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これから名乗る名はマリア

 衝立から姿を見せるとギャラリーから「おぉ!」と歓声が上がる。ギャラリーにはネヴィル家の者だけでなく、王妃や今後何かと協力をお願いするキャロラインの友人達も居て中々賑やかだ。

 

 かく言うキャロライン自身も鏡の中の自分にメイクってある意味恐ろしいと驚嘆していた。そこには自分に似ていながらも別人とも思える少女が立っていた。

 

 キャロラインは父に似てキリリとした顔立ちで、無表情でいると相手に不機嫌な印象を与えてしまうのがちょっとした悩みだった。しかしそれが化粧で見事に解消されていたのだ。

 

 原因となる釣り目はアイシャドウで目元を柔らかくさせ、更に眉の形もなだらかな丸いラインにする事で、優しい印象を作り出し上手くカバーしていた。実際には居ない筈なのに親戚だと名乗られたら信じてしまいそうだ。

 

 ドレスも自分が普段選ぶ物とはデザインや色が違うが意外としっくりきている。ピンクは似合わないと思っていたけど明度を意識すれば似合う色は見つかるのか、良い事を知った。

 母と王妃に着せ替え人形にされていた時はこの恐ろしさを何故忘れていたのかと自分を責めたが、似合う色やデザインの勉強になったので良しとしよう。またやりたいとは思わないけれど。


「マリア・ロッシェと申します。皆様どうぞよろしくお願いいたします」


 事前に決めた偽名で自己紹介をしながらお辞儀をする。

 声はいつもよりも高めに、お辞儀も王妃教育で鍛えられたような洗練されたものではなく、田舎出の令嬢なら上出来というレベルのもの。

 

 12歳から王妃教育を受けて来たキャロラインにとってわざと野暮ったいように動くのはとても大変だった。王妃として恥ずかしくないよう洗練さを磨く事はあれど、ダサくしろなんて生まれてこの方やった事がない。

 しかもようやく練習を積んで慣れてきたところで、普段の動きと野暮ったい動きの切り替えの練習もさせられたのだから、ある意味王妃教育よりも大変だった。別にスパイになる訳でもないのに。

 

 だが「キャロライン様は心配性でございましょう?なら備えを万全にしておけば心の平穏を保てると思いまして」と、演技指導を担当した影に言われてしまえばぐうの音も出ない。

 

 飴と鞭の使い方と教え方が上手かったので何とかなったところもある。スパルタな演技指導を受けた彼女は、多少付け焼刃だがなんとか及第点を貰ってお披露目へと至ったのだ。

 今後全ての決着をつけるまでは、人前に出る際はネヴィル家の遠縁の娘のマリア・ロッシェを名乗る事になる。

 

「お、お姉様っ、あの……マリアお姉様とお呼びしても良いですか?」


 頬を赤らめたダイアナが可愛らしいおねだりをする。前世は一人っ子だったキャロラインだが、今では下の兄弟の可愛さがよく分かる。こんな風にお願いされると断る事なんか出来やしない。


「いいですよ。私もダイアナさんと呼びますね」

「え……?」


 何か変なこと言ってしまっただろうか。途端にダイアナはショックを受けたような顔をしたきり肩を落としてしまった。


「あの、えーと、どうかしましたか?ダイアナさん?」

「ダイアナとは呼んでくれないんですか……」


 そんな悲しい顔を向けられると困ってしまう。気持ちは嬉しいが分家の、しかも遠縁の人間が本家の人間を呼び捨てにするのは難しい。

 加えて演技指導の影からはマリアの姿でいる時はマリアとしてネヴィル家に接するよう注意されている。中途半端な事をして他人の前でうっかり素が出れば途端にマリア像が危うくなってしまうからだ。


「ごめんなさい。それは難しいわ」

「だって今のお姉様、私にも似ていてこれなら『仲の良い姉妹ね』なんて言われるかもしれないのに……」


 父親似のキャロラインと母親似のダイアナは一見だと姉妹には見られない。ダイアナはそれが寂しかったらしく、化粧で雰囲気が変わった今なら周囲に「親戚だけど仲の良い姉妹のよう」だとアピール出来る絶好の機会だと思ったのだろう。

 なのにさん付けで呼ばれては一歩引かれているようで悲しいとダイアナは言いたいのだ。

 

 キャロラインは変装を手伝ってくれた影に顔を向ける。影が頷いたのを見て屈むと、今だ俯いたままの妹と目を合わせた。


「ねぇダイアナさん。私は演技のプロではないからこの姿でいる時は親戚としてネヴィル家の方々と接するよう先生から指導されているの」

「はい……」

「だから、今日1日だけは『お姉様』と『ダイアナ』呼びをしましょう?」


 途端にパァと明るくなるダイアナに敵わないな、と苦笑する。妹に甘い自覚はあるがこればかりは仕方がないのだ。


(まぁ人前に出る事なんてきっと大分先だろうし)


 勝手に納得して脳内でウンウンと頷いていたキャロラインだったが、この時既にフラグは建築されていた。

 その数日後に王妃からシャーロット主催のお茶会にマリア・ロッシェとして参加するよう要請が来てしまったのだ。

 ちなみに何度読み返してみても手紙の内容は変わらず、諦めるしかなかった。



 

 話は少し遡るが、王妃教育を受けていたシャーロットはとうとう音を上げてもう勉強しなくても立派にやっていけると駄々をこねだし、ジョエルは断薬による禁断症状なのか不明だが、情緒不安定な様子を見せ始めていた。王妃教育を開始してから2週間と少し経った頃だった。

 

 勝手に抜け出さないようジョエルの部屋には中と外で見張りがついているが、強引に突破されでもしたら目も当てられない。

 そこで時間は30分、飲食は不可、監視付きの条件で2人は面会が許された。

 

 長い間離れていた恋人同士のようにお互い抱きしめ合うと、シャーロットは自分がいかに授業を頑張っているか切々と訴えた。

 授業は相変わらず学校で行われてきた内容の復習でしかないし、更に何度教えても一向に覚えようとしないのだが、肝心なジョエルが彼女の主張を信じ切っているのでどうしようもない。

 

 本当の王妃教育であれば自国の作法や歴史、政治を覚えるのは当然として、友好国の言語や文化まで範囲は多岐に渡る。キャロラインはこの5年間で殆ど履修していたのだから天と地ほどの差だ。ジョエルも彼女の努力を見ていなかった訳ではないのに。


「もう私も充分にやれます。どうかジョエル様も説得お願いします」

「そうだね、僕も母上に掛け合ってみよう」


 上手く言質を取り付けた彼女は密かにほくそ笑む。あの偉そうな教育係相手にも我慢して授業を受けてきたのだ。きっと王妃だって口ではああ言っても何だかんだと努力を認めて授業を免除してくれる筈だと疑わなかった。

 しかしジェニファーから告げられたのは意外な言葉だった。


「王妃様と相談しテストする事にいたしました。近日行われるお茶会で主催としてお客人を持て成してください。見事に持て成せたら私から言うことはもう何もありません」

「簡単だわ。堂々としていれば良いんでしょ」

 

 テストとは予想外だったが、たかがお茶会の主催なんて簡単だと彼女は俄然やる気を出し始める。

 

 しかしジェニファーは「客を持て成せ」と言ったのだ。主催とは客が気持ち良く参加出来るよう準備は勿論、開催中も常に客の動向に気を配らなければならない。

 主催席で堂々としてるように見えても、あれは会場全体が見渡せる場所で客1人1人の様子をチェックしているのだ。それを理解してない時点でテストは赤点も同然である。

 

 当然シャーロットにお茶会のセッティングが出来るわけもなく、全て王妃が行う事にした。ただし招待する令嬢は全て王妃の息がかかった者達であり、その中にマリアことキャロラインも含まれていた。

 

 テストとはいえ果たして一体王妃は自分に何をさせるつもりなのか。

 彼女の真意が見えないまま当日を迎えたキャロラインは早鐘を打つ心臓を抑えながら会場に向かったのである。

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