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招待状の形をした喧嘩

 あの女は本当にこちらの期待を裏切らないなと1枚の紙を見詰めながら嘲笑する。キャロラインの手には結婚披露宴への出席の有無を問う手紙があった。

 

 披露宴といってもこの時代の貴族は規模が違う。まず新郎新婦の新郎側の当主並びに奥方への挨拶から始まり、軽食を交えての歓談やダンス。夕方になると別室にて晩餐会。その後は芸人や楽団による余興やダンスパーティとなり、夜通し行われるのだ。

 つまりシャーロットが何か企むのなら最適なタイミングなのである。

 

 彼女の考える事など分かりきっている。愛する婚約者に捨てられ、未来の王太子妃に嫌がらせを繰り返した卑劣な悪役令嬢として、日陰者の人生を歩く女のみすぼらしい姿を眺めて優越感に浸りたいのだろう。

 

 惨めな女を真実の愛とやらで結ばれたヒロインが慈悲深さを見せて許す。見せ物にするには非常に面白いかもしれない。性格は最悪だが。

 

 さぞかし田舎で一人寂しくひっそりと暮らしている女を、お友達と一緒に衆目に晒す魂胆なんだろう。

 性悪のテンプレのような彼女も彼女だが、彼女の猫に気付かない彼も彼だ。本当に優しいなら普通男に振られた女を披露宴に呼ぶなんて非常識な事はしない筈なのだが。

 

 でも彼女は果たして理解しているのだろうか。招待客のリスト作成には国王夫妻も絡んでいる。つまりこちらの味方も大勢出席するという事だ。

 

「あの女……何処までお嬢様を愚弄するつもりですか……っ」

「破らないでね、大事な報告書だから」


 王家の影が持って来てくれた報告書を握り締めてワナワナと肩を震わせるマリーに念の為注意する。報告書にはシャーロットとその腰巾着による私に対する侮辱やありもしない罪の捏造などが書かれていて、これがまぁ酷い。

 

『キャロライン嬢は嫉妬深く、殿下に近づく女性全てに威嚇をしていた』

『公衆の面前で婚約破棄された侯爵家令嬢、元婚約者への凄まじい執着』

『嫉妬の果てに行った権力や取り巻きなどを使った陰湿な嫌がらせの数々』

 

 などと三文芝居の脚本にありそうな分かりやすい悪党に仕立て上げられていて、シャーロットへ行った悪行(笑)の中には矛盾も多く散在している。さぞかし裁判では良い証拠になってくれる事だろう。

 

「あの女……っ!抜け抜けとさも被害者かのように振舞って、あまつさえデタラメを吹き込むなど……!殿下も殿下です!何故あの女のお嬢様の招待などという暴挙を許すのですか!」

「彼の事だから『キャロライン様に許しの機会を与えたいんですぅ』って言われたら『あぁ!シャーロット!君はなんて優しい子なんだ!僕は絶対に許せないけど君がそこまで言うなら機会を与えよう!』って舞い上がっちゃったんじゃないの?」

「おやめくださいまし!お嬢様まであんな女の口調を真似なさるなんて!鳥肌が立ってしまいます!」


 割と渾身の一人二役は不評だったようで、マリーは自身を抱き締めるような格好をする。いけないいけない、つい出来心で余計興奮させてしまった。


「お嬢様は悔しくは無いのですか!?こんなに好き勝手に根も葉もない噂を広められて名誉を傷付けられて!」

「誰が言ったのか顔も名前も割れているし、直接は届いていないから大したダメージにはならないわね」


 キャロラインはマリーに振り返り、教示するよう人差し指を立てる。


「良い事?誹謗中傷はね、誰が言ったのか判明している分には割と対処しやすいの。問題は匿名で本人に直接悪口が届くような体制が出来上がってしまった時。その時が1番恐ろしいものになるの」

「はあ……?」

 

 前世の文明の利器や技術を知らないマリーは余りピンと来ないのか曖昧な返事をする。

 

 前世でのネットの匿名性を利用した誹謗中傷は本当に酷かった。自分の個人情報は秘匿されるのにつけ込んで言いたい放題。癪に触ったとかただの勘違いとか、単純な理由で本人に酷い言葉を浴びせ、精神的に追い詰めても簡単に逃げられる。

 年齢や職業を問わず仲間を探せるようになったのがネット社会の光なら、あれはまさしく闇の部分だ。

 

 対してこの世界では侮辱の全てに報復出来る立場であるのも大きいが、ぬるく感じてしまう。いつどこで誰が見聞きしているのか分からないのに、堂々と顔出しで人の悪口を話すなんて度胸があるなとさえ思う。

 その中にはネヴィル家の派閥だった者も含まれていて、昔の人は口は災いの元だとよく言ったものである。


 全く腹が立たたないかと聞かれれば否と答えるが、倍返しする機会があると知っているだけで気持ちに余裕が生まれてくる。やはり暴力と権力は全てを解決してくれる。

 

 それにしてもこんなに沢山釣れて逆に怖いくらいだ。

 網に引っかかったのは狙い通り、どれも信用がならなかったり調子だけ良い家ばかりで、一掃すればきっととてもスッキリするだろう。

 

 派閥も残念ながら一枚岩ではない。誠実で信頼に足る家も勿論存在するが、旗頭が一旦劣勢に陥れば直ぐにでも他の派閥に乗り換えるような、保身しか考えない風見鶏も居座る玉石混交で成り立っている。

 

 両親も兄も以前からずっと鬱陶しいと愚痴を零していたし、今回の騒動は良い炙り出しになったんじゃなかろうか。勿論家族は悪意ある噂が囁かれる事になる自分を心配してくれたが、大々的にやらずに小物達を逃すよりも派閥全体の質を上げる方がずっと良いと背中を押したのだ。

 

 転んでも絶対ただでは起きてやらない。割を食った派閥の筆頭には申し訳ないが自分たちで何とかしてほしい。


「あ、そうだ。招待状の返事をしなくちゃ」


 向こうからホイホイと売って来た喧嘩は高値で買わせて頂きますとも。その為に用意した戦闘服たるドレスもアクセサリーも出番を待っているんだから。

 キャロラインはお気に入りのガラスペンで迷い無く「出席」に丸を付けた。

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