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2つの証拠

 男は一心不乱にメモを取りながらも高鳴る鼓動を抑えきれずにいた。自分でも興奮しているのがわかる。

 

 今回の調査依頼はお得意さんの侯爵からではなくその娘、しかも依頼内容がこれまた奇妙だった。

 航海士達や海を渡る商人達に謎のだるさや無気力、寒気、疲れやすさを慢性的に起こしている者が居ないか、ある程度居たら共通点の洗い出しをしろというものだった。

 

 最初はこんなもの調べてどうするのかというのが正直な気持ちだった。謎のだるさや無気力なんて、その人間が単に怠け者なだけなんじゃないのか。そんな事をわざわざ調べるなんて物好きだとすら思った。

 しかし金はもう充分な金額を提示されているし、これで断るなんてお得意さんとの関係に波が立つかもしれない。仕方がないのでお嬢様の道楽に付き合ってあげるつもりでいた。

 

 だが実際に調査してみてそんな気持ちは吹っ飛んだ。本当に一定数慢性的な謎のだるさを訴えている者が居たのだ。これが仕事に関わる範囲だけなら怠けで済ませていた。

 しかし趣味も遊びもだるさの所為で楽しめず、起き上がる事すらしんどいのに周りには分かってもらえず辛い、こんな自分が情けないと訴えている人間が大勢居た。中には女遊びが激しかったのに慢性的なだるさの所為で娼館に通えなくなったという者まで。


 これは完全に単なる怠けの問題じゃない。彼等が訴えている身体の異常には一貫性がある。そして彼らが謎のだるさを自覚するまでにしていた習慣や渡航歴を年単位で聞き込みしていけばある共通点を見出せた。

 全員自覚する半年から一年以内にフォルシカへと渡っていた。ここまでいけば謎のだるさの鍵はフォルシカにあるのだと素人目にも理解出来た。

 お得意さんのお嬢さんはこれを見越して自分達に調査を依頼したのだろうか。謎のだるさを訴えている人数は全体的に見れば少ないが、それでも船乗り達の間では一度そうなれば二度と仕事に復帰出来ない原因不明の奇病として密かに囁かれ恐れられていた。

 

 もしこの奇病に解決策を見出せれば、今苦しんでいる船乗りや商人達の希望となるだろう。船に戻りたいと寂しい顔をしていた男から、我が子を抱き上げる事すらしてやれないと涙を流す者まで、皆元気になれば報告し甲斐があるというものだ。

 

 あともう少しで充分な量の検証が取れる。それで一刻も早く報告書を書き上げ、この事実を伝えなければ。

 こみ上げる意欲に突き動かされるままに男は次の調査先へと足早に向かった。

 



 シャーロットが授業をボイコットして街へ遊びに出かけるようになった事で影達も配置を変更し、新たな監視がつけられた。

 数人の影が市民や貴族などの変装をして離れた場所から彼女を監視、何か妙な動きを見せれば確認ないしは仲間達に連絡という仕組みが追加された。

 もう授業などで彼女を縛り付けられないのは残念だが、言い換えればこれはチャンスとも言える。自由行動が出来るようになった事に油断してボロを出せばそれだけ裁判でも有利に進められるからである。


 そしてあっさりとチャンスは訪れた。シャーロットが侍女を外に待たせてとある宝石店へと入ったのだ。

 数分後に出てきた彼女はなにやらホクホク顔で、侍女と共に馬車に乗り込む。今日も買い物をしていくようだ。

 

 馬車が小さくなったのを確認してから1人の監視が先程彼女が入った店へと入店する。特に怪しいところは見られない店だが、果たして何の目的で立ち寄ったのか。


「いらっしゃいませ。商品を見ていきますか?それとも買い取りですかな?」


 人当たりの良さと職人の目つきがうかがえる。店主が愛想よく影を迎える。

 

「今さっき店を出た女性が何をしていたのか教えていただけますか?」

「あなたは……?」


 怪訝そうな店主に影はいたって、冷静にスカートを持ち上げて貴族らしい礼をする。

 

「これは失礼を。旦那様からお嬢様の目付け役を言いつかっている者でございます」


 卒の無い所作で貴族だと感じた店主は、そういうことかと納得したと同時になぜか安堵したような顔を見せた。


「成程ねぇ。実はあのお嬢さん、これを売りに来たんですよ」


 そう言って見せてきたのは台座は本物の金、蝶と様々な花を色とりどりな宝石で模された髪飾りだった。それは以前壊された大事なものと主張していた彼女の両親からの誕生日プレゼントの筈である。

 実際に壊された方は、彼女がイジメを自作自演する為に自ら用意した模造品だとはすでに調べがついている。本物は部屋を調査していた仲間が机の引き出しの中にあるのを既に見つけてはいたが、売って金銭に換えようとは。

 

「私だってこれでも職人です。貴族でもおいそれと買えないものだとすぐにわかりました。しかし本当に売っていいものか聞いたんですけどね、『趣味じゃないし高く買ってね』って……」


 代えのきかない物と言っておきながら、趣味では無いとは。さんざん利用された挙句に飛ばされた髪飾りもかわいそうだろうに。さぞかし、実家のご両親もがっかりするだろう。


「いくらお出ししましたか?倍の額で買い取ります」

「いやいや出した分を返してくれればそれで良いですから。本当は大事な物なんでしょう?」


 店主は本当に良心的で提示された金額も妥当なものだった。それに協力料として色を加えた金額を出して髪飾りを引き取った影は、仲間たちに目配せをして、その足で王宮へと直接届けに行った。


 そうとも知らないシャーロットは今日も思いっきり買い物が出来てご機嫌だった。しかし何かが物足りない。ジョエルとは婚約出来たし自分をイジメる者はもう居ない。誰にも指図されないし高い物だって沢山買える。


 (なのに何処かが虚しいのは何で……?一体何が足りないというの……?)


 その虚しさを埋める者と出会うまでもう少し先の話である。

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