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そして歯車は動き出す

 キャロラインは報告書を読みながら口元が緩むのを抑えきれなかった。

 調査会社からの内容は期待通りのものであり、症状を訴える人間の共通点にばっちりフォルシカへの渡航履歴があった。

 

 これなら文句無しに父達に見せられる代物だ。それにしても思った以上にレトラジ症の患者が多いのは想定外だった。

 特に体が資本の船乗りが若いうちにかかってしまうのは人的資源から考えても大きな損失だ。彼等にも生活があり仕事が出来ない間の給料は0になる。そうなると必然的に他の家族や妻が働きに出て金銭面を支えるしかない。

 

 こんな問題が長く続けはいずれ船乗りになろうとする者が減少してしまう。ミシェルの事を抜きにしても今のうちに手を打っても損は無いだろう。


 早速報告書を父に渡せば、始めは普通に読んでいたクロードも姿勢が徐々に前のめりになる。限定的な職業の範囲で真偽不明なまま囁かれていた奇病が王城で働く貴族の耳に入る機会なんて中々ない。

 

 まさかどんな名医も匙を投げていた謎のだるさのヒントを、自国の船乗りが持っていたと分かれば興奮するのも無理はない。


「……よく目を付けたな。国外に渡る船乗りを中心に調査するとは」

「私もほぼ賭けのようなものでした。王宮の医者でも診断のつかないものであれば、これはもう国内にある病ではなく外国の病ではないかと」


 用意していた台詞を言えば、クロードはキャロラインの頭に手を置き「良くやった」と褒めてくれた。

 出かける支度をする父の背中を見ながらきっと報告を聞いた夫妻も本人も安心してくれる筈だとホッとする。

 

 病にかかって寝込みがちになったミシェルの様子に彼の人となりを良く知る者は心配してくれたが、中には「王太子の仕事が嫌で仮病を使っているのだ」と心無い言葉を言う者まで居た。

 

 そんな者達に目にもの見せてやりたい。健康体になって政務に精力的に励むミシェルの姿や、船乗り達の長年の悩みの種でもあった事を公表して本当に彼は今までしんどかったのだと知らしめてやりたいのだ。

 

 程なくして帰って来たクロードから調査報告について国王夫妻と話し合った結果、フォルシカから秘密裏に医者を招いて診察してもらう事になったそうだ。

 

 ここまで長かった。キャロラインは今でも思い出せる、彼と最後に会った時の諦めの表情を。あれはあんな未来ある若者がして良い顔ではない。彼にはもっと快活な顔が似合っている。これで取り戻せたら良いのだが。

 

 自分がやれる事はこれが全てだ、後は医者からの診察次第。そしていつか元気になったミシェルと、再び遠乗りに出かけられるようになる未来が来る日をキャロラインはそっと祈った。




 

 シャーロットはその日もジョエルを放って置いて買い物へと出かけていた。彼女にとってジョエルは自分を王妃にしてくれる人であって彼自身に興味が無い。だから他に興味があるものを見つけたら簡単に忘れてしまえるのだ。

 

 侍女を話し相手にウィンドウに飾られた服やアクセサリーに感想を述べていると不意に後ろから「落としましたよ?」と女性の声がかかった。

 

 振り返れば自分と同じ年頃の少女がハンカチをこちらに差し出していた。レースがあしらわれた水色のハンカチは中々良い品だが自分のではない。

 正直に言うと少女はどうしようと少し困った顔をした後、何かに気づいたような顔をした。


「不躾ですが……間違っていたらすみません。もしかしてシャーロット・タウンゼンド様ですか?」

「そうよ。それがどうかした?」

「やっぱり!学校に通っている従姉妹から聞いています。身分差を超えて王子の心を射止めた恋愛小説の主人公のような人が居ると!」


 興奮で頬を赤くさせながらシャーロットを褒めそやす少女にまんざらでもない気持ちが芽生える。今までモブは背景同然だったのだが素直な賞賛の言葉に承認欲求が擽られたのだ。

 

 学校では周りに避けられ、ジョエルと結ばれても手厳しい言葉を浴び続けていた彼女にとって、こうして全身で憧れだと表してくれる少女の姿は何となくいい気にさせてくれて存外心地が良かった。


「私アイリーンと申します!王子様とはどうやって結ばれたんですか?是非聞かせてください!」


 彼女に声をかけたアイリーンという少女には裏があった。学校に従姉妹が在籍しているというのは本当、従姉妹から彼女に関する話を聞いていたのも本当。

 

 しかし従姉妹は彼女の事を実際には「婚約者が居る異性に馴れ馴れしく接する恥も常識もない女」だと話していた。また「子爵のくせに王子の浮気相手に納まっていて婚約者が可哀想」だとも。

 

 以前大量の買い物を馬車に積んで練り歩く彼女を見かけたアイリーンは、従姉妹から聞いていた外見と同じだと気付くと、次の日からさり気なく彼女と侍女の会話が聞こえる程度の距離を保って、彼女が本当にあのシャーロットなのか探っていた。

 

 王子の浮気相手ならきっと贅沢をさせてもらっている。もし彼女に気に入られればおこぼれにあずかれると考えたのだ。

 

 アイリーンの家は貧乏で友人との茶会に着ていくドレスにも困っているような状態である。もし高価なドレスやアクセサリーを買ってもらえたらそれを売って借金の返済に充てられると計算していた。

 そして付けていた彼女があのシャーロットだと知ったアイリーンはこの日この時、落としたハンカチを拾う振りをして彼女に声を掛けたのである。つまりアイリーンは彼女を利用しようとしているのだ。

 

「あら、そんなに聴きたいのなら話してあげるわ」

 

 そうとはつゆ知らず得意になった彼女はジョエルとの出会いから始まり、キャロラインの嫌がらせにいかに耐えたか、彼女という障害を乗り越えてゴールインしたかをドラマティックに語りだす。

 アイリーンはそれを決して否定せずに時にハラハラと、時にウキウキとした顔で続きを強請った。

 

 かなり美化させた話をしているうちにシャーロットは己の気分が高揚していくのを感じた。今までずっとあった虚しさが埋もれて満たされていく感じ。あぁそうだ、私は自分をすごいと褒めてくれて慕ってくれる友達が欲しかったのだ。


 対するアイリーンはニコニコと自慢話を聞いている裏でかなりの手応えを感じていた。彼女の性格は張り付いていた時に大体は把握している。プライドが高く自分が中心でないと気が済まなくておだてに弱い。そして王子の婚約者である事をかなり鼻にかけている様子からして頭は少々悪い。

 堂々と浮気の思い出を語るのは引いてしまうがそこは我慢。お金の為ならこの程度なんてことない。

 

 その後見事に気に入られたアイリーンは明日また会う約束を取り付ける事に成功した。こうしてジョエルを利用してキャロラインを陥れた彼女は、この日からアイリーンに利用されるようになったのである。

 

 しかし彼女達は知らない。この出会いが全て王妃の掌の上だとは。

 この様子をずっと見聞きしていた侍女は阻止しようと思えば出来ていたのだ。数日間アイリーンが張り付いていたのも、自分達の会話を耳をそばだてて聞いていたのも、彼女の家の経済事情が苦しいのも、話しかけるタイミングを虎視眈々と狙っていた事も、全て把握した上で主人にも報告している。

 

 知っていてわざとある目的の為に接触を許したのである。もっとも2人がそれを聞かされるのは全てが終わってからなのだが。

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