計画を練ります
呆ける家族達を余所にキャロラインは矢継ぎ早に考えを述べる。
「殿下が大勢の前で宣言した以上、シャーロット様との婚約はなされるべきでしょう。ですがシャーロット様の実家は子爵のタウンゼンド家です。王族が爵位の低い家の方と結婚する為にはある程度の犠牲を払わなければなりません。そして陛下と王后陛下はこの度の殿下の独断を許しはしないでしょう」
王族が臣下と結婚するならば伯爵以上の爵位を持つ家でなければならない。これがこの国の法律だ。また国王夫妻は息子の事は愛しているが、政治はそれとは別だという考えの持ち主でもある。
前もって根回ししていれば、時間はかかるだろうがシャーロットを何処かの養女にするなりなんなり出来た筈だ。タウンゼンド家は今の王の曽祖父の時代に金で爵位を得た新興貴族だが、結婚を重ねて由緒正しい貴族の血を取り入れて来た歴史がある。
だから穏便に事を運ぼうと思えばいくらでも出来たのに、ジョエルもシャーロットも何の非も無いこの世界のキャロラインに冤罪を理由に婚約破棄したのだ。
暴走したジョエルと唆したシャーロット、事実が知られればとんでもないスキャンダルだ。
「つまり……結婚だけはさせるけれど、その後ジョエル様が継承権を保持しているかどうかは別という事なのね?」
「さすがお母様。その通りです」
母の言葉にニコリとキャロラインは肯定する。全員彼女の意図している事を直ぐに理解した。彼女は十数年来の幼馴染であり婚約者でもある彼を見限ろうとしているのだ。
本人が冷徹な判断を下した以上、クロードはジョエルの王籍離脱を真剣に考える。
「……悪くはない。だが王太子に就ける方が居なくなってしまうぞ」
キャロラインの案は確かに家や本人の名誉を守るに充分だ。王女が臣下の家に嫁ぐのは別として、本人から申し出るのではなく国王から王籍離脱を命じられた場合は王族への罰を意味する。
すなわちジョエルがシャーロットとの結婚を機に臣下になれば、周囲の貴族に婚約破棄騒動の非はジョエル側にあると暗に示す事になる。
しかしこの国はある事情で国王の息子に王太子になれる者はジョエル以外に居ない。王籍離脱に追い込むのは問題ないだろうが、その後跡継ぎ争いで国が揺れる可能性が出てくるのだ。
(そう、普通なら新しい後継者の選定に時間がかかるでしょうね)
キャロラインはクロードの言葉に頷きながらも全く憂いてはいなかった。なにせ彼女にはゲームの知識があるのだ。
「ミシェル様のご病気を全力で治療しましょう。あの方も王位継承権はお持ちでしょう?」
「ミシェル様を?」
もう1人の王子の名にダイアナがぱちくりと愛らしい目を瞬かせた。
実は現国王夫妻の間に生まれた王子は2人。キャロラインが婚約していたジョエルは第二王子であり、今話題に挙げたミシェルは第一王子だ。
何故有力な王位継承者が次男のジョエル1人だけなのか。それはミシェルは数年前から病を患っていて王の激務をこなすのは無理とされているからだ。
「ミシェル様のご病気の原因はお抱えの医者が調べても見つからなかったと聞いてますがお姉様?」
「そこにネヴィル家も参戦するの。医療は日々進歩するものだし、まだ医者の中には解明を諦めていない方もいらっしゃるでしょう?」
(なーんて、原因も治療法も分かってなかったらこんな提案しないんだけどね)
彼女は心の中で舌を出す。
初代ヒロインシャーロットの話では病を患うまでは周囲から期待を集めていたとして名前のみの登場だったが、この世界の3年後に当たる続編では完全な健康体になって登場しているらしいのだ。
実況者の解説によるとミシェルの病気の原因は公務で訪れたフォルシカという国に住む寄生虫によるもので、向こうでは一般的な病気として既に治療法は確立されている。
つまりこの国では未知の病というだけで、フォルシカから医療に関する資料を取り寄せさえすれば直ぐにでも解決できる問題なのである。
現に設定だと初代のエンディング後にフォルシカ出身の医者によって病名が判明し回復、その後続編の舞台となる国で留学しているそうだ。
密かにフォルシカの医者を招致して治療、リハビリを経てエンディング後に健康な姿をお披露目すればシナリオから外れた事にはならない筈だ。
まずは招致の説得材料として病についての資料を集めねばなるまい。やる事は多いが決まっている分手探りよりはずっと良い。ミシェルが健康体になりさえすればシャーロットが国母になる道も絶たれる。
「それに私も今更学校には戻れそうにないし、この中で1番暇になるでしょう?もし実績が作れれば王家に恩を売る事も出来るし、堂々と表舞台に返り咲ける。やってみる価値はあると思うの」
何もせずに人前に出るのを控えていれば名誉は回復出来るだろう。父は有能だしネヴィル家にはそれだけの力がある。だけどそれじゃあ腹の虫が治まらない。
きっとシャーロットは自分の事をシナリオを成立させる為の舞台装置だとでも思っているのだろう。まったく冗談じゃない。
こっちは意思も感情もある人間なのだ。誰かを貶めた時、その者に仕返しをされる可能性を是非覚えていてもらわなければ。
シナリオを盾に好き勝手した結果、物語が終了した後で味方が居ない事に果たして彼女は気付くかどうか。
両親も頑として譲る気の無い意思を感じたのか、仕方がないとでも言うように溜息を吐く。
「……ミシェル殿下の治療が上手くいかなかった場合の後継者選びは私と陛下でやっておく」
「まずは陛下に手紙を送りましょう。オーウェンダー号が丁度良いかと」
スザンナの言葉にクロードは「そうだな」と頷き、傍に控えていた家令が指示を出す。悲壮感が漂っていたリビングに活気が戻って来た。
オーウェンダー号はネヴィル家が飼育している伝書鳩の中でも特に優秀な鳩で、2つの地点を往復出来る鳩でもある。王都を離れて視察中の国王夫妻にいち早く手紙を届けるにはこの方法が最適だろう。
鳩舎から馬車で運ばれる時間を考慮しても遅くとも今日中には返事が来る筈だ。
その後オーウェンダー号が持ち帰った手紙を広げてみれば若干走り書きの字で、とある宿泊施設で落ち合う旨が書かれていた。
そこは視察地と王都の中間地点の街に建てられており、王室御用達として知られる施設だ。日の出と共に出発すれば間に合うだろう。
さて、反撃の為の一歩は踏み出せた。キャロラインは自分の中の闘志と復讐心が燃え上がっていくのを感じた。