ジョエルの憂鬱
ジョエルは今日も何度目になるか分からない溜息を吐く。彼女は今頃友人と楽しく遊んでいるんだろうか。寂しいがここは我慢するしかない。
だって彼女はずっと頑張っていたのにあの仕打ちを受けたんだ。ショックでボイコットしても仕方がないさ。今王城に行けばまた厳し過ぎる王妃教育が待っている。それは彼女にとって酷だろう、無理をすれば近いうちに彼女が潰れてしまう。
謹慎を受けていなければ彼女の授業についていって教育係に指導出来たのに。
何年もかけて王妃教育を受けたキャロラインと比べるのはお門違いだ。だって彼女は学校でも宮廷夫人じゃなくて侍女向けの授業しか受けていないんだぞ。
教育係も母上が選んだというから信用していたのに、アレも駄目コレも駄目だと、何故そんなやる気を削ぐような教え方しか出来ないんだろう。
彼女は人の気持ちに寄り添える優しさを持つ子だ。義務で自分を気遣っていただけのキャロラインとは違う。時間はかかるだろうがきっと民想いの優しい王妃になってくれるというのに、もう少し彼女に優しくしても罰は当たらないだろう。
彼女と話していると時間はあっという間なのに最近は酷く1日が長い。
それはそうか。部屋の外に出るのは許されず、出来る事と言えば1人でお茶をしたり本を読んだり、時折こうして物思いに耽る事だけだ。
見張りの使用人は両親の命なのか、最低限の会話以外は話しかけても返事すらしてくれない。以前より会話の時間が減った所為か最近何だか気分が鬱々としてくる。
良くないと分かっていても自然に溜息が漏れる。折角障害を乗り越えてシャーロットと結ばれたのに最近上手くいかない事ばかりだ。
あの茶会にしてもそうだ。テストなのに何故母はよりにもよってキャロラインの親戚なんか呼んだのだろう。散々嫌がらせされてきた彼女にとってキャロラインはトラウマでしかないのに。例え本人じゃなくて親戚であっても。
勇気を振り絞って立ち向かえば失礼な事を言われて打ちのめされ、他の令嬢達の前で面目を潰されれば、取り乱して茶会を抜け出しても仕方がないだろう。
それなのにマリアとかいう令嬢はお咎めなしで、彼女だけが主催者としての責務を投げ出した咎を受けるなんてあんまりだ。頑張ったシャーロットが可哀想過ぎる。
様子を見に来てくれたアーサー以外の友人に話しても煮え切らない態度ばかりで腹が立つ。何故だ?在学中はあれだけ一緒に憤ってくれたのに。何故君達もその他大勢の人間と同じような反応をするんだろう。
分からない。彼女は嫌がらせに耐える忍耐力もあるし優しさもある。何より自分達の間には純粋な愛で結ばれた絆がある。
親が決めた相手ではなく自分の意思で選んだ相手だ。そこには政略結婚などよりも余程強い結び付きと、相手への思いやり。困難に立ち向かえる心を育めるというのに、何故誰も彼女の味方になってくれないのだろう。
キャロラインへの対応が悪かったのも、結果的に浮気になったのも認める。だが咎を受けるべきは自分であって彼女は何も悪くは無い。
なのに皆寄ってたかってこの仕打ち。いくら彼女が子爵家の娘だからってこれでは弱い者いじめじゃないか。
学校で不遇な扱いを受けていた彼女がやっと解放されたかと思いきや、今度は王宮でもこんな扱いをされるなんて、皆どうかしている。
そういえば誰も僕達の婚約をおめでとうと言ってくれなかった、友人達でさえ。もしや皆僕達の婚約を祝う気が無いのか……?
……いやそんなことはない。きっと彼女の素質を認めているからこそ母上も厳しくしているんだ。王妃になったら重責を背負う事も周囲からのプレッシャーに耐えねばならない事もある。これはそれに向けた訓練なんだ。
他の皆だって僕が謹慎中だから遠慮しているだけで、今頃は解けた日に向けてお祝いの準備をしているだろうさ。
彼女も気が済んだらまた勉強に精を出してくれるだろう。気晴らしに少しくらい遊んでも良いじゃないか。未だ父と話は出来ていないが、誠心誠意彼女の長所を挙げていってその上で優しくするよう頼めばきっと彼女も落ち着いてくれる筈だ。
知らない方が幸せとも言うべきか。彼の愛するシャーロットはジョエルの地位を目当てにゲームの知識を悪用したに過ぎず、そこには自己愛しかない。愛する女性と共に助け合いながら国を盛り立てていくのがジョエルの描く未来であれば、シャーロットのそれは高価なドレスや装飾品に囲まれて毎日遊んで暮らすものである。
またジョエルは、彼女は友人と2人でカフェでくつろいだり、屋台巡りをして過ごしているのだろうと思っているが、実際はギャンブルでイカサマを見抜けず負けっぱなしの毎日を送っている。
ネヴィル家への莫大な慰謝料に加え、シャーロットが金を湯水のように使う所為でツケは堪る一方。
その為少しずつだが彼の物は業者に売り払われ金銭へと換えられているのである。公務に着ていく服や社交用の礼服など、シャーロットとの結婚後必要がなくなる物はいつまでとっておいても仕方がないとばかりに次々と数を減らしているのだ。
きっと近い将来、自分の荷物の少なさに愕然とするであろう。だが全ては自分で招いた事なのだ。
両親から厳しい顔や言葉を向けられ、仲の良かった友人達とはすれ違いが生じ、何も知らされぬまま1人で孤独の時間を過ごそうとも。




