前提が違えば噛み合わない
「聞いてくださいジョエル様ぁ!」
自業自得にも関わらず昨日の茶会で自分に恥をかかせたマリアを許しておけなかったシャーロットは早速ジョエルを頼る事にした。
いつもの面会で開口一番泣きついて来た彼女に、ジョエルは戸惑いつつも背中を擦りながら理由を聞く。
(見てなさい!アンタ達なんかジョエルに簡単に潰されるんだから!)
彼女は過去に何度も武器にした涙で同情を誘いながら茶会で受けた屈辱、並びに教育係であるジェニファーからの無慈悲な採点を話しだした。
悪役令嬢の血縁はやっぱり傲慢だ。あのマリアとかいう女、この私が謝れば許してあげるって言ったのに屁理屈をこねて謝ろうとはしなかった。何が王様だ、こっちはジョエルの婚約者なのに。
他の女達だって普通はマリアを責めるべきところで何故か褒めだすし、これは絶対イジメというやつだ。皆私に嫉妬してイジメているんだ。
これも全てあの女の所為だ。皆はヒロインの自分に気を遣って機嫌を取って然るべきなのに散々コケにして。
だいたいお茶会自体も主催者を放っておいて興味の無い話ばかり。主催者を楽しませようって気が全然無くてつまんなかったし、あれもきっと私をハブる為にわざとやっていたんだ。
せめて仕返ししてやろうと思って途中で抜ければあの教育係に不合格にされてしまった。こっちは恥をかかされた被害者なのにおかしい、絶対あり得ない。
「そうか、それは辛かったね。大丈夫、その令嬢達は厳しく処分するし教育係についても僕が母上に言って変えてあげるからね」
「本当?良かったぁ」
悲しそうな顔から一変、全身で嬉しさを表現する彼女の様子にジョエルもご満悦だ。
(ざまぁ見ろ。私に歯向かうからこうなるのよ)
これでマリアはキャロラインと同じく二度と社交界に出られなくなるし、あの偉そうな教育係ともやっとおさらばだ。ヒロインの自分に逆らう人間は皆こうしてジョエルに追い出してもらうんだから。
これで安心と憂いが晴れたシャーロットはご褒美に制限時間いっぱいまで彼を甘やかす。だが彼女達は忘れているだろうが部屋には監視役がおり、会話の内容は全て聞かれている。
当然この話は直ぐに王妃の耳に伝わり、面会時間が終了して彼女が部屋を出た直後に厳しい表情をした王妃から口出し無用を伝えられたのだ。
「何故ですか母上!?シャーロットは侮辱を受けたのですよ!?彼女が可哀そうだとは思わないんですか!?」
「それについては彼にも意見を言ってもらいます」
王妃の合図で部屋に入ったのは久しぶりに顔を合わせるアーサーだった。しかし素直に喜ぶジョエルとは対照的に彼の雰囲気は何処か浮かない。
「殿下、俺はあの時会場の警護を任されていて事の一部始終を目撃しています」
「そうか!アーサーからも言ってやってくれ!」
自分の援護をしてくれると疑わないジョエルの様子に彼は意気消沈しながら自分の素直な見解を述べた。
「マリア嬢の主張は至極正当なものです。またグラフトン夫人からの合否も妥当だと思います」
「そんな!お前まで!シャーロットは謝罪されなかったばかりでなく寄ってたかってイジめられたんだぞ!?」
「認識がおかしいのはシャーロットの方です!」
思いっきり怒鳴ってしまったアーサーだが周囲に止める素振りはない。
あの場でのキャロラインは真っ当な意見しか述べていない。それで侮辱だのイジめだのと受け止める人間などこの城では2人だけだ。
「殿下はあの時キャロライン嬢を断罪したつもりでしょうが、正式な裁判を通していない以上それはただの私刑でしかありません!ましてや国王陛下が処分を保留にしている案件で謝罪をさせようとするなど、この国の司法を乱す行為ですよ!」
アーサーの勢いに押されたジョエルがビクリと肩を震わせる。普段物静かな彼の激昂ぶりに不意を突かれたようだ。
「それとも何ですか?陛下の判断など無視してしまえとでも言いたいんですか?それかシャーロット嬢が悪評を受けても構わないと?」
「い……いや…………」
視線をウロウロさせて尻込みするジョエルだが、どうにも彼が言った事の意味が完全に理解出来ていないようだ。自分達の立場が危うくなるのはまずいが彼女が受けた侮辱をどうにかしてやりたい気持ちが透けて見える。
アーサーは怒りと嘆きで目頭を熱くさせる。常識がかけ離れているのは自分達の方だと何故気付かない。シャーロットと出会うまではこんな人じゃなかったのに。
「つまりはそういう事です。私がグラフトン夫人の立場でも一発不合格を出しますよ」
それまで黙って成り行きを見守っていた王妃が口を挟んだ事でアーサーは無意識に詰めていた息を吐き出す。
「この決定は覆りません。貴方が彼女達に手を出すのも教育係の変更を命じるのも禁止します。大体貴方は謹慎中の身です。反省なさい」
王妃は厳しく言いつけると憂いた顔のアーサーを伴って振り返る事すらなく退出する。引き留めようと手を伸ばしたジョエルに振り返ってくれたのはアーサーだけで、結局彼も何か言う前に目を逸らされてしまった。
無情に閉められたドアを前にガクリと項垂れる。
「すまないシャーロット……。僕は無力だ…………」
何とかすると約束したのにこのままでは彼女の朗らかな顔がまた曇ってしまう。あれが単なる私刑扱いされるだなんておかしい。皆どうしてわかってくれないんだ、もうキャロラインは田舎に行ってしまった。このまま彼女はシャーロットに謝らないまま逃げ隠れてしまうのか。
乱暴に頭を抱えるジョエルだったがふと、光明を見出すかのように名案を思いついた。
(そうだ、父に全てを説明して納得させられればあの時の断罪が正式な処分になるのでは……?)
すっかり忘れかけていたが、彼女を城に連れ帰った初日、シャーロットがいかに心優しくそれでキャロラインが増長してしまっていたのをキチンと説明出来ていなかったと思い出した。
話が平行線になっている理由はそれではないのだが、勘違いしている彼は訂正してくれる人間も居ないままドンドンと違う方向へと思考を広げていく。
(母上は分かってくれなかったが、父上ならきっとシャーロットの頑張りを見てくれている。父上に話してあの時の対応は正当なものだと認めてもらおう)
アーサーの常識を問う言葉が彼の中で歪に捻じ曲げられる。ジョエルの根底には結婚をさせてもらえる=シャーロットの素質を認めて期待をしていると図式が成り立っている。その為表面上は厳しいが、ちゃんと話せば分かってもらえると自分の都合の良いように解釈してしまった。
何処までも周囲と絶望的に噛み合わないままジョエルは明日が来るのを心待ちにした。
母に阻止されたのは残念だけど、父に掛け合えばきっと上手くいくと伝えよう。彼女にはそれまで辛い思いをさせてしまうが後もう少しの辛抱だ。それまで精一杯慰めようと明日のシャーロットの顔を思い浮かべながら眠りに就いた。
しかしその日以降、待てど暮らせどシャーロットがこの部屋を訪れる事はなかった。