。背景にしか考えていなかったモブにまさか追い詰められるとは思ってもいなかったのだ。
そこへ更に裁判官の静かな声がかかる。
「シャーロット嬢、貴女は先程『思い出した』と言っていましたが、誰に見られるかも分からない場所で泣き崩れる程のショックを受けるような出来事を今まで忘れてしまっていたのですか?」
「えっと、それは…………」
まごつき矛盾だらけの証言をする彼女の姿に、もう誰が真実を語っているかは明らかであった。シャーロットは最初からキャロラインを利用して可哀想な女を演出し、ジョエルを騙したのである。




