シャーロットは飛び出した
「は?何でアンタがいんのよ?ジョエルにクビにしてもらった筈よ?」
「私に関する人事権は王妃様が請け負っております。それにジョエル殿下は謹慎中の身ですので政は一切、口を出せない状態ですよ」
翌日、シャーロットはこれで教育係はあのオバサンから代わったわねとウキウキで登城したが、ジェニファーは澄まし顔でいつもの部屋で待っていた。
(つっかえないわね!何の為の王子よ!)
期待通りの結果にならず一気に機嫌が急降下した彼女は仮にも恋人であろうジョエルに役立たずと悪態を吐く。そして席にも着かずにすぐさま回れ右をした。
「シャーロット様、どちらへ行かれるのですか?」
「出て行くわ。もうこんな事やってられないもの」
返事も待たずに出て行くと晴々とした気分で来た道を戻って行く。なんて爽快なんだろう、我慢して意地悪オバサンの授業を受けるくらいなら最初からこうすれば良かったのだ。
「何かございましたか?」
「私、今日から授業はボイコットする事にしたわ」
別室で待機していた侍女に良いのか?と顔を向けられるがどうって事ない。そっちがその気ならこっちだって考えがある。調子に乗ったのが運の尽き、大好きなお妃様からの仕事が出来なくて精々途方に暮れていれば良い。
フフンと鼻息を鳴らしながらこれからどうやって時間を潰そうかなと考える。何の気なしに窓の外を眺めていると、チラリと高級ブティックから貴婦人が出てくるのが見えて最近授業ばかりでショッピングをしていなかったと思い出した。
丁度良い。クライマックスまで行ったのに最近本当にツイてなかったし、パーッと遊んでストレス解消しようとシャーロットは現金を持ち出す為に一旦家に帰って来た。
侍女はこれには焦った。家ではまだ仲間達が部屋を調査している最中だ。その場面をシャーロットに見られでもしたら計画は失敗してしまう。
しかしここでパニックになるのは影の名折れ。咄嗟にもっともらしい言い訳が頭に浮かび上がり口を開いた。
「お待ちください。メイド達はこの時間は掃除中で慌ただしくしております。埃などでお召し物が汚れてしまうかもしれませんし、最初に私が入って中断させますので少々お外でお待ちください」
「そう?だったら早くして」
多少無理があったが足止め出来たので良しとしよう。侍女は動揺を悟られないよう家に入ると仲間達に急いで部屋を元の状態に戻すよう伝える。
予想外の事態にざわつくも彼女達は流石プロである。調べていた場所を元の状態に戻すまでに数分もかからなかった。
部屋に入ったシャーロットは特に不審がる様子もなく小遣いを全額引き出すとすぐさま引き返して馬車に乗る。行き先は高級ショップが並ぶ華やかな通りだ。
早速お気に入りの店に入ってみると忙しくて覗けなかった間に新商品がずらりと並んでいた。どれも素敵で目移りしてしまう。この顔に似合わない服なんてないし、やっぱり失礼なオバサンの堅苦しい授業を受けるよりはこうして可愛さに磨きをかける方が性に合ってる。
彼女はとりあえず気になった物からあれこれと試着をして買うものを決めていく。
「あらぁ、これもお似合いですわお嬢様」
「やっぱりそう思う?買っちゃおうかなぁ」
「最近のトレンドですから直ぐに売れてしまうんですの!」
馴染みの店員におだてられあっという間に購入済みの箱が積み上がっていく。満足して出る頃には箱の量は馬車に載せるのが大変なくらいになってしまった。
大分鬱憤は晴れたが、まだまだ家に帰りたくない彼女は通りをのんびりと歩きながら今度は宝飾店へ足を延ばす。
一目で羽振りが良いと見て取れるシャーロットは当然周囲から目立つ。こういう注目が大好きな彼女は通りすがる人々からの視線にいい気になりながら店のドアを潜った。
(あれは……?何処かで見たような……?)
その時彼女と同じ年頃くらいの貴族の少女がシャーロット達を見て首を傾げる。少女とシャーロットは後に、意気投合し友人関係となるのだが今はまだ誰も知らない。
夕方に差し掛かる頃、新しいネックレスやイヤリング、髪飾りなどを購入したシャーロットは久々に心の底から楽しめた充実感に浸りながら帰路についていた。ジョエルが部屋で待っている事などすっかり忘れて。
(でもどうしようかしら?実家からお小遣いが来るのはもう少し先だし、今日沢山使っちゃったしなぁ……)
シャーロットは明日からの暇つぶしの為のお金をどうしようかと考える。
彼女は貴族の主要な娯楽の1つである競技観戦には全く見向きもしないし、貴族なら誰しもが得ているオペラや芝居に関する知識も無ければ興味も無い。ボードゲームはすごろくくらいしか知らない。学校では悪目立ちしていた所為でやり方や楽しさを教えてくれる友人がおらず、ジョエルはというと彼女の希望に沿ってデートプランを決めていたので、学の無い人間でも楽しめる劇やサーカスを中心にエスコートしていた。
その為情報収集をしていない状態で彼女が楽しめる娯楽はショッピングぐらいしかないのだ。彼女自身の金銭感覚の緩さにより当然相応の金はかかり、このままでは次のお小遣いの日までにお金が無くなってしまう。
どうすれば良いのかと暫し悩んだ彼女は良い事を思いついた。
部屋に帰った彼女は忘れないうちに机の引き出しから掌サイズ程の箱を取り出すとバッグに入れる。
(良い素材で出来ているしもう必要ないし、高値で売れる筈よね?)
この行為が数か月後、自分の首を絞める事になろうとは当時の彼女には予想だにしていなかった。




