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シナリオは誰かの手によって作られている

 シャーロットの両親であるタウンゼンド家当主とその妻は分かりやすい程顔を蒼褪めさせて動揺していた。

 嘘が含まれていない様子に観察していた宰相はグラフトン夫人の推測通り、ジョエル殿下を誑し込んだのはシャーロットの独断かと確信する。

 だからといって交渉の手を緩めてやる気は一切無い。こちらは何度もあの娘に煮え湯を飲まされてきたのだ。

 彼等が選べる道は娘と縁を切って家を守るか、娘をかばってお家取り潰しになるかの2つに1つである。


 



 父と共に国王夫妻に呼び出されたキャロラインは王宮のプライベートルームで影からの報告を聞いていた。表向きは田舎へ引っ込んだキャロラインを恋しがった王妃が、面影が似ているマリアを招待したという体である。

 そこで影からシャーロットの部屋をくまなく捜索してみたが、麻薬の類は見つからなかったという報告を受けた。


「つまりあの女は薬を使わずに色香だけでジョエルを堕としたというのか?」

「だとしたら色恋沙汰に関しては相当な策士ですね。おそらく会話から相手が求めているセリフを推測しているんでしょう」


 困惑するキャロラインを置きざりに夫妻と父の会話が進む。ゲームを知っているキャロラインからしたら、麻薬を使ってジョエルを意のままに操ったという王達の推測に驚いたし、更にはシャーロットがプロ級の恋愛詐欺師レベルの話術の持ち主にされそうな状況に内心で面食らう。


 実際のところ、シャーロットは単にシーンに応じて好感度が上がりやすいセリフを言っただけなのだが、ゲームを知らない人間からしてみれば知った事ではない。現実的に考えて薬や魔性の女に行き着くのも無理はないだろう。

 裏事情を知ってはいても下手に訂正など出来はしない。沈黙は金とばかりに見守っていると、徐に3人は見慣れた表情ではなく為政者としての濁の顔を浮かび上がらせた。


「証拠が見つからなくともやる事は変わらないのでしょう?」

「あぁ、このまま薬を使った事にする。王族が色香だけで女の言いなりになったなど恥の上塗りだ」

「証拠の捏造などいくらでも出来ますからな」


 キャロラインは直感した。ジョエルは麻薬で正常な思考能力を奪われシャーロットの下僕になった。例え証拠が見つからなくとも強引な手を使って自分達に都合の良いシナリオに3人はもって行くつもりなのだと。

 確かに色香だけではなく薬が使われていた事にすればまだ言い訳は立つ。ジョエルはもう表舞台には立てないし信用も地に落ちているが、情状酌量の余地があるだけでも周囲からの印象は大分違うものになるのだ。

 

 身内の恥は家の恥、特に体裁を気にする王侯貴族は身内が起こしたスキャンダルの所為で途端に社交が立ち行かなくなる事が多々ある。


 ただでさえ国王とネヴィル家当主で交わされた婚約を勝手に破棄するなどというスキャンダルを起こした以上、追い打ちのように純粋に女に惑わされたなど知られれば末代までの恥だ。

 だからこそこの事態を引き起こしたシャーロットには彼等のシナリオに沿って裁かれる。事実や真実はどうでも良い、王家やネヴィル家にとって最善の結末となるよう道筋を整えるだけだ。


「彼女の実家への交渉はフィリップに任せよう。あいつなら最良の結果を持ち帰ってくれるさ」

 

 自然とキャロラインの喉がゴクリと鳴る。自分に冤罪をかけたシャーロットが今度は彼等の手によって大きな冤罪にかけられようとしている。

 しかしそれは彼女の自業自得だ。彼女の敗因は悪役令嬢キャロラインだけを警戒して為政者たる彼等を舐めていた事にある。




 

 タウンゼンド家当主は突然訪問した宰相からの説明に信じられない心地と、同時に何処かでそんな予感はしていたと頭の冷静な部分が納得する。

 

 まず娘は出発前にこまめに手紙を書くと言っていたのになかなか届かなかった。始めは慣れない寮生活もあるからと気にしていなかったが、一ヶ月以上経っても便りが無ければ不安にもなる。しかもやっと来たかと思えば筆跡が全然違っていて、文体も娘のものと異なっていた。

 まるで他人が書いたような手紙に言い知れぬ不安を感じていたが、まさかこんな事になっていようとは思いもよらなかった。

 

 隣を見れば今にも倒れそうなのを懸命に耐えている妻の真っ青な顔が見える。学校や王妃教育での娘の様子を聞かされれば無理もない。此処で暮らしていた時とは想像もつかない程の変貌ぶりだ。

 

 親の目が無くなった隙にハメを外すというのも考えられなくはないが、それにしてもこんなに非常識な娘ではなかった筈だ。一人娘であるシャーロットを可愛がってきた自覚はあるが、教育だってその分きちんとしてきたつもりである。

 

 別人が乗り移ったとしか言いようのない変わり様に当主としてこれはもう娘を庇うのは無理だと判断せざるを得ない。

 目の前の契約書にサインすれば娘は薬と色香を使って婚約者が居る第二王子を誑かした悪女として裁かれる。その代わりに個人の罪として裁かれ、タウンゼンド家は罪には問われない。

 

 例え本当は薬を使っていなかったとしても、王子と侯爵家の令嬢の婚約に亀裂を入れて国を混乱に陥れようとしたのは変わらない。娘可愛さで領民達を路頭に迷わせるわけにはいかないのだ。自分達が生き残るにはシャーロットと縁を切り、裁判で全面的に協力するしかない。

 

 分かってはいてもペンを持つ手が震える。その時妻の白い手が自分のと重なった。


「あなた……私母親だから分かるの。私達のシャーロットはもうこの世にはいないのよ……」


 妻のルイーズが涙を溢れさせながらも覚悟を決めた目を向ける。

 シャーロットが売り払ったという誕生日プレゼントの髪飾りだが、職人にデザインの指定をしたのは彼女である。

 娘の好きな花と蝶を組み合わせながらも日常使いが出来るよう控え目に、それでいて娘の好みが最大限反映されるようデザインには特に拘って打ち合わせを重ねてきたのを当主も見ている。

 

 だが宰相の話が正しければシャーロットはそれを「趣味じゃない」と簡単に売り払ったのだ。ルイーズから見れば絶対にありえない話である。

 母の勘とも言うべきか、ルイーズはそれをしたのは娘ではなく娘に成り代わった何者かだと即座に直感した。さぞや無念であっただろう、だからこそ自分達は本当の娘の敵を取らなくてはならない。

 

 当主は妻の瞳を見て漸く覚悟を決めた。手の震えも収まり書類にサインをする。これで娘だった少女との縁は完全に切れた。


「あなた方の覚悟、確かに受け取りました……」


 多くは言わず契約書をしまう宰相を無言で見送る。扉が閉まり宰相の背中が視界から完全に消えると、耐える必要がなくなったルイーズが膝から崩れ落ちる。

 当主は妻を抱きとめながら悲しみを共有した。自分達が愛していた娘は既に居なくなっていた事、それに気付いてやれなかった事。

 

 やりきれない残酷な運命に2人はいつまでも悲しみの雨を降らせていた。

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