スポットライトは譲らない
そうして迎えた結婚式は天候にも恵まれ、爽やかな心地の良い風が吹く中行われた。
王族の結婚式は準備が1年にも及ぶものが多い中で、僅か2カ月という短い期間で整ったのだが誰も話題に挙げる者は居ない。気にもしていない者、あるいは疑問に思っても口に出すのは無粋と思い敢えて黙っている者と様々である。
シャーロットは姿見の前に立ち、自分のドレス姿をくまなくチェックしていた。繊細なレースと手刺繍されたパールやクリスタル、手間を惜しまず作られたウェディングドレスは彼女の虚栄心を大いに満す逸品だった。
「シャーロット……綺麗だよ……」
新婦の控室に入ったジョエルがうっとりと熱に浮かされたように呟く。事実彼女の愛らしい美貌と光沢のある白いドレスは、血色の良い白い肌をより際立たせていて美しかった。
「フフ、そう?私としてはもっと似合うドレスがあったかもしれないと思うんだけどなぁ」
「いや、それ以上綺麗になってしまったら僕の身が持たないよ」
シャーロットの感想は正しいものだった。元々キャロラインの為に用意されたドレスなので、彼女に一番似合うようデザインもスカートの形も計算されている。だからシャーロットが着るとどうしても似合わない部分が出てしまうのだ。
全く知らない彼等は使用人に促されそのまま式の会場へと向かう。
養父のサヴォイアムール侯爵と腕を組んでヴァージン・ロードを歩く彼女は、流石王族の結婚式ともなれば会場も出席者もいたく華やかだと夢心地になる。
陶酔する彼女の代わりに神父は、花嫁の肉親の姿が見当たらないのに内心でギョッとする。当然だ、彼女は招待など忘れていたのだから。
養子縁組をしていても肉親は無条件に参列する事が可能である。にも関わらず誰も出席していないのは花嫁と余程仲が悪くない限りあり得ない事態だった。
この異常に気付ける者は新郎新婦にも新婦の友人達にも誰も居なかった。
結婚式は無事に終わり夫婦は王城まで、馬車に乗りパレードで移動する。馬車は豪華な装飾とは裏腹に乗り心地はイマイチで少し幻滅してしまった。
外側を立派にするんだったら乗り心地にも気を遣いなさいよと思ったが、文句を言ったところでどうしようもない。不満を零したいのを我慢して無理矢理笑顔を作る。
一々手を振るのも面倒だけどこれを乗り越えなければお楽しみは始まらない。道行く先々で平民達が自分を讃えてくれたお陰で気分は少し晴れた。
王宮に入るといよいよクライマックスにもあった、バルコニーで階下に集まった平民へ手を振るシーンだ。
「なんて綺麗なお姫様なのかしら」
「肌の色なんてシミ1つ無いわ」
そうでしょう、そうでしょう。この日のためにエステに通って日焼けにも気をつけてきたんだから。しかもちょっと手を振っただけでこんなに大きな歓声が挙がるなんて、まさに自分が思い描いていた幸せな王子とお姫様の絵だ。
良い気分になっていると腰に添えられていた彼の手が徐に肩へと移動する。彼の方を振り返ると周りの空気に浮かされたのか、ジョエルが熱っぽい目で見詰めてきた。
(あぁ、キスしたいのね)
察したシャーロットは瞼を閉じる。彼自身のことは別に好きでも何でもないがイケメンに求められるのは単純に気分が良い。
唇が触れ合った瞬間、プツリと自分の中にある何かの繋がりが切れたような感覚がしたが、その時は気のせいだと流してしまった。
2人がバルコニーで民衆から祝福を受けて居る間、王城の中にある披露宴会場では続々と参加者が集まっていた。シャーロットが見栄を張った結果招待された人数は相場の倍以上で、招待されて浮かれている者も居れば渋々出席した者も居た。
その中で知人と会話をしながら待機していた養親のサヴォイアムール侯爵とその夫人だが、途中で酒を片手に頻りに欠伸を繰り返す。
「おや、お疲れですか?」
「何だか眠気が来てしまってね」
「大役を務め終えた直後でしょうから緊張の糸が切れたのでしょう。かく言う私も娘の結婚式の前日は中々寝付けなくて……」
娘との思い出に記憶を馳せる知人に愛想笑いで返していると、見かねたのか使用人がそっと耳打ちする。
「開始まで少しお時間がございます。それまで仮眠なさっては如何でしょうか?」
「そうだな、そうさせてもらおう」
2人は少しだけ眠るつもりだった。しかし2人に睡眠薬入りの酒を配ったのも耳打ちしたのも王家の影である。薬の効果が切れ、目が覚めた頃には全てが終わってしまっていた。
開始時間の直前、最後の招待客であるディレンブルク侯爵並びに令嬢キャロラインが会場入りした瞬間、場内はざわついた。
父のディレンブルク侯爵によるエスコートで悠然と歩を進める彼女の姿はとても美しかった。
上半身から下半身にかけて濃いブルーとなるグラデーションのドレスは、ドレス自体の作りの素晴らしさもさることながら、彼女の透き通った清流のような美貌をより強く引き立たせていた。
差し色の金の刺繍は気品がありながら艶やかさを演出しており、まさに彼女の為だけのドレスだと表現しても過言ではない。
そこには婚約者に捨てられた惨めな女など何処にも居なかった。男が居ないにも関わらず、いや居なくなったからこそ一皮剥けたような美しさを放っていた。その晴れやかな顔振りから婚約者を捨てたのは自分の方だと謳っているようだった。
シャーロットの友人達など事前に彼女の参加を知らされていた為、やって来た際は冷笑してやろうと待ち構えていたのだ。ところが実際は彼女の圧倒的なオーラに完全に呑まれてしまい、ポカンと口を開けて間抜け面を晒したまま呆けてしまった。
ある者はウットリと見惚れ、ある者は想定外の出来事に放心し、誰もが時が止まったかのように彼女を見詰めたまま動けないでいる中、タイミング悪く披露宴が始まってしまった。
主役の登場なのに誰もこちらを見ておらず一様にあらぬ方向を向いている。不審に思い視線を辿るとにこやかに微笑むネヴィル家親子と目が合った。
花嫁衣裳に身を包んだシャーロットは確かに美しかったが、キャロラインとこうして比べてみると明らかに見劣りしていた。参加者は主役の存在に誰1人として気付いた様子もない。
この時点で会場内を支配していたのは主役の2人ではなく、確実にキャロラインの方であった。世紀の大恋愛で結ばれた2人の盛大な結婚式の筈が、今やすっかり彼女の独壇場と化していた。
シャーロットの脳内に一瞬「負けた」という言葉が過る。直ぐに掻き消したが僅かでも敗北を感じたのに羞恥と悔しさを覚え、カッと熟れ過ぎたトマトのような顔色になる。
同じくジョエルも不遜な様子のキャロラインに瞬時に怒りが湧き上がる。反省している様子なら許してやる余地もあったのに、今の彼女には全くそういうのは見受けられない。折角の彼女の優しさを無下にする姿に逆上し、激しい口調で叩きつけた。
「何だその態度は!?」
「何とは?新郎新婦の登場に喜んでいるだけですが?」
「惚けるな!あれだけの事をしておいて反省の色も無いのか!」
ジョエルの怒鳴り声に呆けていた他の客が我に返る。だがもう新郎は完全に頭に血が上っているし、キャロラインは分かっていて小首を傾げていて、到底国王王后への挨拶を始められるような雰囲気ではなかった。
「ジョエル、此処は醜い罵倒をする場所などではない。これ以上の醜態は許さんぞ」
そこへ今まで沈黙を保っていた国王が低い声で彼を諫める。ジョエルは眉を顰めたが、それ以上は何も言わず忌々し気にキャロラインを睨みつけて国王夫妻が座す玉座へと向き直る。
「多少トラブルはあったが此処に一組の夫婦が誕生した。まずは挨拶の前に王家から新婦へ、既婚者の証となるチョーカーを贈呈しよう」
王家からの贈り物にシャーロットは機嫌を持ち直し、ジョエルは心を弾ませる。父親に発注書を渡しても何の音沙汰も無かったので出来上がっているかどうか心配だったのだ。
使用人から両手で持てる程度の大きさの白いケースを手渡され、意気揚々と蓋を開ける。
しかしケースの中にあったのは彼が思い描いていたようなチョーカーではなかった。大粒のエメラルドが中央にあしらわれたそれには見覚えがある。
「え……?あ……?」
何故こんな物が此処にあるのか、戸惑う彼に着けてくれないのかとシャーロットが不思議そうな顔をする。
そこへいつの間にか近くまで来ていたのか、メイドが隙の無い流れるような動きでチョーカーを取り上げると、瞬時に彼女の首元に着けてしまった。
すかさず別のメイドが鏡を差し出し、チョーカーを着けた姿を映しだす。
「とっても豪華ですわ……。ありがとうございますジョエル様」
「い、いや僕は……」
贈りたかったのはそれではない。そう言おうとしたが国王が許さなかった。参加者へ拍手を求め、彼の言葉は掻き消されてしまう。
動揺する息子の姿を視界の端に収めたまま国王はいよいよ本題へと入った。
「そしてこれより、この場を借りた第二王子ジョエル、並びにサヴォイアムール侯爵令嬢シャーロットの裁判を開始する!」




