利用する者される者
「お父様お母様聞いて!家の借金が少しはどうにかなるかもしれないわ!」
「おやアイリーン、息せき切ってどうしたんだい?」
家の玄関を潜ったアイリーンは一刻も早くこの大チャンスを伝えるべく両親が居るであろうリビングへと足を急がせる。仲良くお茶を飲んでいた2人に「あのシャーロット・タウンゼンドと友人になった」と言えば2人は揃って首を傾げた。
「シャーロット・タウンゼンド?何処かで聞いたような……?」
「ローズマリーが言ってたじゃない!ジョエル殿下に浮気相手が居るって!それがシャーロットよ!」
2人は思い出したのか「あぁ」と納得いったような顔をする。噂話やゴシップはどの世界でも共通の娯楽である。従姉妹のローズマリーから聞いた彼女に関する悪口を両親と共有しては、シャーロットとかいう女はネヴィル家を敵にしていつか痛い目に遭うとせせら笑ったりしていたのだ。
それが何故わざわざ友人などになったのか。どうしてその事が借金返済に繋がるのか、再度疑問を抱く両親にアイリーンは懇切丁寧に説明した。
「たまたま彼女を見かけてからね、ずっとつけていたの。学校では基本身の回りのことは1人でやるって聞いていたのに侍女がついていたし、しかも学校に戻る気配も無くて、これは何かあると思って」
「まぁこの子ったらそんな事してたの?」
「許してちょうだい。そのお陰でチャンスにありつけたんだから」
淑女らしくない行為に驚き呆れる母を制して続きを話す。
「彼女ったら堂々と『自分はジョエル殿下の婚約者だー』ってのたまってたのよ。本当かどうか分からないけれど、財布の中身を気にしていた時に侍女がジョエル殿下宛にツケに出来るって助言をしてたから、殿下からお金をもらってるのは間違いないわね」
「ええ!だってジョエル殿下は結婚もなさっていないのに!」
「これはもう秘密の愛人決定だな」
貴族は結婚前の愛人や側室は言語道断だが、極稀に秘密裏に愛人を囲って金銭面を援助する事がある。もしバレれば非難は免れないがそれでもやってしまうところが人の愚かしいところだ。
ジョエル達当事者はキャロラインからシャーロットに婚約し直したと思っているだろうが、周囲の目から見れば彼等の関係は秘密の愛人でしかない。
「このままあの女のお気に入りになってアクセサリーやドレスを強請れば買ってくれるかもしれない。それを売りさばけばもうお金を気にして悩む必要も無くなるわ!」
「いや待て、それよりももっと良いアイディアがある」
アイリーンが予定していた計画に父親が待ったをかける。更に簡単に効率的に金を巻き上げられる方法があると。
「その女を賭博に誘えば良い。イカサマの仕方は私が教える」
それはイカサマ賭博で散財させるというものだった。賭博はこの国では合法で全国に複数の賭博場がある。ただし質はピンキリで、イカサマに厳しく目を光らせている所もあれば監視が緩い所もある。
しっかりしている者は遊ぶ前に情報を精査して前者に脚を運ぶのだが、中には騙されて後者の賭博場に誘われカモにされる金持ちも少なくない。父親はそういった所に誘導してシャーロットをカモにしろと言っているのだ。
アイリーンは父からの助言に最初こそ面食らったが徐々に破顔する。自分は手先が器用だし、シャーロットは自分は王子の婚約者だなんて他の目のある所で豪語するようなおつむの弱い人間だ。ギャンブルで負けてもイカサマされているとは思うまい。
「それなら私はプレゼントを買ってもらう方法を教えてあげるわ。素敵な物を見つけても絶対に自分から欲しいと言ってはいけないの。まずは物欲しそうな目で見て、欲しいのか聞かれたら最初は大丈夫って断るのよ」
それからシャーロットから如何に金を巻き上げるかの計画が始まった。アイリーンがイカサマの仕方を覚えるまでの間、ショッピングでは目を付けた品物をさり気なくじっと見る。
シャーロットがその視線に気付き「こういうのが好きなの」とか「これも素敵ね」と言ってきたら、一旦は緩く同意するなり曖昧な返答で流す。更に「欲しいなら買えばいいのに」と言われたら正直に金銭面が苦しいから買えないと打ち明ける。
上手く取り入っていれば、大事な友人がお金で苦労していたら何とかしてあげたいと思うのが一般的な感情である。
この時点で既にアイリーンの誉め言葉に心が満たされていた彼女はその日のうちに試しで狙ったペンダントをプレゼントをしてくれたのだ。
母から教わった方法の効果は絶大だった。1回お金を出させれば後は簡単で、「高いから」や「何でも買ってもらう訳にはいかない」など適度に恐縮しつつ高価なプレゼントを次々と受け取った。
もちろん貰うばかりでなく彼女と会う時に身につけたり、お茶会で素敵なドレスだと褒められたと自慢になった話をしたりして、買ってあげて良かったという気にさせるのも忘れない。
そうして順調に信用を得たアイリーンは「もう飽きたから」と要らなくなったアクセサリーや服飾品など新品同然のお古を貰うまでになったのである。
シャーロットの太鼓持ちをしつつ、数日間の父との特訓のお陰でイカサマの技術を会得した彼女は賭博に誘う機会を窺っていた。いくらショッピングを趣味にしていても連日繰り出していれば飽きるものである。そしてついにその時が来た。
「あーあ。お店の商品は粗方見ちゃったし、次の商品が入荷されるまでつまらないなぁ」
退屈の言葉を持っていたアイリーンはしめたと瞳を煌めかせながら、表面上はあくまでさりげなく提案をする。
「シャーロット様、実はどんな人も時間を忘れて夢中になれる遊びがあるんですよ」
そうしてまんまと賭博場へと誘い込んだ彼女は父の手ほどき通りにイカサマをし始めた。最初に勝たせてあげて油断を誘い、気が大きくなって大金を賭け出したら一気に回収する。あんまり負けが続くと、次第におかしいと疑問を抱き始めるので時々負けてあげる。
会場に入って早々すっかり賭博の魔力に夢中になったシャーロットは時間が経つのも忘れて賭け事に勤しんだ。おかげで1日にして日本円で1000万以上がアイリーンの懐に入ったのである。
その日の夜はアイリーンも両親も有頂天になってお祝いしていた。今まであれだけ借金で首が回らなかったのが嘘のようだ。まだまだ完済には程遠いが、このままシャーロットをカモにし続けていけば、完済だけではなく潤沢な資金を持つのも夢ではない。
それからシャーロットが賭博にのめり込んだのを良い事に彼女は次々とお金を巻き上げた。負けた分は侍女がジョエル宛にツケで支払う手続きを取っているので、シャーロット自身にはいまいちどの程度負けたのかは実感が湧かない。
1人寂しく部屋で待ってる彼には知らないうちにシャーロットがこさえたツケがどんどん積み上がっていくのだが、これこそ国王夫妻が狙っていた彼への罰の一環になっている。
彼は王子ということもあり収入が高い領地を国から与えられている。後の裁判で没収したとしても、それまでに得た収入で夫婦共々悠々自適な暮らしが送れてしまう可能性が高いのだ。
そんなのは断じて許さない。だからこそ今のうちにシャーロットが浪費してくれるとありがたいのだが、好都合な事にギャンブルで良いカモになってくれた。
わざわざ支払いをジョエルの個人資産からにしているのはこの為だ。国庫は痛まないし、もし抗議が来たとしても好いた女が使った金くらい払えなくてどうすると黙らせるつもりでいる。苦しい生活を送ろうともキャロラインを裏切ってあの女を選んだ結果だ。
キャロラインはあの2人の子々孫々に至るまで王位継承権が無ければ満足なのだろうがそれでは甘い。
贅沢な暮らしに執着しているあの女には一生お金に苦しむ日々を送らせてやる。2人の言う真実の愛とやらがお金でどう変わるのか、さぞや見ものだと嗤う王妃はアイリーンすらも利用してジワジワと追い込んでいた。