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テストは一波乱だけでは済まされない

 王宮の中庭にて会場に視線を巡らせたキャロラインは、主催はシャーロットだが会場のセッティングをしたのは王妃だとすぐに気付いた。

 

 花瓶や茶器などに気品がありつつも遊び心溢れる工夫が施されているのは彼女がよくやる手法だ。ジョエルの婚約者として王妃のお茶会に何度も参加していたキャロラインには彼女の持て成し方がよく分かっていた。


 手紙には茶会の目的はシャーロットへのテストだと記されていたが本当のようで、参加者も王妃が懇意にしている家の令嬢ばかりだ。

 

 普通の茶会ならばシャーロットが何かしらの粗相をしたら外にも漏れる可能性がある。一応王家が教育を請け負っている以上、教育不足が露呈してしまえば王家の責任となる。

 それを防ぐ為にあらかじめ身内で固めて粗相が外に漏れないようにしたのだろう。

 

 となると自分はどのような役目を負っているのか。口が堅い令嬢ならそれなりに居るのにわざわざ自分も招待した意図は何なのか。


(あれは……?)


 会場の警護の中にジョエルの友人で騎士でもあるアーサーの姿を見つけた。アーサーもこちらに気付いたが一瞬固まった後、何やら慌てた様子で目線だけで礼をすると直ぐに警護に戻る。

 

 おかしな様子に疑問を抱くも、一拍置いて自分はマリアとしてこの場に居る事を思い出した。

 そうだ、自分は彼を知っていても彼から見ればマリアは初対面だ。知らない人間にジロジロと見られるのは良い気分ではないだろう。顔見知りと会えてつい油断してしまったと気を引き締める。

 

 時折周りに指示をするアーサーを不躾にならない程度に眺めて、彼を配置したであろう王妃の真意を探る。

 

 これはもしやジョエルへの説得要員ではなかろうか。2人の様子については手紙で大体は把握出来ているが、文面だけでもシャーロットがこのテストに合格出来るとは到底思えない。

 彼は彼で相当シャーロットに妄信しているようだし、これで不合格だと報告を受けたら嘘だ何かの間違いだとごねるのは容易に予想できる。

 

 そこで一部始終を見ていたアーサーの登場。テストの結果は妥当だと説得して諦めさせる手筈かもしれない。

 

 そんな事をつらつらと考えていると主催のシャーロットが現れて茶会は始まった。


 茶会は最初から酷いものだった。まず参加した令嬢が順番にシャーロットに挨拶をしたのだが、全ての挨拶が終わってからボソリと「なんだ、みんな手土産の1つもくれないのか。ケチね」と独り言を呟いた。

 

 お礼の品は日々の付き合いの中で贈り合う物であってこういう時に渡す事はしない。恐らくシャーロットは前世の一般人の感覚で言ったんだろうが、それにしても失礼だ。

 まずここで令嬢達は全員口端を奇妙に上げた。


「美味しそうなお茶菓子ですわね。皆さん早速いただきましょう」


 参加者のうちの1人の令嬢がシャーロットの失言を一旦流して少々強引に茶会の合図をする。

 

 こうして何とか始まった茶会だが、テストと銘打っているだけあって令嬢達は様々なタイミングで課題を仕掛けて来る。

 

 何か困ったような素振りをする人が居れば周りから状況を判断し、適切な対応が出来るか、会話に交ざれていない人が居たらさりげなく話題を振って輪の中に入れてあげられるか。

 こうした課題を通して主催者として相応しいか見極めるのだ。

 

 しかしシャーロットは全ての課題を無視し、ツンとすました顔で堂々としたフリをしているだけだった。役割を果たさない主催者など居る意味が無いのに。


「そういえばマリアさんはネヴィル家の方と御親戚ですのよね?」

「えぇ、今は勉学の為にお世話になっております」

 

 1人の令嬢に話を振られて頷く。するとシャーロットが「はぁ?」と一気に不機嫌そうに顔を歪めて喚き出した。


「何でキャロラインの親戚がこんな所に居るのよ!?よく顔を出せたもんだわね!」

「そう言われましても……、王妃様から招待されておりますので」

「私は招待した覚えなんか無いわ!」

 

 そりゃそうだとキャロラインは心の中で独り言ちる。

 この茶会は参加者集めした王妃の意向が多分に含まれている。準備を他人に丸投げした時点で誰が呼ばれていようが口出しする権利は無いのに「覚えが無い」と言われても無茶な話だ。


「アンタなんか迷惑よ!帰って!」

「帰っても良いんですか?」


 問題を起こした訳でも無いのに、単に気に入らないからという理由だけで正式な参加者を無理矢理追い出すなんて言語道断。

 これで本当にキャロラインが会場を後にしてしまえばシャーロットは即刻主催者の資格は無いと判断される。まぁ今の時点で大分怪しいが。

 

 無駄だとは思いつつも念の為確認はする。忠告をしたという体は大事だ。

 

「当然でしょ!……あぁ、それともアンタ帰りたくないのね?ジョエルのお嫁さんになる私に帰れって言われたのが恥ずかしいから」


 しかし何を思ったのか、変な勘違いをしたシャーロットはニヤリと愛らしい顔に似つかない笑みを浮かべる。

 

 恐らく向こうの理屈としては、他の令嬢達が見ている前で王子の婚約者の不興を買ってすごすごと帰るのはさぞや惨めだろうと言いたいのだろう。

 こちらとしては非常識な主催者に帰れと言われても痛くも痒くもない。むしろシャーロットの方が白い目で見られるのがオチだ。

 

 それでも社会常識とかけ離れた世界で周っているシャーロットは自分の考えが正しいと信じて憚らない。加えてとんでもない条件を繰り出して来た。

 

「キャロラインの代わりに謝ってくれるなら此処に居ても良いわよ」

「は?」

「聞いていないの?アンタの親戚のキャロラインはね、ジョエルに愛されている私に嫉妬して色んな嫌がらせをしたの。なのに彼に婚約破棄されてもあの女謝罪しなかったからさぁ……。

 アンタあの女の親戚なんでしょ?ならアイツの代わりに謝ってよ」


 言われた意味が理解出来なくて聞き返せば、相手はやっぱりよく分からない理論を持ち出して謝罪を迫って来た。


(いや、あんたに謝罪する訳ないでしょ)


 何度も言うが結婚前の浮気は論外だ。男女関係なく婚約者が居る異性には、あまり距離が近くならないようにするのが貴族社会のマナーであり鉄則である。

 例え誤解で婚約者が嫉妬したとしても、それはよっぽどの理由でない限り誤解させた側に非がある。

 

 だから貴族は皆婚約者が居る異性に対しては、2人きりにならない、一定以上近づかない、この2つの原則を守っている。

 

 それを破ってしまったのがジョエルとシャーロットだ。ましてや嫌がらせした事実も無いのにこちらが謝罪すれば完全敗北を宣言するようなもの。常識的に考えて向こうの要求に応える道理は無い。

 

「それは現時点では無理な要求です」

「何でよ!?アンタ自分の立場が分かってんの!?ジョエルの婚約者のこの私が謝れって言ってんのよ!!」


 まさか断られると思っていなかったのか、目を吊り上げ唾を飛ばしながら逆上するシャーロットの姿はゲームの思いやりのある性格とは程遠い。

 態度は横柄で他人の権力を笠に着て無茶苦茶な理屈を押し通そうとしているのだから、もはやどちらが悪役令嬢か判別がつかない。

 

  だいたい国王が婚約を結び直す命令を下していないのでジョエルの婚約者は依然キャロラインのままだ。その上で子爵家の令嬢設定のマリアと同じ爵位出身のシャーロットはほぼ対等な立場なのだが。


「その件に関しては裁判も行われておらず、国王陛下も未だ正式な処分を下しておりません」


 その事実を教えてやるつもりはない。敵に塩を送るほど自分は優しくはないのだ。


「ですので私の一存だけで謝罪は出来ません。陛下の御意志に反する事になりますから」

「〜〜〜〜〜っ!本当に強情ね!あの女そっくりだわ!」


 そっくりもなにも同一人物ですから。

 それにしても彼女はこの茶会だけでどれほど悪手を重ねるつもりだろうか。王が保留にしている件で勝手に私刑を行おうとするし、これでは茶会自体が台無しである。


「マリア様、堂々としてらっしゃるわねぇ」

「彼女、まだ田舎から出てきて日が浅いらしいわ」

「本当?さすがキャロライン様のご親戚ね」


 周囲の反応が演出なのか本心なのかは知れないが、彼女達のお眼鏡には適ったようだ。ヒソヒソと、しかしこちらの耳に届く位の声量で囁かれたやり取りはシャーロットにも聞こえたらしい。耳まで真っ赤にさせて般若のような顔で歯噛みする。


「アンタなんか絶対パーティーにもお茶会にも呼んでやらないんだから!」


 彼女は稚拙な捨て台詞を吐くと肩を怒らせながら会場を出て行ってしまった。仮にも主催者なのに彼女の頭の中ではこれがテストだという事などとうに抜けているのだろう。

 1人欠けた会場でベテランらしき使用人が近づいて恭しくお辞儀をする。

 

「ご協力いただいた皆様方には誠に申し訳ございません。主催者の退場をもってこれより王妃様のご意向により懇談の場といたします。皆様ご自由にお茶とお菓子をお楽しみください」

 

 その言葉に令嬢達からキャア!と控え目ながらも嬉しさを隠せない歓声が挙がる。

 

 王宮で出されている飲食など王家主催のパーティに招待されでもしなければありつける物ではない。王妃の個人的な茶会に呼ばれている関係で食べ慣れているキャロラインもこれは嬉しい。

 なんせ王宮に雇われているパティシエの作るお菓子はどれも絶品で女性達は勿論、甘党な男性の間でも憧れの的だ。

 

 滅多に無い機会に彼女達が盛り上がるのは当然で、これが王妃からのテスト協力の報酬なのだろう。皆ありがたく頂く事にした。

 

 シャーロットが抜けた事でかえって雰囲気が良くなり、彼女達は思い思いに話を弾ませながら心ゆくまで王宮自慢のお茶と茶菓子を堪能した。食べ過ぎたのは否めない。


 マリアを招待した王妃の意図はキャロラインの推測になるが、シャーロットがあんまりうるさかったので手っ取り早くプライドを折りたかったのだろう。

 キャロラインの親戚が出席しているとなれば、彼女が絡みに行かないわけがない。しかしうまく躱され更には他の令嬢達からマリアを称賛する声が上がれば、自分が中心でなければ気がすまないシャーロットは簡単に癇癪を起こす。


 それでも授業に出れば引き続き監視は続けられるし、投げ出したら投げ出したで監視が面倒になる代わりに落第物の判を押せる。ついでにジョエルにも現実を突きつけられる。

 どちらに転んでも王妃にとっては都合が良いのだ。やはり敵には回したくないとキャロラインは肝に銘じた。

 

 こうしてマリアとしてのデビューは無事に終えたかと思いきや予想外の事態が起きてしまった。なんとその後アーサーからラブレターが届いたのだ。

 

 最初は一目惚れだったが、シャーロットの無理な要求にも毅然と対応する姿に益々惚れた云々と書かれていて、気持ちは嬉しいが正直困る。


(あの時の挙動不審はそういう事だったのかぁ……)


 アーサーに婚約者は居ないがマリアは本当は存在しない人間だし、かといって正体を明かす訳にもいかない。

 両親も兄も生温い目で見ていて完全に面白がっているし、ダイアナは流石お姉様と目をキラキラさせていてある意味戦力外。

 お互い恋愛感情は持ってない事くらい皆も知っているだろうに味方は1人も居なかった。

 

 結局今は勉強中の身の為返事は控えさせてほしい旨の返事をし、問題を後回しにした。あとは時間が解決してくれるしそう願っている。

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