彼女の首元と歩く道は予約済みです
シャーロットとの婚約と結婚式の日取りが決まったと使用人から伝えられたジョエルは「やっとか!」と鬱々としていた気持ちから一変、来る日に向けて期待を膨らませ始めた。
あぁやっと彼女と結婚できる。真っ白なドレスを着て微笑む彼女はきっと世界で1番綺麗なんだろう。厳かな式の後は街中の民達の歓声の中パレードをして、バルコニーに出ると青空の下集まった民衆が僕達の結婚を祝福するんだ。
結婚式と同時に謹慎も解かれるそうだ。ずっと我慢していた日々が漸く報われる。もう監視される事もないし、彼女との会話の時間だって制限されない。いつ彼女に会いに行っても文句を言われないし、何より日常生活を彼女と共に送れるんだ。
ジョエルは彼女との生活を想い描く。朝起きたら挨拶を交わし、会話を楽しみながら食事。キリの良いところまで仕事を進めたら彼女とお茶をする。
そうした穏やかな日々を過ごして、いつか子供が出来たら2人で愛情深く育てるんだ。親子の絆を深める為にシャーロットが言っていたように自分達の手で育てて、2人の子なら男の子でも女の子でも素晴らしい子に成長してくれる筈だ。
「そうだ!こんな事をしている場合じゃない!彼女のチョーカーのデザインを決めないと!」
紙とペンを持ってきてもらい、まずは彼女のイメージや要望を箇条書きにしていく。密かに手紙のやり取りを防ぐ為だと筆記用具さえこの部屋には置かれていないのだ。
まず自分と彼女の瞳の色は外せない。中央は彼女の青い瞳と同じタンザナイトにしよう。角度によって変わる色は彼女のコロコロと豊かに変わる表情に似ていてピッタリだ。
両隣に自分の瞳と同じシトリンを配置して彼女を守れるように。後は彼女の好きな色や似合う宝石を使っていこう。
彼女と会えず鬱々としていた分、考える時間はとても楽しかった。そうして数時間吟味して書き上げた発注書なのだが、国王の手元に届くや否や破られてしまい職人の手に渡る事はなかった。
焦る使用人に国王は「彼女にはもっと相応しい品を贈る予定だ」と話したそうだ。
「……2人共随分と舞い上がっているわねぇ……」
影からの報告書を読んだキャロラインは少しの呆れを滲ませながら感想を述べる。
表向きはキャロラインが田舎暮らしをしているのを良い事に、シャーロットはいい加減な嘘を吹聴しているし、ジョエルは張り切って彼女に贈るチョーカーや新生活で使う家具や日用品などを発注しているらしい。
後者はまだ可愛らしいとしてシャーロットの方は順調に罪状を重ねているようで笑うしかない。この国にも名誉棄損や侮辱罪はあるのだが。
続いて王妃からの手紙には、シャーロットの養子縁組については協議の結果、サヴォイアムール侯爵と結ぶ事にしたと書かれていた。
サヴォイアムール侯爵は野心が高く、面従腹背で王家にとっては1番の目の上の瘤。傘下もそんな貴族ばかりなのでこれを機に一網打尽にするつもりなのだろう。
ネヴィル家にとっても是非牙を折っておきたい相手なので否やはない。
今頃侯爵は有頂天だろう。首尾良く未来の王太子妃の養親の立場を得て、これから益々権力を一手に出来ると思っているに違いない。権力を高める1番手っ取り早い手段は、王妃の輩出だと何処の国でも相場は決まっているのだ。
これで侯爵は養女が王妃になれなかったらその後の扱いをどうするつもりなのだろうか。王太子の座は回復した兄のミシェルに渡り、資産も没収され、彼女を待っているのは貴婦人としての影が薄い人生だ。
野心の高い侯爵にとって、思惑通りにならない義理の娘など無用の長物だ。実の両親とは既に縁を切られているし、恐らく経済の援助は見込めまい。養親や親戚から軽んじられさぞやストレスが溜まるだろうに。
(本当に安泰の道を進みたいんだったらリスクを考えて和解エンドを選べば良かったのに……)
乙女ゲーム「夢の向こう側」には、各ルートのライバルキャラに勝利するハッピーエンドと、ライバルキャラと和解するトゥルーエンドの2種類が存在している。
ジョエルルートのハッピーエンドでは、婚約破棄され表舞台から退場したキャロラインに代わってヒロインとジョエルが結ばれるのだが、トゥルーエンドではジョエルはキャロラインと予定通り結婚し、ヒロインは側室に納まるのである。
ヒロインが側室で終わる結末は珍しいが、ゲームのキャロラインも余裕が無いだけで悪い子ではないし、大団円にするにはこうするしかなかったのだろう。
それに何故かトゥルーエンドの方にはちゃんと後日談もあって、ジョエルとは勿論王妃との仲も良好、子宝にも恵まれ幸せな母の顔になったヒロインが、大好きな人達に囲まれてとびきりの笑顔をプレイヤーに見せる。
子爵家の出だが王妃という強力な後ろ盾も得られるし、側室も正室ほどではないが予算が支給される。
王妃と違って政治に関わる頻度は少ないから適度に贅沢しながらのんびり暮らせるし、ジョエルもキャロラインもヒロインの子ども達を可愛がっている描写があり、最上ではないかもしれないが幸せな人生だと一目で分かるようになっている。
つまりトゥルーエンドにも凄く安定した地位が約束されているのだ。
それにゲームでキャロラインがヒロインを敵視していたのは政敵からのハニートラップを疑っていたからである。
この世界の自分も最初は疑ったが影からの調査で疑いは晴れている。やってもいない罪を被せて無理矢理断罪ショーをするより、2人で「好きになってしまった」と頭を下げてくれた方が遥かに円満な関係を築けたというのに。
彼女はそうしてまで王妃になりたかったのだろうか。安定を捨て、リスクを取ってでも王妃の椅子に座りたかったのか。それともジョエルを愛するが故にどの女も近づけたくなかったのか、それは本人に聞かないと分かりようがない。
でも陥れようとさえしなければ、多少は叱られたかもしれないが隣同士で微笑む未来を望めたかもしれないのに。
「お嬢様、例の方がいらっしゃいました」
マリーの声に思考を打ち切って自室を出たキャロラインは応接室へと向かう。今日はある人と話し合いをする予定があるのだ。
応接室には既にソファに腰を降ろして待っていた父と、テーブルを挟んで怯えた様子の令嬢と固い表情の彼女の父親が身体を硬直させていた。




