学校内の喧騒
「聞きました?シャーロット様がとうとうジョエル殿下と婚約結んだとか」
「一体どんな手を使ったのかしら?でも残念だわ、媚でも売っておけば良かったかしら?」
「止めましょうよ、考えただけでもゾッとするわ」
ジョエルとシャーロットの婚約の発表は学校にも届いており、連日生徒達はその話でもちきりだった。キャロラインの取り巻きの1人である少女はその様子を隈なく観察する。
驚く者、ある程度予想はついていたのか反応の薄い者、ジョエルに失望する者と様々だが、シャーロットが狙っていたようなキャロラインを貶める噂をする人間は居なかった。
これは以前からずっと続けていたパフォーマンスのお陰だろうと少女は胸を撫で下ろす。加えてあの女が本人の想定以上に顰蹙を買っていたからか。
キャロラインは念の為、第三者の前で複数回自分達取り巻きに両家の当主に報告しているから手出しも口出しも無用と通達をしていたのだ。
私の為と言って要らぬ干渉をして、結果的に立場を悪くするような人を友人とは認めない。この言葉は強烈で、要するに「ご機嫌取りの為に余計な事をすれば直ちに友人関係を解消する」と言っているのだ。
取り巻きから外れれば両親から何と言われるか。家だって無事では済まない。だから自分達は誰1人としてシャーロットに不干渉を貫いたのだ。あの時の彼女の目は本気だったから。
ただ親の方はそうでもない者も紛れているらしい。友人の中には国王からの発表以来、場を整えてやるからシャーロットと親交を深めて来いと親から命じられて困っているという者がチラホラと居るのだ。
大方いつでも乗り換えられるよう今のうちにごま擦りでもしようと思っているのだろうが、本人を知らないからそんな事を考え付けるのだ。
周囲の人間は婚約者がいるジョエルに馴れ馴れしい態度を取るシャーロットを嫌ってはいたが、それよりも常軌を逸した振る舞いに関わりたくないと思う者の方が圧倒的に多かった。
それくらい彼女は味方に引き入れても不安になる人物だ。正直触れない方が遥かに安全である。
観察している自分をどう思ったのか、ニヤニヤと嘲りを隠そうともしない目で2人の女生徒が近寄って来た。以前キャロラインに擦り寄ろうとして、自分達にガードされた者達だ。
「残念ですわねぇ、キャロライン様はさぞかし胸を痛めておいででしょうに」
「そういえばシャーロット様にお茶会の招待状を送りましたの?いっしょにいかが?」
腹いせに嫌味を言って来るのも内容も小物臭い。だからガードしたのだがきっと彼女等には理解出来ないのだろう。
「私に話しかけているお暇があるのならシャーロット様からのお返事を確認してはいかがですか?あの方はきっとお忙しいでしょうから早くしないと予定が埋まってしまいますわよ?」
少し挑発しただけで簡単に顔を紅くさせた彼女達はフン!と鼻息荒くそっぽを向くとヒールを掻き鳴らしながら去って行く。
この分だと学校に通わせる程の力の無い末端の家から、シャーロットに鞍替えする者が出て来そうだ。おつむが悪いから御し易いとでも思っているのかどうか知らないが、究極の馬鹿は予想外の事をしでかすものなのに。
恐らくそうなったところでネヴィル家は一向に構わない。寧ろこの状態を歓迎さえしているようだ。
だってイザベラ様達がこの事態でも特に焦らず静観しているし、何より王の発表で派閥の分裂の危機に不安がる私達にこう言ったのだ。
『ネヴィル家御当主クロード様は去る者追わずで、派閥を抜けた者に決して干渉はしないとおっしゃっていたわ。ただし相談したい事があるなら、遠慮なく言って』
言外に抜けた者には報復しないが再び迎え入れる事も決してないと宣言しているのだ。だからこそ家と個人的な意志が対立した時など、相談事があるなら言えと事前通達してきたのである。
それにしても校外は兎も角として、生徒の中でもシャーロットに媚を売ろうとする人間が居るのが驚きである。キャロラインが当主達に2人の様子を報告していると、そこかしこで話していたのはこの学校では周知の事実だし、少し考えればあの2人を国王夫妻が黙ってはいないと分かる筈なのだが。
しかし少女にも少女の家にも関係の無い事だ。今は困っている友人達を助けてあげねば。
少女は取り敢えず困った事を相談すべくイザベラ達の姿を探した。
シャーロットが在学中のうちに話しかけなかった事を悔やんだり、養子縁組を狙っているなどの会話を聞いたローズマリーは正気なのかと耳を疑った。
シャーロットのお気に入りになれば富は得られるかもしれないが、何か大きな落とし穴が待ち構えている気がしてしょうがない。
今日もどうやって従姉妹達を説得すれば良いのか悩みながら廊下を歩いていると、1人の生徒にすれ違いざまに図星を囁かれた。
「貴女の従姉妹殿の家は最近随分羽振りが良さそうですね」
「!?」
驚いて振り向けば見た事のない男子生徒だった。しかし妙にこの学校に溶け込んでいる。
「此方からは何も申しません。ですが過去には欲をかいて進むべき道を間違え、身を滅ぼした者も多くおります。誰に付くか付かないかはよく考えてお決めになるよう、伝えておいてください」
それだけ言うと謎の生徒は去って行った。
冷や水を浴びせられたような気分だった。心臓が早鐘を打ち脂汗がドッと吹き出る。
「ローズマリー様こちらにいらしたの!今カフェにお誘いしよと……、どうされたのです?あの方と何かありましたの?」
向こうから小走りで駆け寄って来た友人に咄嗟に当たり障りのない嘘で誤魔化した。
「あの方のお名前をど忘れしてしまってっ」
「存じませんが……あなた知っていらして?」
彼女には心当たりが無いようで別の友人に尋ねる。
「さあ……?見た事あるような無いような……」
「別のクラスの方ではなくて?」
皆一様に首を傾げている様子に嫌な予感がドンドンと大きくなる。先程の台詞、周囲と馴染んでいるのに誰も名前を知らない。恐らく男子生徒の正体は王家の影だ!
これは……警告だ…………!
「わ、私大事な予定を思い出してしまいました!申し訳ございませんがカフェはまた今度お誘いください!」
次の休みの日なんて悠長な事してられない。急いで父に今の事を報告して何がなんでも手を引くよう忠告してもらわないと。
彼女は大急ぎで外出許可を取ろうと、戸惑う友人達への挨拶もそこそこにその場を後にした。