裁判①
「裁判……だと……?」
呆然とジョエルが呟く。急な事を言われて硬直する2人、国王の突然の宣言でにわかに騒々しくなる場内。色々と疑惑のある2人だが挨拶も飛ばして裁判とは不穏過ぎる。
その合間にも使用人が簡易的な椅子やテーブルを設置し、扉から法服姿の裁判官が登場する。
着々と準備が進み、最初は何かの冗談かと思っていた者達も段々国王の本気を悟り、緊張で身体を強張らせた。
参加者はこれから何が起きるのかと恐々としていたり、好奇心丸出しで見物する姿勢を見せていたりと人により様々な反応をしていた。
これらの貴族達はシャーロットにもネヴィル家及び王家にも関係の無い人々である。
シャーロットのお友達は焦り、しかしどうすれば良いのか分からずオロオロとするばかりで、ネヴィル家や王家と懇意にしている者達は彼等の反撃を悟って固唾を飲んで見守った。
「父上!こんな所で僕とシャーロットを衆目に晒してどうしようというのです!?」
「修了式のパーティで断罪ショーを行った者の発言とは思えないな」
国王は息子の声を一蹴する。確かに彼の言葉は正論だが、先に一介の令嬢を証拠も無く見せしめにしたのは彼の方だ。シャーロットは抗議してくれるであろう養親の姿を探したが、会場内の何処にもおらず愕然とした。
そうしている間にすっかり準備を終えた裁判官達はこの裁判の目的を朗々と述べる。
「この裁判は、ディレンブルク侯爵キャロライン嬢がシャーロット嬢に嫌がらせを行っていたというお2人の主張が正しいかどうかを問うものでございます」
裁判長の言葉に会場がざわりと揺れる。「やはり冤罪だったか」や「だって何の証拠もないんじゃねぇ」など外野がヒソヒソと囁き合う。
「何を言っている!あれはキャロラインが取り巻きを使ってやったんだ!」
「だからそれが本当にあった事なのか確かめるんですよ」
噛み付くジョエルを裁判長はいなしてキャロラインを呼ぶ。呼ばれた彼女は前へと出ると堂々と胸を張り、ピンと背筋を伸ばす。
「キャロライン嬢、貴女は以前シャーロット嬢に数々の嫌がらせを行ったと容疑を掛けられました。異議はありますか?」
「はい、私は彼女に言葉も含めて嫌がらせは断じて行っておりません」
彼女はこの場の誰にも聞こえるように発言した。あの時言いたくて言いたくて堪らなかった反論の言葉を。
「嘘です!キャロライン様は嘘を吐いています!」
「静粛に!今はキャロライン嬢の話をお聞きしている最中です!」
シャーロットの媚びは他の人間には通用しない。裁判長はにべもなく一蹴すると再びキャロラインに向き直る。
「証拠はありますか?」
「私は友人全員に第三者の前で手出し及び口出しは無用と数回周知させました。これを無視すればお友達としての付き合いも見直すとも警告しました」
「これを証明出来る者は挙手を」
ジョエル達はそんな人間が居る訳が無いと高を括っていた。何故なら自分達はそんな場面を1度も見た事が無い。吐くならもう少し上手い嘘を吐けと鼻で笑っていたのだが。
しかしチラホラと手が挙がり2人は愕然とする。おかしい、そんな筈がない。自分達は知らない。
「前から3番目右寄りの赤毛の男性。前へお願いします」
裁判官は敢えて1番公平性の高い、中立寄りの派閥に属する貴族の若者を選ぶと証言台へ立たせる。
「お名前をお願いします」
「レスター伯の長男、トーマスと申します」
豊かな巻き毛のトーマスは折り目正しく礼をする。
「ではトーマス殿、その時の状況を詳細にお話しください」
「私は過去に2回ほど周知させている場面を目撃しております。
キャロライン様は『勝手な事をしたら発覚次第直ちに付き合いを改める』とかなり強く仰っていて、私がご友人の立場ならそこまで釘を刺されてシャーロット嬢に干渉しようなどとは考えにくいですね」
「なら何故彼女は被害に遭っているんだ!」
ジョエルが唾を飛ばす勢いでがなり立てる。彼女の涙を何度も見てきた彼にとっては嫌がらせなど無かったと言われても納得出来ない。
「そこで証人を呼びたいのですが許可を頂けますか?」
「許可をします」
その言葉にギャラリーの中から1人の女性が歩み出る。パトリシアだ。彼女は気まずそうにしながらも、それでも俯かずにしっかりと前を見据えて証人の位置に立つ。
「グリニッド伯爵の娘、パトリシアでございます。シャーロット様に嫌がらせの数々を行ってきたのは、そちらにいらっしゃるキャロライン様ではなく実は私なんです」
その告白にギャラリーがどよめく。ここに来て真犯人が現れる展開に、何故今まで黙っていたのかなど至極当然な疑問が浮かぶ。
「皆さん静粛に。何故嫌がらせをしてきたのか、そして今日この場で名乗り出た理由を教えて頂けますか?」
裁判官は優しい口調で証言を促す。それに幾分か落ち着けたパトリシアは大きく息を吸い込み、今度は声が細くならないよう意識的に声を出した。
「私は……恐れながらもジョエル殿下に恋をしておりました……」
ジョエルは全く意識していなかった人間から恋愛感情を持たれていた事に狼狽える。彼自身に自覚は無いがそのハンサムな顔立ちで好意を持たれる事が多いのだ。ただ他の令嬢はシャーロットと違ってそれを外に出さないだけである。
「今思えばあの時の私はシャーロット様を嫉んでいたんだと思います。
私は恐れ多くて話せないのに彼女は簡単に殿下に近づいて仲良くなって……、キャロライン様を差し置いてなんて恥知らずなんだとさえ思いました」
この言葉には内心で頷く者も居た。特に学校の在校生、及び結婚で退学したが通っていた経験のある者は、皆シャーロットの婚約者が居る異性に近づく行動に眉を顰めていた。
「だから嫌がらせを行いました。しかし何故かそれが全てキャロライン様がやった事にされ、修了式のパーティで彼女が声高に責められている時、私は恐ろしかったんです……」
「恐ろしかったとは?」
パトリシアは両手を握り、震えそうになる身体を叱咤させる。
「本当はあの時に名乗り出るべきだと分かっていました。しかしそれをすれば今度は私が周りから後ろ指を指され、殿下から侮蔑の目を向けられてしまう。
私は保身の為に沈黙してしまったんです……」
語尾が小さくなっていく彼女をギャラリーはどう思っただろうか。同じくジョエルに恋をしていた娘は、一歩間違えればあの場に立っていたのは自分だったかもしれないと肝を冷やしただろうか。あるいはそれでも名乗り出るべきだと義憤に駆られる者も居たのかもしれない。
そんなギャラリーに一考の余地を与えたのはキャロラインの言葉だった。
「あの場に立っていた私から見てもあれは惨いものでした。私の場合は絶対的な味方が居てくれると分かっていたから耐えられましたが、他の方が矢面に立たされればきっと心が折れていたでしょう」
そうだった。あの断罪は完全に2人の為のショーだった。一切の反論を許さず証人の1人も証拠の1つも無く、判決は始まった時点で既に予定されている、裁判の形すら成していない2人がただ気持ち良く私刑を行う為の見世物でしかなかった。
予定調和で断罪が決まっている場に割って入ろうとしても、足が竦んでしまうのも致し方ないのかもしれない。
「嘘よ!私を虐めたのはキャロラインなの!だってそうじゃないとおかしいもの!」
彼女は一体何がおかしいと主張しているのだろうか。何故キャロラインが犯人である事に拘るのだろうか。冤罪を必死で誤魔化そうとしているにしてはどうにも違和感がある。まるで予定と違うイレギュラーが起こったかのような振る舞いだった。
シャーロットはパトリシアに詰め寄ると何処か慌てたような顔で彼女と目を合わせる。
「分かった!貴女キャロラインに脅されているのよね?大丈夫よ、私が守ってあげるから。だから正直に本当の事を話して?ね?」
その自分勝手な懇願にキャロラインが話していた懸念は本当の事だったのかと、パトリシアは他人事のように彼女を見据えた。




